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家族への挨拶

 下野国 祇園城 小山晴長


 寝所で三日を過ごした後、俺と富士は花柄の着物に着替えて家族のもとへ挨拶に向かう。富士は少々動きづらそうにしていたが、本人から大丈夫だと言われたので言及しないことにした。それでも見て見ぬふりはできず、少し考えてあることを思いつく。



「失礼する」


「えっ、小四郎様!?」



 俺は富士の背中と膝に手を当てて横向きに抱き上げた。いわゆるお姫様抱っこだ。富士は驚きのあまり身体が硬直していた。



「小四郎様、なにを!?」


「見ていて歩くのがつらそうに見えたからな。こうすれば楽だろう」


「それはそうですが、少々恥ずかしいです。私、重くありませんか?」



 富士は顔を赤く染めながら上目遣いでこちらを見つめてくる。少し目が潤んでいるせいでなかなかの威力だ。



「いや全然重くないな。身長差がそこまであるわけではなかったが、こんなに軽いとは驚いたぞ。これなら一日中抱いていられるわ。なに、安心せよ、挨拶する前にはちゃんと降ろすからな」


「もう……なら存分に甘えさせていただきますね」



 諦めたように言っているが、富士の顔が少しにやけているのがわかる。富士は完全に俺に身を預けて頭を俺の胸板に擦りつけてくる。その小動物じみた富士の様子を愛でながら俺は父上のいる部屋の前まで富士を運んだ。


 途中、富士のお姫様抱っこを目撃して驚いたような表情を浮かべる九郎三郎に遭遇したが、俺が目で合図すると九郎三郎はそっと見なかったふりをして富士が気づく前に下がっていった。


 ようやく富士を地面に降ろすと、富士は安堵しつつも少し名残惜しそうにしていたので俺はそっと富士に耳打ちする。



「なんだ、またやってほしいのか?」


「なっ、そんな……!」



 富士は最初驚いて俺に顔を向けたが、徐々に赤面していって顔を俯かせると小声で「はい」とつぶやいた。


 そんな富士の様子も愛しく思えたが、父上の部屋が見えてくるとさすがに気持ちを切り替える。



「さてこれから父上のとこに挨拶してもらうのだが、どうやら父上の体調が優れていないらしい。父上に今面会できるか確認してくるので少々待っていてほしい」



 父付きの小姓に富士を任せ、俺は父上の部屋の前に立って父上に語りかける。



「父上、小四郎です。体調はいかがでしょうか。無理ならば後日挨拶に伺いますが」


「小四郎か。まあ、良くはないが、富士姫がきているのだろう。横になったままで悪いが、会おうじゃないか」



 問いかけると、部屋の中から父上の声が返ってくる。だがやはり体調が悪いのか声に覇気がない。俺は父上に安静にしてもらおうかと思ったが、父上が会おうとしているのを無碍にはできなかった。



「富士、父上はそなたに会いたいそうだが、体調が良くなく横になったままでの状態となる。それでも会ってくれるか?」


「もちろんです。私はもう小山の人間です。会わない理由がありません」



 富士も父上に会うことを快諾したので俺は富士を連れて父上の部屋へ入室する。父上は布団で横になっており、顔色はたしかに優れない。満足に身体を動かせないのか目だけ動かして俺と富士の姿を捉えた。



「父上、小四郎です。そして俺の後ろに控えているのが俺の妻になります富士姫でございます」


「お初にお目にかかります。結城左衛門督が娘、富士でございます」



 父上は富士の姿を認めると静かに涙を流す。



「ああ、本当に小四郎が姫を娶ったのだな。本当にこの目で小四郎の妻の姿を見られるとは思わなかった」


「父上……」


「すまないな、富士姫よ。儂の名は小山左京大夫政長。今はただの隠居だ」


「お義父上様、父からお義父様のことは伺っております。この度は富士と小四郎様の縁をつないでくださりありがとうございます。富士は小山の人間として小四郎様をずっとお支えしていきます」


