柏崎の軍議
上総国 小山晴長
古河城から発した軍勢は進軍の途中で次第に兵が集まっていき、千葉家の前本拠地で対小弓の最前線である千葉城に到着したときには六〇〇〇を超えた大軍に膨れ上がっていた。本佐倉城から合流した千葉昌胤らを迎え入れた古河の軍勢は千葉城を出立し、小弓公方の本拠である小弓城にほど近い柏崎という地で軍議を開くことになった。
陣幕の中に今回参陣した一同が会する。軍議に参加しているのは晴氏、一色直頼、簗田高助、千葉昌胤、原胤清、高城胤吉、国分朝胤、海上孝秀、結城政勝義兄上らでほとんどが下総勢で占められていた。今回参陣がなかった宇都宮を警戒して五〇〇の兵で従軍している俺も軍議に加わっている。
「ではこれから軍議をはじめたいが、その前にそなたたちに話しておきたいことがある」
はじめにそう口を開いたのは総大将である晴氏だった。晴氏は周囲を見渡して各々の表情を確認すると次のように述べた。
「今回、真里谷城主真里谷八郎太郎信隆の支援という名目で兵を挙げたが、それと同時に我が古河公方にとって悲願である小弓公方の討伐でもある。つまり儂はこの戦で叔父上の首を挙げるつもりだ」
晴氏の宣言にざわめく者もいるが、何人かは理解していたようでざわめきは小規模にとどまる。また古河の家臣も慌てたり何か言うこともないことからこれが晴氏の思いつきというわけではなさそうだ。義明討伐については事前に予想はついていたが、まさか自らそれをこの場で公言するとは。
「そして支援といっているように真里谷家当主の八郎太郎はすでに古河に通じており、叔父上の招集にも応じない算段になっている。里見家も内紛が収まっておらず参陣はないだろう。今の叔父上が招集できるのは庁南武田家に真里谷心盛斎をはじめとした真里谷家の正室の子を支持する勢力に東金と土気の酒井家ぐらいで兵力はそう集まらないはずだ。だが酒井や庁南武田といい彼らは上総の猛者だ。努々油断しないよう頼むぞ」
「かしこまりました。特に両酒井は元は千葉家に仕えていた者たち。彼らの力は痛いほど理解しております」
真っ先にそう答えたのは千葉家の当主である昌胤だ。
東金酒井と土気酒井は元々千葉家の重臣だったが、千葉家が小弓の傘下に入った際に義明の配下として組み込まれていた。その後、千葉家は古河についたが、両酒井家は義明の監視が厳しく、古河の影響の外である上総に勢力を置いていたために小弓に残らざるを得なかったらしい。
「そこでだ、千葉介と原式部大夫に聞きたい。そなたたちに両酒井の調略は可能か?特に式部大夫、そなたはたしか両酒井が千葉家にいた際に彼らを指揮下に置いていたと聞いたぞ」
「なんと、そこまでご存知なのですか」
晴氏の提案に昌胤と胤清が驚いた表情を浮かべた。どうやら調略云々よりも胤清が酒井の当主を指揮下に置いていた事実を晴氏が知っていることに驚いていたようだった。公方が両酒井が千葉家に仕えていたときの情報を知っているとは夢にも思わないだろう。俺もこの情報は初耳だった。古河も独自の情報網を持っているようだ。
「たしかにそれは事実でございますが、まさか公方様がそのような些事を覚えていらっしゃるとは」
「そんなことはどうでもよい。それで、調略はできるのか?」
「はっ、か、可能でございます。小弓に残っているのは小弓公方様の監視が厳しかったからであって、ふたりとも小弓公方様を支持しているというわけではございません。それに両家は庁南武田と対立しておりますゆえ、こちらの手引きがあれば転じることでしょう」
昌胤は胤清の方を一瞬見て晴氏にできると断言する。胤清は表情を変えることなく、昌胤に倣って晴氏に頭を下げる。晴氏はその返事を聞いて満足そうに何度もうなずく。
それで残るは真里谷と庁南武田になったが、この両者の内応は難しいだろう。真里谷なんかは信隆に敵対勢力であるため当然だが、庁南武田家の当主武田吉信も寝返る人物ではなさそうだった。
庁南武田は元々上総武田の本流だったが庶流の真里谷に台頭を許していた。そして庁南武田吉信は真里谷信応を支持しており義明にも近い人物でもある。
特に今は真里谷が分裂した状態で吉信からしたら主導権を取り返せる好機でもあった。吉信が支持する信応を真里谷の当主につけることができれば真里谷に影響力をもつことができる。信隆を支持する古河に降ることはないだろう。
このことは軍議内でも意見が一致しており、調略は東金酒井胤敏、土気酒井胤治の両者に絞ってあとは義明が籠るようならば小弓城を攻め落とすことに決定した。
義明が野戦を仕掛けてくる可能性も考えたが予想される義明の兵力は大きく見積もっておよそ二〇〇〇。野戦はしてこないのではないかという意見も出たが、晴氏は義明の性格を考えて真っ向勝負出てくるかもしれないと警戒していた。俺も晴氏の意見に賛成で野戦の可能性を切り捨てるのは危険だと唱える。
「たしかに小弓公方様は脳き……こほん、勇猛なお方ではありましたな。そう考えると公方様や小四郎殿の言うとおり、警戒しておく必要がありそうですな」
昌胤は義明の人となりを思い出したように遠い目になりながら晴氏の意見に賛同した。
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