表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
130/344

黒川の戦い

 下野国 小山晴長


 なんとか兵を集めて祇園城を出発し、壬生城に向かって進軍していると加藤一族の者から壬生城が壬生綱房らの猛攻を受けているという報せが届く。


 進軍を続けながらも諸将は苦い表情を浮かべていた。



「どうやらあちらは何がなんでも壬生城を取り戻したいようだな」


「急ぎましょう。このままでは城が落ちてしまいます」



 平三郎から進軍速度を上げるべきとの進言を受ける。俺は平三郎の案に首肯する。


 ただ進軍速度を上げたとしても壬生城に至るためには大きな障害が待ち受けていた。それは思川の支流である黒川の存在だった。祇園城から壬生城に向かうには姿川と黒川を渡らなければならない。


 姿川は祇園城付近の小川であるため渡河に問題はなかった。また壬生付近の黒川の水位は低く、渡河自体はできそうではあるのだが、思川との合流付近では川の流れが速く、冬場の渡河は兵の体力を消耗させる。それに敵が渡河中の俺たちを狙うため対岸で待ち伏せている可能性があった。


 黒川と壬生城とは遠くて一里ほど離れているが、四半刻あれば黒川に到着することができる。敵の斥候がこちらの動きに気づいて狼煙を上げれば綱房がすぐに黒川に向かうことは可能だ。



「もし敵が城を包囲したままなら渡河は大した問題ではないが、後詰を撃破するために待ち伏せていたら厄介だな」



 大膳大夫が俺の言葉に反応する。



「敵がいれば渡河の最中で狙い撃ちにされかねませぬ。兵法では主力を迂回させて敵の視界外から渡河させるのが定石ですが」


「ああ、だがまずは状況を確認しなければな。段蔵、先陣の一部と共に先行して黒川付近に敵がいるかどうか調べよ」


「ははっ」



 しばらくして段蔵らが戻ってくるが表情が硬い。



「段蔵、どうだった」


「黒川にて壬生の旗を確認。対岸にて待ち構えております。その数、ざっと五〇〇は超えている模様」



 壬生はやはりこちらに兵を向けてきたか。壬生城とはそれなりに距離があるが、城の囲いを解いてまで後詰を潰しにきたと考えるべきだろうか。しかしこちらの動きを察知していたとなると綱房は初めから後詰を黒川で迎え撃つつもりだったのだろう。後詰が撃破されれば孤立した壬生城の落城は免れない。状況は不利だが壬生城を救えるかどうか、ここが分水嶺となる。



「ならば兵をふたつに分け、主力を迂回させて渡河させることにいたしましょう。残りの兵は陽動として壬生と対峙させ、主力の渡河が終えたら壬生の軍勢を挟撃しましょうぞ」



 大膳大夫が定石どおりの戦法を唱えると幾人かがそれに賛同する。しかし俺はそれに待ったをかける。



「だが敵もそれを見抜いているはずだ。城に兵を残していたとしても五〇〇だけしかいないとは思えん」


「おそらく別口で渡河してくるこちらを迎撃する遊撃部隊も控えていることでしょう。しかしそれを恐れていてはいつまでたっても渡河できませぬぞ」



 資清が厳しい口調で判断を促す。



「……いや、兵を分けるようなことはしない。全軍、このまま迂回せずに黒川に進軍し渡河を決行する」



 俺が決断したのは軍を分けずにそのまま黒川を渡河することだった。定石からは外れるが全軍で渡河するのも手段のひとつでもあった。



「黒川の流れはやや速いが水深が浅く、著しく進軍速度が落ちるというわけではない。それに対岸は平坦で高地からの攻撃は避けられるはずだ。逆に下手に兵を分ければ各個撃破されかねない」


「しかし、全軍で渡河させるのはあまりにも危険すぎるのではありませんか」


「だが敵の目を掻い潜って迂回するにしても、時間がかかるうえに無事に渡河できるかどうか……」



 資清がぼそりと呟くと、他の諸将たちも思案顔になる。あまり賛成ではないが、壬生城のことを考えると迂回もいい案には思えなかったからだ。大膳大夫も初めは迂回を主張したが、今は腕を組んで顔を空に向けている。



「たしかに皆の懸念はわかっている。そこでだ、段蔵らにひとつ役目をこなしてほしい」


「役目でございますか?」


「ああ、少数でこなしてもらいたいのだが、そう難しいことではない」



 段蔵らが陣から出発すると同時に俺たちも進軍を再開し、黒川と思川の合流地点から少し離れた場所に到着する。対岸では遠くから壬生の旗が風でなびいているのが見える。


 敵の数は段蔵の報告とおりの五〇〇前後とやはり数はそう多くなかった。しかし渡河を阻止せんと陣を敷いており、臨戦態勢は整っているようだった。川幅はおよそ一町と五〇間とそこそこ距離があるが、水深は浅く、あってもくるぶしが浸かる程度の深さしかない。また中間には小規模な中州もあった。


 残念ながらこの距離ではスリングショットでの投擲は対岸の敵に届かないが、中州に到達すれば十分射程圏内に入るはずだ。敵が矢を放つ中、盾を持たせた兵を先頭に川へ進んでいく。しかしいくら水深が浅かろうとも冬場の渡河は兵の体力を確実に消耗させていく。多少の犠牲はつきものでも早くまず中州に到達する必要があった。


 幸先はよかったものの、濡れた衣服のままいつまでも冷たい水に浸っていれば動きは鈍くなる。敵の攻勢もあって次第に進軍速度が低下していく。



「予想以上に敵の攻勢が強い。このままではいつまでたっても中州に到達できんぞ」


「幸い、まだ敵の数は増えておりませぬ。しかしこのままではいつ敵の増援がくるか……」



 資清も大膳大夫も苦い表情を浮かべている。このまま中州まで到達できずに敵の増援が到着した場合、作戦は完全に失敗だ。


 そのときだった。俺たちがいる位置からさらに東側から突如バサバサバサと大きな音が鳴り響いてきた。


 この瞬間、俺は作戦が成ったことを確信する。そして大声で叫んだ。



「別動隊だ!別動隊が渡河に成功したぞ!」



 俺の声をきっかけに次々と鬨の声が上がり、士気は完全に盛り返した。同時に敵はいつの間に渡河を許していたことに混乱し、一部の兵が迎え撃つために川から離れだした。



「今が好機ぞ、このまま進めえ!」



 勢いを取り戻した小山の軍勢は先ほどまでのゆっくりとした速度とは打って変わって素早い動きであっという間に中州に到達する。それにとどまらず、先陣は中州を飛び出して一気に対岸へ駆けていく。完全に混乱した敵は総崩れとなり、渡河を許すと碌な反撃もできずに次第に後退していく。


 そして渡河の開始から半刻あまりでついに小山の軍勢は難所だった黒川の渡河に成功したのだった。

「面白かった」「続きが気になる」「更新がんばれ」と思ったら評価、感想をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