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河原田の戦い(三)

 下野国 祇園城 小山犬王丸


 祇園城の物見から皆川方面から伝令がきたという報せを受けた。大広間には留守組の重臣と一門衆が全員そろっていて、その中には俺も含まれていた。


 カチャカチャと鎧が擦れる音が次第に大広間へ近づいてくるにつれて各々の表情が緊張で固くなっていく。



「申し上げます!河原田にて御味方が勝利でございます!敵の総大将宇都宮左馬頭は討ち死。壬生中務少輔は壬生へ撤退のこと」



 伝令からの勝利の報告にそれまで重苦しい雰囲気に包まれていた城内が大きく沸いた。険しかった伝令の表情から最初は自分をはじめその場にいた者たちもまさか負けたのかと顔を強張らせたが、勝ったと聞きホッと安堵の表情をこぼした。


 伝令によると、今回の戦は両者入り乱れる激戦で序盤は互角だったらしいが、敵の総大将であるはずの宇都宮忠綱が前線に出陣していたという。大将が前線に姿を現したことで宇都宮・壬生勢の士気が一時的に上がったが、その分忠綱と対峙した皆川勢から戦力を集中的に注がれ次第に忠綱の戦況の旗色が悪くなっていった。忠綱は自身の不利を理解したのか兵を引こうとしてたらしいが、忠綱の後方に位置していた壬生の本陣が忠綱の退却を遮るように兵を展開させたので忠綱は引くことができずに迫りくる皆川勢らにそのまま討ち取られてしまった。


 忠綱が討たれた報せを受けた綱房率いる壬生勢は素早く軍勢を反転して壬生方面へ撤退したという。こちらも撤退する壬生勢を追撃したようだが殿を務めた壬生周長の見事な指揮によって忠綱以外の有力な将は討つことはできなかったらしい。一方で小山・皆川・結城の連合軍も激戦かつ戦上手の壬生兄弟が相手ということもあって少なくない数の損害は出たようだが、父上をはじめとした主だった将は怪我の程度はあっても無事だったらしい。しかし敵の主力と交戦した皆川勢は当主の弟である平川成明殿が負傷と指揮官クラスの被害は他と比べて多かったようだ。


 そして伝令が祇園城に到着してからしばらくすると、皆川への救援に向かっていた兵たちが小山に戻ってきた。勝ち戦で鬨の声を上げながらの帰還で城下は沸いているが、ボロボロとなった甲冑や怪我が四肢の一部を欠損している者、そして出陣するより明らかに人が減っていたことが激戦を物語っていた。初めて目にする戦争の傷跡に胃から内容物がこみ上げそうになったが、弦九郎達が傍にいることや当主の跡取り候補として無様な姿は見せられない一心でなんとか堪える。これからもこういったことが日常となっていくだろうが、やはりそう簡単に慣れるのは厳しそうだ。



「御屋形様、此度の勝利誠におめでとうございまする」


「うむ、そちらもよく城を守ってくれた。此度の戦で我らの精強さも皆川殿らや壬生の連中に見せつけることができただろう」



 父上らが城に戻ってくると、留守組を代表して政景叔父上が父上に祝いの言葉を述べる。


 父上は忠綱を討つことができてかなり上機嫌な様子だった。特に忠綱は小山を衰退に追いやった宇都宮成綱の息子で元がつくが宇都宮家の当主を務めた大物だ。それに成綱の隠居後、小山を圧迫していたのは忠綱だった。積年の恨みというわけじゃないが、忠綱と同世代にあたる父上にとって忠綱の存在は大きかったに違いない。家臣の中には明らかに父上を見直したというように目を輝かせる者もいたので小山家当主の威厳がかなり増しただろう。父上もこの勝利で自信がついたのか戦の前とでは明らかに顔つきが違っていた。


 その日の夜は勝利を祝した宴がおこなわれ、出陣組・留守組問わず小山の武士達が一同祇園城で勝利の美酒に酔っていた。俺はまだ幼児だったが跡取り候補として宴の席に同席していた。もちろん酒は出されず、やわらかい粥ぐらいしか食べさせてくれなかったが。



「此度の戦では特に水野谷様と爺様の活躍が目立っていたそうです。元々水野谷様の武勇は近隣でも知られていたのですが、今回壬生勢の側面を突いて敵を引かせたようでございますな」



 その当の本人は上機嫌そうに豪快に酒を平らげている。だいぶ仕上がっているようで八郎の顔は天狗のように朱に染まっているが、それでもまだまだ余裕そうで酒から手を放す様子はない。


 八郎は小山家への反発心を隠さないが、一門衆の一人として重臣の中でも上位に位置しているため表立って窘める者は少ない。増長が過ぎれば小山家にとって危険な存在であるが、今のところは反発しつつもこちらに従っているのでこちらも下手に手を出せない状況だ。今回の戦で父上のことを見直したのか以前ほど反発する様子はなくなったが、俺からしたらやはり八郎のように家臣の好き勝手を許してしまうこと自体小山家の当主としての威厳と力がないのだと感じてしまう。当主が力を失ったままではいずれ家臣の専横を許し、傀儡にされるか下克上を果たされて追放あるいは滅亡するのが世の常だ。その点において今回の勝ち戦は父上にとって大きな出来事になったはずだ。少なくない犠牲が出たので、すぐに軍事行動を起こすのは難しいが、宇都宮忠綱の脅威を一掃できたことで周辺の勢力図に変化が出てくるかもしれない。


 ただ壬生氏も敗退したが当主綱房、その弟周長がいまだ健在なのが正直厄介だ。史実では衰退する宇都宮家に下克上を果たして宇都宮城を奪取した傑物だったので、あわよくば今回の戦で戦死してくれれば助かったんだけどそんなに上手くはいかないな。


 それでも皆川・結城との連携を強化して忠綱の脅威を退けることができたのは今後に向けて大きな成果だ。まだまだ課題ややるべきことはたくさんあるけど、今夜に限っては勝利に酔うべきかもしれない。

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