表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
128/343

壬生を巡って

 下野国 祇園城 小山晴長


 時は晩秋。少し前に収穫の時期を終え、年貢の取り立てなどで色々と忙しくなってくる。話によると今年は大きな災害も青田刈りの被害もなく、例年並の収穫量になる見通しだそうだ。父の代では野風で思川が氾濫して田畑が荒らされることもあったらしいが、最近は天候に恵まれているのか、そういったことはまだ起きていない。


 祝言もおこなわれ、小山は比較的平穏な時期を過ごしていたが、そういうときに限って平穏はあっという間に破られる。



「なに、壬生が兵を挙げただと?」



 段左衛門がもたらしたのは鹿沼城の壬生綱房が壬生城奪回のために兵を挙げて支城の羽生田城へ進軍しているというものだ。その数およそ一〇〇〇。壬生城は壬生家の本拠地であり、綱房にとって非常に重要な場所だった。だからこそ綱房は今年中に壬生城奪回を目指して今回兵を挙げたのだろう。


 また綱房は壬生城を失ってから日光との関係をさらに悪化させていた。それまで宿や社寺を造営して日光への影響力を強めていた綱房だったが、祇園城での敗戦以降はそういった投資する余裕がなくなっていた。それを見た日光は次第に綱房への態度を翻していき、綱房が壬生城を奪われると、ついに綱房の影響下から脱しようとする姿勢を明らかにしはじめた。


 当然綱房からしたらこの日光の態度は容認できるものではなかったが、壬生城を失い日光への影響力を落としていることは事実であった。日光山御神領惣政所の座を狙う綱房にとってこれ以上影響力を落とすことは避けたいことであり、もし壬生城を奪回し勢いを取り戻せば再び日光の態度も変わってくると踏んだか。そういった事情も考えると、今回の壬生城奪回には並々ならぬ覚悟があるはずだ。


 羽生田城や村井城からの兵を加えると壬生の兵はおそらく一二〇〇は超えるだろう。それに対し壬生城を守るのはおよそ三〇〇。兵力差は四倍もあるが、綱房の襲撃に備えて兵を残していたので兵はいる方だとは思う。


 政景叔父上には壬生城の防御を強化するように伝えていたが、この短い期間だと修繕といくつかの増築にとどまっているだろう。壬生城は三方を黒川と思川に守られているが綱房がくるであろう北西側は少し脆弱だった。一年くらい期間があればより堅固にできただろうが、綱房はそんな時間を小山に与えなかった。


 俺はすぐに家臣たちに戦の支度を命じ、段左衛門らには引き続き壬生の動向を探るよう指示した。だが最低でも一〇〇〇の兵力が必要となり、各支城からの兵を待たなくてはならず時間はかかりそうだった。そんな間にも綱房の進軍は続く。羽生田城に到着した綱房はそこで一度態勢を整えると付近の城からの増援を軍勢に加えた。しかしその数は想定していた一二〇〇を超え、一五〇〇近くに膨れ上がっていた。


 このことが知らされると家中にも動揺が走る。すでに綱房は羽生田城を出発し、壬生城に向かっている。今日中には壬生城を攻めはじめるだろう。俺は評議を開いて家臣たちに情報を共有し、今後の動向について話し合った。



「大膳大夫、今どのくらい集まった?」


「ざっと一〇〇〇ほどでございます。他の城からの兵が到着すればなんとか一五〇〇までは集まるかと」


「……一〇〇〇か。ならば、もし他の兵の到着を待つならばどのくらい時間がかかる?」



 大膳大夫に問うと、大膳大夫は熟考し「一日、最悪二日あれば」と答える。



「二日はさすがに遅すぎる。すでに壬生城から救援の要請が来ているのだ。待てても一日が限度だ」


「御屋形様、ここは一〇〇〇だけでもすぐに壬生城に向かうべきです。悠長に兵を待っているうちに城が落ちれば意味がありませぬ」



 小山土佐守が今すぐ壬生に出発すべきだと唱える。敵が一五〇〇ということは壬生城との兵力差が四倍から五倍に広がったということだ。綱房が力攻めしてくれば一日で落城することもあり得るので落ちる前に救援に向かうべきという土佐守の指摘は間違っていない。だが妹尾平三郎がそこに異論をぶつけてきた。



「しかし地の利は長年壬生を支配してきた敵にありまする。兵力で劣っている状態で慌てて出陣しても撃破されるだけでございます。ここは一日だけでも待って戦力を整えてから出陣すべきです」



 平三郎の指摘どおり、壬生城を奪って間もない小山はまだ壬生の地理に明るくなかった。数代にわたって壬生を支配してきた壬生家の方が壬生の地理に明るいのは自明の理で、こちらが下手な場所に陣を構えれば返り討ちに遭うことは十分考えられた。



「いかがなさいますか?両者の言い分も間違ってはいないと思われますが」



 大膳大夫が俺に決断を迫る。



「どちらも間違っていないからこそ難しいな。地の利があちらにある以上、慎重に事を進める必要はあるが、悠長に動いている間に城が落ちてしまえば本末転倒だ。だが敵は壬生城を攻めたときと違ってあの壬生綱房だ。万全を期すつもりでいかないと負けるだろう」


「では……」


「半日だ。半日だけ待ち、夜明け前に祇園城を発つ。叔父上たちにはこちらの援軍が到着するまでなんとか堪えるよう伝えよ!」


「「「ははっ」」」



 半日。本当なら一日は欲しいが、状況を考えるならばこれが兵を待てる限度だ。壬生城には一刻ほどで到着できるだろうが、途中の黒川への渡河が問題だったりする。この時期の川は非常に冷たく、渡河はあまりしたくはなかったが、壬生城に至るには黒川を越えなければならない。そのため、日没後ではなく朝方に兵を動かすことにした。


 後はこちらが到着するまで壬生城が耐えてくれることを祈るだけだ。壬生城だけならまた奪い返せばいいが、政景叔父上を失えば小山家にとって大きな損失となる。それだけはどうしても避けなければならない。

「面白かった」「続きが気になる」「更新がんばれ」と思ったら評価、感想をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 劣勢の状態からどの様に持ち直して行くのか、予想が付かない所が面白いです。 [一言] 毎話楽しみにしています。頑張ってください!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