房総の変化と祝言の準備
一五三三年 九月 下野国 祇園城 小山晴長
晴氏の臼井攻めからひと月ほどが経過したある日、晴氏からこちらが戦勝祝いで送った焼酎のお礼の書状と返礼品が祇園城に届いた。返礼品は刀だった。無銘だが豪華な装飾が施されている。特に愛刀とか持ってなかったので実用的なら身につけようかと思う。
「公方様からとは。ずいぶんと早いですな」
「ああ、戦勝祝いに送った焼酎についてのお礼のようなんだが、こんな早い時期にくる物なのか?」
大膳大夫は首を横に振る。
「そんなことはございません。ひと月足らずでお礼だけでなく返礼品までつけてくるなんて聞いたことがありません」
戦後処理を考えるとまだ忙しいにもかかわらず、まさかこんな早い時期に書状だけでなく返礼品までつけてくるとは思わなかった。俺以外にも戦勝祝いを送った者も多いだろうに仕事が早い。
書状には晴氏が焼酎をとても気に入った旨が書かれており、自分だけでなく家臣にも振る舞ったところ、あの高助すら焼酎の酒精の強さに驚いたそうだ。晴氏はこのような上質な酒を送ってくれた俺に感謝しているようで文末にはまた機会があったら焼酎を送ってほしいと綴られていた。
「書状を読んでいると公方様の機嫌が良さそうなことが伺えるな」
「ほほう、今回の臼井攻めは大成功に終わりましたからな」
「自ら大軍を率いて臼井を屈服させた姿を見て、今回寝返った千葉昌胤らも古河側について正解だったと思ったことだろう。公方様は元服の時期が遅かったのもあって戦の経験を懸念されている声があったというが、今回の戦果はこれまでの懸念を払拭させるほど十分誇れるものだ。これで公方様を不安視する声も少なくなるだろうな」
一方臼井景胤に救援を求められながら里見と真里谷を頼れない義明は最後まで出兵を悩んでいたようだが、臼井城が包囲されたと聞いてようやく自身に従う少数の兵で臼井城救援に動くことに決めた。しかし臼井城に向かう途中で景胤降伏の報を知るとすぐに小弓に引き返したという。義明は臼井を含め千葉一門が晴氏側に寝返ったことを強く罵ったらしいが、里見と真里谷が義尭と北条に手をとられている状況の中で臼井や千葉の討伐に動くことはなかった。
その里見の内紛についてだが九月に入ると状況が一変する。当初は城に籠る義尭らを義豊と真里谷信清が攻める構図だったが、義豊が保田と三浦半島で北条に敗れると北条の支援を受けた義尭が反撃を開始する。北条の支援を背に義豊側の城を攻め落としていくと、ついには義豊の義弟一色九郎が城主を務める安房で稲村城に次ぐ要だった滝田城を陥落させた。
滝田城陥落を受けて義尭の勢いに圧倒された義豊は安房から逃亡。信清の領内に逃げ込み、今は大戸城という城に匿われているらしい。義豊はそこで再起を図るつもりらしいが、現状義豊側は劣勢だといわざるを得ない。ここから挽回するには少なくとも誰かしらの支援が必須となるが、晴氏は介入しないだろうし、義明と信清では正直力不足だと思っている。
義豊を追い出した義尭は早くも安房の平定に動いているが、義豊を支持する者の多くは里見の古参で彼らを鎮圧するには時間がかかるだろう。それでも一躍義尭が有利になったことには違いはなかった。
そして秋が深まる中、小山家は徐々に忙しくなっていく。それは十一月に富士姫の輿入れがおこなわれるからだ。以前から話し合い、準備を進めていたが、あとひと月ほどに迫ると必然的に家中は準備で忙しくなっていく。俺も作法など色々と確認や準備に時間が追われることが多くなり、小山家全体がせわしなく動いている感じがする。
父上も幸いこの時期は体調が安定しているようで、時折遠くから顔を見かける機会も増えた。父上が病に倒れてから元服も祝言も見せられないかと思っていたので元気そうでなによりだ。父上付きの小姓の話では最近では体調が良いときは軽く外に出ることも増えたらしい。ただ冷えるときは体調を崩しやすいそうで楽観視はできない。父上には今回の輿入れだけでなく妹の輿入れも見てほしいと思っているので、このまま安定していてくれたら嬉しいのだが。
「ついに小四郎も嫁をもらうのか。この前まで赤子だったと思っていたが、いやはや時が進むのは早いものだ」
そして祝言が迫るとある夜、俺は父上に呼ばれて珍しく父上の部屋で酒を交わしていた。感慨深そうに酒を口に運ぶ父上をじっと見つめる。体調が安定しているといっても父上の姿は以前と比べて明らかに痩せていた。声も少し枯れているようで少しずつ病魔が父上を蝕んでいることを嫌でも理解してしまう。俺は医者でもなんでもないが、なぜか父上はそう長くはないだろうと思ってしまった。
「まさか息子の元服だけでなく祝言まで見られそうとは思わなかったな。しぶとく生きるものだな」
「そんなことおっしゃらないでください、父上。まだ妹たちの輿入れが残っているではありませんか。それに父上には是非孫を抱いてほしいのです」
「孫か。そういえば父上、お前の祖父には一度も孫を抱かせたどころか見させることすらしなかったな」
「祖父上……たしか父上が家督を継ぐ際に家を出たのでしたよね」
「追放したのさ。小山が生き残るために。今思えば仕方ないこととはいえ、悪いことをしてしまった」
かつて小山が政氏と高基の家督争いに巻き込まれた際に祖父は政氏を父上は高基を支持していた。結局政氏側が敗れて祇園城にいた政氏は岩付に退去。なおも政氏を支えようとする祖父は父上が家督を継ぐ際に小山家から追放されていた。
「追放したといっても一応血のつながった親だ。小山の地を踏ませない代わりに暮らしの工面はしていた。父は追放後に出家していたらしいが、小四郎が幼い頃に亡くなったよ。だから結局父は小四郎たち孫の存在を知ることはなかったのさ」
俺は父上の独白を黙って聞いていた。
「暗い話になってすまないな。さてそろそろ結城の姫様の輿入れが出発する時期だろう。姫とは祇園城で初めて顔を合わせるのだったな」
「ええ、今から楽しみです」
「そのあたりはまだ歳相応だな。ちゃんと大切にするんだぞ。結城の姫とは関係なくな」
俺がうなずくと父上は心底嬉しそうに笑った。
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