「ははは、これは頼もしい嫁をもらったな、小四郎」



 普段より覇気はないが父上は俺を見て笑う。



「ええ、本当に良い方を迎えられたと思っています」


「そうか。富士姫よ、小四郎はしっかりしているがまだまだ若い。長きにわたり小四郎を支えるのは妻である富士姫しか託せん。小四郎のこと、頼んだぞ」


「そのお言葉、強く胸に刻みます」



 富士はじっと父上を見つめて強くうなずいた。父上も満足そうにうなずき返したが、ここでまた体調が悪化してしまい、父上への挨拶はここまでとなった。小姓に医師に診察させるように指示を出したが、父上は俺たちに自分のことはいいから母上たちに挨拶に向かうように言い含める。体調のことは気になるが、父上にそう言われたのだから俺たちは渋々父上の部屋を後にした。



「お義父様は大丈夫でしょうか?」


「正直急にここまで悪くなるとは思わなかった。祝言が終わって緊張の糸が切れたかもしれん。ゆっくり休んでほしいとは思っているが……」



 その後は母上と妹たちのもとへ挨拶に向かったが、それまで富士とは文のやりとりをしていたこともあってすぐに打ち解けたらしく、妹たちにも姉ができたと懐かれていた。最後は俺が蚊帳の外になるくらい仲良くできたのは少々意外だったが。


 そして最後に叔父上たち含めた家臣たちのもとに向かう。家臣たちにも挨拶に伺うのは実は富士が言い出したことであり、余所からきた自分が小山家の人間となるにはやらなければならないことだという。


 家臣たちが集まる中、俺の隣に座った富士は屈強な男たちを前にしても物怖じすることなく、真っ直ぐ前を見据えていた。



「この度小四郎様の妻となりました富士と申します。私は結城の出ではありますが、今は小山の人間として小四郎様をお支えしてこの祇園の城に骨を埋める覚悟はできております」



 これまでの小動物的な愛嬌は消え去り、武家の娘らしく凛とした表情で家臣たちを見渡す。初めはどのような姫を迎えたのか気になっていた家臣たちは富士の堂々とした振る舞いにさすが名高き左衛門督の娘よと感心していた。この富士の行動は政朝らに大事に育てられてきたと聞いてもしかしてか弱い姫なのだろうかという一部の憶測を一瞬で霧散させた。


 あっという間に家臣たちに受け入れられた富士はその夜の宴会でも家臣たちに大人気だった。祝言当日に各々盃を交わしてはいたようだが、俺と富士の婚姻を祝した宴は大いに盛り上がった。


 重臣たちは次々と俺たちへ祝福の言葉を述べていく。藤岡佐渡守や妹尾平三郎あたりまではまだよかったのだが、酔って顔を真っ赤にした水野谷八郎あたりから途中で感極まる者が増えてきて祝われるというより慰める頻度が高くなっていった。


 特に大変だったのが俺が生まれたときから傅役を務めていた大膳大夫だ。大膳大夫は最初から半泣きの状態で言葉を紡ぎだすことすら難しいほど泣き崩れていた。すでに高齢だった大膳大夫の立場から考えれば主君であり孫のような存在でもある俺が自分が生きているうちに当主になるだけではなく嫁までもらったのだから感極まるのも無理なかった。


 さらにそんな大膳大夫の姿に胸を打たれて貰い泣きする者が出はじめた。止めようとしていた孫の弦九郎すら泣きはじめるのだからもう場を収拾させるのが大変だった。そして最終的には富士まで涙を流すことになり、俺は慰めるのをやめて大膳大夫に思う存分感情を発露させることにした。


 場の収拾は大変だったが、それでもこんなにも俺を想ってくれる者がいたのかと心が熱くなる。涙こそ流さなかったが、この者たちのためにも小山家をより強くしたいと俺は再度強く思ったのだった。

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