壬生城の安否
下野国 壬生城下 小山晴長
戻ってきた段蔵に固唾を呑んで見守る皆の視線が集中する。段蔵はその視線に臆することなく淡々と口を開いた。
「壬生城の大将小山和泉守様はご健在でございます。城は落ちておりませぬ」
壬生城は落ちなかった。
その吉報に本陣では歓喜の声が上がる。だが段蔵は続ける。
「しかしながら、城内まで敵が押し寄せていたため、死傷者は多数のこと」
場の空気が一気に静まり返る。政景叔父上が守る壬生城は綱房の攻勢の前に落城寸前まで追い詰められていたのだ。どこまで攻め込まれたのかは不明だが死傷者が多数ということはかなり深くまで侵入されたのだろう。本当に城が落ちなかったのは幸運といっても過言ではなかった。幸い壬生城に残っていた敵もすでに撤退していたようで戦況はひと段落しているようだった。
「なんとか間に合いましたな……」
大膳大夫の溢した言葉に俺は頷くが、正直今回の救援については悔いが残っていた。しかしそのことについては今は後回しにして、家臣たちに壬生城に向かうよう指示を出す。
壬生城に進む途中、城下を通ったが破壊された家屋や道端に転がっているどちらの兵か判別できない死体などどこもかしこも戦の爪痕が残されていた。敵が壬生だったこともあり、城下が火にかけられていなかったのは幸運だった。
壬生城に到着すると破損した冠木門が俺たちを迎え入れる。城は痛々しいほど戦の傷跡を残していた。
「おお、小四郎か」
壬生城に兵を入れていると壬生城の守将である政景叔父上が姿を現す。しかし叔父上の甲冑はいたるところが損傷しており、叔父上自身も負傷しているのか顔の一部を木綿で隠している。総大将である叔父上が負傷しているということが壬生城の激しい戦闘を物語らせていた。
「叔父上、ご無事……というわけではなさそうか。救援が遅れてしまい申し訳ない」
俺はまず叔父上に救援がギリギリになってしまったことを詫びる。今回はなんとか城は落ちなかったが、この状態を見る限り、落ちても不思議ではなかった。本来ならもう少し早く出陣することはできたのだが、敵の数が想定以上だったこともあって、俺は救援の速度より兵の確保を優先した。結果として兵を揃えたことで綱房を撃破し、城も落ちなかったが、一歩間違えれば綱房を撃破しても最優先目標である壬生城を失うという事態になりかねなかった。もちろん速度を優先して兵が少ないまま出陣すれば綱房に撃破されて救援すらできないという事態もあり得たので、兵を集めたのは間違った判断ではないと思っている。しかしそれが城側の負担を増やしたのもまた事実だった。
「後詰が撃破されれば我らも手の打ちようがないですからな。仕方ありませぬ」
「叔父上がここまで負傷なされるとは一体どこまで攻め込まれたのか?」
叔父上は苦い顔を浮かべて下を指差す。
「ここだ。正確には本丸の目の前だ」
「そこまでとは……」
「西の三の丸が破られたのが原因かと。おかげで本丸にいた我らと大手にいた連中が完全に分断されて各々でどうにかするしかなかった」
本丸は堀や櫓もあり防御施設は備えてあったが、城外と城内の両方から攻められた大手側はそうもいかない。大手側は本丸以上の激戦となり、指揮を執っていた武将も次々倒れていった。それでもしばらく陥落しなかったのは大手にいた兵の奮闘に他ならない。
最終的に大手は壊滅してしまったが、壬生側にも痛手を与え、一時撤退まで追い込んだ。その後、綱房は向かってきた後詰を撃破するために兵の大半を連れて壬生城を離れた。残った壬生の兵も一応攻めたようだが、大きな戦果は挙げられず綱房率いる本隊が敗れたことを知るとすぐに壬生城から撤退したらしい。追撃の好機だったが防戦一方で消耗していた城側に反撃する体力は残っておらず追撃は諦めたという。
「もし小四郎が綱房に敗れていたら、いや後詰が少しでも遅れていたら儂らは城を枕にして討ち死にしていただろうな」
叔父上はしみじみとつぶやく。
「大手口の兵が壊滅したせいもあって死傷者は一〇〇は下らないだろう。我ながらよく守り切れたものだ」
「それほど……」
元々三〇〇いた兵のうち一〇〇以上とはかなり甚大な被害だ。数だけ見ればまるで負け戦のようだ。足軽だけでなく名のある将も幾人か戦死していた。彼らは重臣というわけではなかったが小山家では中堅という立場で支えてくれた者たちだ。激戦だったとはいえ実務をこなせる人材を失ったのは痛い。
「それでこれからどうするおつもりで?」
「まずは兵を休ませつつ壬生城の修復を進めるつもりだが、その前に叔父上に尋ねたいことが」
「尋ねたいこと?」
俺は一度周囲を見渡して近くに聞き耳をたてている者がいないことを確認すると、叔父上の耳もとにそっと小声でささやいた。
「此度の戦で誰が寝返りを?」
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