静かな年明けと混沌
一五三四年 下野国 祇園城 小山晴長
今年の年明けは父上の喪に服するため静かなものだった。父上の死を受けて同盟を結んでいる結城や親交のある佐野、芹沢以外にも父上の連歌仲間だった常陸の真壁家幹や元公家の清原宣賢もとい環翠軒宗武、そして古河公方からも弔問の使者が祇園城を訪れ、父上の交流範囲の広さに改めて驚かされた。
真壁家の使者からは同志を失ったことを悲しむと同時に今後も小山との交流を続けていきたいという言葉をいただいた。また元公家の宗武殿からは自分は宮仕えをやめて出家したが、京にはまだ父上と親交があった公家も少なからずいることを教えてもらい、今後連歌つながりでなくても交流を続けるべきだと忠言をいただいた。
母上は父上の死を受け、菩提を弔うために出家した。妹たちは父上の死を理解できる年頃まで成長していたのでしばらく嘆き悲しんでいた。素直にああやって悲しめることに若干の羨ましさを感じつつも、俺は口が達者ではないため、下手な慰めの言葉はかけずにふたりが立ち直るまで静かに見守っていた。最近はようやく前向きになれてきたようで笑顔を浮かべる時間も増えてきたし、兄としては一安心だ。
一方で俺は父上の死を悲しむ暇なく、とある事案に頭を悩ましていた。それは新年早々祇園城に届いた芳賀高経からの書状だった。そこには壬生綱房が宇都宮家当主宇都宮俊綱と急接近していると書かれていた。壬生を失い、力を落とした綱房は壬生城の再度奪回ではなく俊綱との関係改善に動いており、高経の専横を快く思っていなかった俊綱にとっても綱房の接近は高経に対抗するためにも歓迎できるものだった。だがこれに焦ったのは当の高経だ。俺を利用して綱房の力を弱めたまではよかったが、俊綱と綱房が結束して高経に対抗してくるとは思っていなかったようで、俺に急いで綱房を討伐するように要請してきた。
専横していることを自覚している高経にとって綱房と俊綱が結ぶことは脅威なのだろう。小山にとっても両者がつながることは歓迎できないが、俺は高経の要請にあまり乗り気ではなかった。あくまで高経とは対等な協力者であって俺は高経の手駒ではないし、そもそも昨年末に壬生城防衛のために兵を動かしたばかりだ。またそれ以外にも綱房への出兵をためらわせる事案があった。それは先日、祇園城に訪れた古河公方からの使者が原因であった。
古河からの使者は一色八郎直朝。古河の重臣一色直頼の嫡男で晴氏の腹心である。そんな彼が祇園城を訪れたのには理由があった。
それは上総の実力者真里谷家の動揺を小山に知らせるためだった。直朝によると小弓公方足利義明の一番の支援者である真里谷信清、今は出家して恕鑑と名乗っているらしいが、その恕鑑が重病になり、恕鑑の嫡男で真里谷の後継者だった大夫という人物も病死したという。恕鑑は重病の身ながら新たに後継に庶長子の信隆を指名したが、一族の中には正室の子である信応を推す声もあり、恕鑑の弟心盛斎も信応を支持していた。当主の弟が当主が指名した後継者と違う者を支持していることもあって真里谷家は分裂しかけていた。
また恕鑑は義明の命で里見義豊を支援していたが、一族の中には恕鑑の意に反して里見義尭を支援する者もいるという。驚くことに密かに義尭を支援する者の中に恕鑑が後継者に指名した信隆も含まれているらしい。恕鑑はそのことを知らないようだが、それが事実だとすると真里谷家はかなりの混沌に陥っているといっても過言ではない。
直朝はこの真里谷家や里見家の混乱を見て古河が近いうちに上総への侵攻を企てていることを明かし、そのときになったら小山家に支援を要請するつもりだったらしい。これをわざわざ俺に打ち明けた理由を直朝は明かさなかったが、おそらく俺に確実に上総へ兵を送らせるための牽制なのだろう。小山と壬生が争っている状況を古河が知らないはずがない。上総侵攻のための重要な戦力である小山を手中に収めたい古河陣営は俺に壬生より上総を優先させようとしたいのだろう。
もちろん公方の命ならよほどのことがない限り断ることは難しい。今回のように事前に知らされなかったら壬生との争いを理由に上総に送る兵を減らすことはできたかもしれないが、事前に侵攻の企てと助力の要請を知ってしまった今、白を切るのはできない。
一方で高経の懸念も正しく、綱房が俊綱に接近している状況は歓迎できないが、古河の上総侵攻のことがあると下手に兵を消耗することはできない。戦場が上総となれば遠征であり、鹿沼や羽生田に攻めるより負担が大きく、鹿沼を攻めてから上総へ遠征というわけにはいかない。
最初は態勢を整えてから綱房を攻めようとは思っていたが、これでは実現は難しそうだ。高経には悪いが綱房の件については向こうでどうにかしてもらおうか。これまで小山を利用してきたのだからこのくらいは働いてもらわなければな。
「しかし房総もかなり混沌と化してきましたな」
「ああ、だからこそ公方様は好機だと考えておられるのだろう。里見と真里谷が不安定な今なら上総は脆い。小弓陣営で頼れるのは酒井や庁南武田くらいだろう。下総勢は軒並み公方様についたからな。問題は北条の動きだが、小弓側との関係次第になりそうだな。今の戦況なら友好的ではないだろうが、向こう側から助力を要請されたらどう転がるかわからんのが本音だ」
家臣たちにはこう言ったが、おそらく北条は表立って古河とは敵対することはないだろう。だが義明と和解する可能性は否定できない。どちらにせよ古河が上総を攻める気なのは違いない。綱房の動向には気をつけておきたいが、勢力を盛り返すようだと今後の下野攻略に支障をきたすかもしれない。
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