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晴氏の臼井攻め

 一五三三年 八月 下野国 祇園城 小山晴長


 八月の上旬、晴氏は自身に従う下総勢を率いて義明側の臼井景胤の討伐に動いた。晴氏に従うのは簗田高助ら幕臣と相馬や国分といった晴氏が降した下総国人衆に加えて今回寝返った千葉昌胤ら千葉家一門。総勢三〇〇〇近くになる軍勢が景胤籠る臼井城とその支城に襲いかかった。


 臼井城は印旛沼の台地に築かれており、古河と小弓を最短でむすぶ水運がある重要な拠点であった。千葉一族でありながら若い昌胤の方針転換に反発して義明側に留まった景胤は晴氏が攻めてきたことを知ると義明に救援を求めたそうだが、小弓の主力である里見と真里谷が稲村の変の影響で動けなかったため、後ろ盾を頼れない義明は景胤の救援に向かう兵を集めることができなかった。


 また地理的にも他の千葉一門が晴氏に転じたことで臼井城が敵陣の中で孤立していたということも義明に救援を向かわせることを難しくさせていた。


 義明が臼井城を見捨てる形となる中、晴氏は着々と臼井城とその支城の攻略に動き出していた。数で劣り、援軍が見込めない臼井方の支城はまともな抵抗ができないまま次々と陥落していく。晴氏は臼井城にほど近い州崎砦と仲台砦まで落とすと、このふたつの砦を起点にして臼井城を完全に包囲した。


 三〇〇〇の兵に包囲され、義明に見捨てられた景胤は籠城こそしたものの、晴氏の攻勢の前にこれ以上の抵抗は不可能と判断して半月も経たずに晴氏に降伏する。晴氏は景胤の降伏を許し、今後古河に忠誠を誓わせることで領土も安堵させた。この寛大な処置に感動した景胤は喜んで晴氏に忠誠を誓ったようだが、敗戦の責をとり家督を嫡男に譲ったという。


 千葉一門を支配下に収めたことで晴氏は下総の大部分の奪回に成功し、世間に古河公方の復権を印象づけた。武蔵との国境付近にある葛西などは上杉朝康にとられていたが、古河公方が下総一国を支配していたのは義明登場以前にまで遡るため、晴氏の名声は北関東を中心に大きく轟かせた。


 一方晴氏の臼井攻めと同時期の安房では里見義尭を支援するために三浦半島から出発した北条とそれを迎え撃つ里見義豊の水軍が安房の保田妙本寺付近の沿岸で激突していた。また義豊の別動隊が三浦半島を急襲したようだがどちらも義豊側の敗戦に終わったようだ。この敗戦によって義豊と彼を支援する真里谷信清は義尭と正木通綱の子である時茂・時忠兄弟に北条の支援を許すことになる。


 加藤一族から晴氏の勝利と義豊の敗戦を聞いた俺は今後も房総半島での動乱が続くと考えていた。義明が寝返った千葉一門をこのまま放置するとは思えないし、里見の内紛もどう転がるか不透明だ。義豊が緒戦で敗れて北条の介入を許した時点で安房は混迷状態となった。もし義豊が北条を破って介入を防いでいたら孤立した義尭が討たれるのは時間の問題だった。しかし義尭が北条の支援を受けた今、どちらに勝ちが転ぶかわからなくなった。


 義明も義豊と信清が内紛の解決に手を焼いているうちは自由に身動きをとることはできない。いくら小弓公方を自称しているといっても義明自身は兵をほとんど持っておらず、彼の兵力の大半は真里谷と里見そして臼井のものだった。しかし臼井景胤が晴氏に降伏して、里見と真里谷は義尭と北条を相手にしている。義明がどう考えていようが動かせる兵はいなかった。


 そしてそんな義明の隙を晴氏が見逃すはずがない。そう遠くないうちに義明の拠点である小弓城に侵攻し、義明との全面対決に挑むことだろう。その際は間違いなく俺にも参陣を求めてくるはずだ。房総半島までの遠征は歓迎できないが、公方の命令となれば断るのは簡単ではない。時期が悪かったとはいえ、小山家は今回の臼井攻めに参陣していない。二度も断るのは今後の晴氏との関係に大きく影響してくるはずだ。


