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上総錯乱(一)

 上総国 柏崎 小山晴長


「どうやら叔父上は籠城ではなく、野戦をすることに決めたらしい。兵が城から出ていく様子を斥候が目撃したようだ」



 柏崎から生実池を越えたあたりで晴氏から義明が小弓城から出てきたとの報を受ける。急ぎ軍議が開かれ、晴氏は諸将を前に野戦をおこなうことを宣言する。諸将も義明が出陣してきた今、反対することなく晴氏に賛同する。



「しかし解せぬな。近くに大きな池はあったが、ここは見晴らしの平地だぞ。叔父上には何か策があるのか?まさか本当に野戦に挑んでくるとは思わなかったぞ」


「案外、策はなかったりするかもしれませんぞ」



 晴氏の疑問に答えたのは昌胤だった。短い期間だったが義明の配下だった昌胤は義明の人となりを知っている。そんな昌胤はため息混じりにこう呟いた。



「あの方は己の武を過信し過ぎているきらいがあるのです。たしかにあの方の武は大層なものですが、自身を過大に評価しすぎていらっしゃる。自分の力があればどうにかできると。自身の武がものを言う源平の時代ならばその考えは間違ってはいませんが、今の時代においては時代遅れな考えをしておられるお方でした」


「……叔父上なら考えそうなことだな。警戒しておくに越したことはないが、その可能性も捨て置くべきではないか。千葉介、忠言感謝する。そうだ、酒井の件はどうなっておる?」


「すでに使者を向かわせておりますが、兵が動いたとなると接触できたかどうかは……」


「酒井が寝返ればこちらの有利になったはずだったが、ここは叔父上に上手く動かれてしまったな」



 結局、晴氏は伏兵や援軍に警戒しつつ鶴翼の陣で義明を迎え撃つことに決めた。酒井への密使が接触できたかは明らかにならなかったが、寝返りに成功することを祈るしかあるまい。


 鶴翼の陣は本陣が手薄になる弱点があることから俺や結城の兵を中央の本陣近くに配置して両翼は千葉一門が務めることになった。


 そして陣を敷いてから半刻ほど過ぎると小弓城から出陣した義明ら二〇〇〇弱の兵が姿を現す。小弓の兵はこちらと違ってひとかたまりとなって進軍してくる。兵の配置から見て偃月の陣だろうか。本陣付近にはまるで源平時代を彷彿させるようなひと際目立つ赤い大鎧を着た人物の姿が見えた。



「あの赤い大鎧を着ているのはもしや叔父上なのでは?叔父上がこの位置から見えるとなるとやはり偃月の陣か。これはなかなか油断できぬな」



 晴氏は難しそうな顔を浮かべながら軍配を弄ぶ。偃月の陣は鶴翼の陣とは対照的に中軍が前に出て両翼が下がる形になっている。大将が先頭を切るので士気が上がりやすい陣なので兵数が劣る小弓側にとって理想の陣形だろう。一方で大将が戦死する可能性が高く、両翼へ指示する余裕がなくなるという欠点もあるが、士気の高さで押し込まれれば戦況がどう転ぶのかはわからない。


 そして敵の中軍が出てくるということは必然的に晴氏のいる本陣付近で激しい戦闘が起きることを意味している。鶴翼の陣の弱点である本陣が手薄になることの解決策として小山と結城を本陣付近に配置したが、今回はこれが功を奏した形となった。もし本陣が手薄のままだったら本陣が破られる可能性が高かった。



「此度の戦は小山と結城の頑張り次第になりそうだな。双方とも期待しているぞ」


「「ははっ」」



 俺と政勝義兄上が晴氏の檄に応える。そしてそれぞれ自分たちの陣に戻ると馬にまたがり小弓兵を見据える。



「さあさあ、此度は激しい戦になるぞ。皆の者、気を引き締めていけ!」


「「「「「応っ!!」」」」」



 そして小弓から一本の矢が放たれると、古河と小弓の威信がかかった戦が幕を上げる。


 昌胤ら両翼の軍勢が動く前に小弓は小細工をすることなく晴氏のいる本陣に向かってまっすぐに進軍してくる。動いてきた義明に対して本陣の壁になるように小山と結城の軍勢が動き出す。それと同時に俺たちの外に陣する他の武将たちも義明を挟まんと動き出す。


 二〇〇〇弱の兵で攻める義明に対して晴氏陣営は約六〇〇〇。数の差は三倍あるが自ら先陣を務める義明らの士気は高く一進一退の互角の展開となった。まだ最両翼の兵が義明を包囲しきれていない。挟まれていない敵の勢いは強く、必然的に俺たちは敵の集中砲火を受けることになる。俺がいる場所もしょっちゅう矢が飛んできており、戦闘の激しさを物語っている。



「ここを破らせるな!押し返せ!」


「押せ押せ!狙うは古河公方の首ぞ!」



 それぞれの陣営から怒声が飛び交う。敵は中央に戦力を集中させているからか、数の差はあまり感じなかった。俺らのいる中央は戦前の予想どおり一進一退の激戦と化している。こちらも必死に応戦する。


 しかしそれ以上に義明と思われる大鎧の男の活躍は凄まじいものだった。矢を放てば百発百中、大鎧を目印に寄せてくる雑兵も大太刀でまとめて切り伏せている。まさしく武神といっても過言ではなく、次第に大将首を狙う雑兵も恐れをなして近づくことすらためらうようになった。


 あれが小弓公方か。昌胤はああ言っていたが、たいした武の御仁ではないか。義明の活躍で敵の士気が高くなっている。厄介なものだな。


 そのときだった。義明から少し離れた位置に義明と同じく大鎧を身につけた若武者が目に入った。その若武者は義明ほど武芸に長けていないようで必死に応戦しているようだが、やや前線で孤立しかけていた。俺はふと、この若武者が義明の縁者ではないかと勘づいた。



「あそこにいる大鎧の者を狙え」



 そう近くの者に命じると、その命に応じた何人かが俺の示した若武者を確認すると、矢を放ち狙い撃ちにする。突如大量の矢を浴びせられた若武者は避けようとするが、矢は若武者が乗っていた馬に突き刺さり、馬は暴れて若武者を振り落とした。その隙を逃さんと兵たちが若武者に殺到する。敵も若武者を守らんと駆け寄るが、先にこちらの兵が若武者のもとに届き、組み合うと刃を若武者の首に突き立ててそのままその首を切り取った。

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