 正直今回の里見の内紛についてはどちらに転ぼうがどうでもよかったが、ただ北条が房総半島に手を伸ばしてきたのは少々気になる。扇谷上杉の後継者として朝康を担いでいる北条は武蔵中部まで勢力を伸ばしていた。扇谷上杉の当主を称する朝定は家臣の難波田憲重の居城である松山城を拠点にしている。しかし現在彼が治められているのは松山城と武蔵と上野との国境付近のみしかない。それでも北条の猛攻に耐えられているのは山内上杉の援軍の存在が大きく、北条も朝定を滅ぼすまでには至っていなかった。


 北条の武蔵攻略が停滞しつつある中での房総半島への進出。北条も親北条派の勢力を確立させれば房総半島での影響力を広げられるので大軍ではないものの義尭への支援は怠っていない。義豊が敗れたことと北条の支援を受けたことで義尭は息を吹き返すことだろう。もし義尭が勝ち、里見の当主となれば北条に近い勢力の誕生ということになり、義明を滅ぼしたい晴氏にとっても他人事ではなくなってくる。特に事実上北条の傘下となっている朝康が葛西を落としたことで武蔵から下総、房総半島へ至る通路が開かれた。これにより北条は海路だけでなく陸路からでも房総半島に向かうことができた。


 現状晴氏と北条は敵対こそしていないが友好的というわけでもない。しかし古河公方の復権を目指す晴氏にとって北条が房総半島に影響力をもつことは歓迎できないだろう。まだ不透明だがいずれ北条との関係に変化が生まれるかもしれない。その際に晴氏に近い小山が巻き込まれないとは限らない。



「さて今回の戦勝祝いだが小山で醸造した焼酎を送りたいと思っている」


「焼酎を送るのですか。それは大盤振る舞いでございますね」


「今回参陣できなかった分としてここまでした方が公方様の心象も良くなるだろう。小山としても古河との関係はできるだけ良好なものにしておきたい。特に交易に関しては古河や関宿との取引で大きな利益を上げているからな」



 新商品でようやく生産の目途が立った焼酎を送ったとなれば参陣しなかった小山の面目は保てるだろう。鷲や普通の酒も考えたが、参陣を断った失点を補うためにはこのくらい奮発した方が良いと考えた。


 個人的には晴氏とそこまで近くなるつもりはないが、晴氏が小山を良く思っているのならその関係は持続させたいとは思っている。今回のように遠征を求められることもあるだろうが、無理のない範囲でなら応じるかもしれない。


 ただ小山にとって優先するのは下野であることには変わりない。そこに支障が出るならば参陣しない可能性も捨てるべきではないだろう。古河と適度な関係は保ちたいが、それとこれでは話はまた別になってくる。



「ひとまず警戒すべきは綱房や宇都宮からの襲撃といったところか。叔父上にはそれなりに兵を預けているが、宇都宮の援軍もきたら苦戦することになるかもしれん」


「芳賀殿がどこまで抑えられるかにかかってきますが、過度の期待は厳禁ですな。やはり宇都宮が攻めてくることも考慮すべきでしょう」


「となると迂闊に羽生田を攻めることはできんな。北西に気をとられていると背後を突かれることになるかもしれん。ここは地道に調略を進めることにしようか」



 房総半島のことは頭の片隅に入れておく必要があるが今すぐ晴氏が動くことはないだろう。一方で綱房についてはいつ攻めてきてもおかしくない。壬生家由緒の土地が奪われたことで綱房は決死の覚悟で奪還に動くことだろう。すでに綱房は宇都宮の中でも極めて厄介な敵であることに違いないが、これまで以上に小山への敵対心を抱いている綱房は更に油断できない相手だ。せめて奴を鹿沼に閉じ込めたいところだが、そう上手くはいかないと考えている。せめて壬生城が奪還されるのだけは避けなければならないな。

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