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稲村の変

 下野国 壬生城 小山晴長


 壬生城へ入城を果たすと俺は段左衛門らに急いで壬生城への救援に動いているであろう綱房の動向を探るように命じた。城兵にも城の修繕を急がして、いつ綱房が攻めてきても対応できるように準備をさせる。


 しばらくして段左衛門らが壬生城に戻ると、綱房の動向を口にする。


 綱房は壬生城からの救援要請を受けるとすぐに日光での交渉を打ち切って鹿沼に帰還すると、壬生城救援のために軍勢を整えていたようだ。そして鹿沼城を発ち、進軍している途中で綱房は粟志川での敗戦と壬生城陥落の報を受けることになった。綱房はすぐに軍議を開くとしばらくして壬生城へ向かうことを諦めて西方城を攻めることにしたようだが、西方城が綱房に備えていたことや皆川勢がすでに帰還していることを受けて、西方城を攻めることはせずに西方領内を荒らして鹿沼へ帰還したという。



「やはり綱房は西方も狙ってきたか。西方勢を壬生城攻めに加えずに綱房に備えさせたのは正解だったが、領内を荒らして帰るとは許せぬな」


「しかし鹿沼に戻ったということは、今すぐ壬生城を攻めるわけではないということか」



 政景叔父上の考えに俺も同意する。



「そのまま壬生城へ攻めてくることも危惧していましたが、今の戦力では城攻めが難しいと判断したのでしょう。段左衛門の報告では急いで編成していたようでそこまで兵も多くなかったようですし。ただ叔父上のおっしゃるとおり、今すぐ攻めてくるとは考えづらい。これならこのまま叔父上に城と兵を預けて俺は祇園城に戻ることにいたしましょう」



 綱房が今すぐ攻めてこないと判断した俺は政景叔父上に三〇〇の兵を預けて壬生城を託すと、残りの兵を率いて祇園城へ帰還することにした。


 壬生城から祇園城へ帰還する途中、祇園城の方角から見知った顔がこちらへ向かっているのが見えた。どうやらこちらに向かってくる人間は小山の人間だったようで、こちらの行軍を見つけると大声を上げながら取次ぎを求めてきた。彼は祇園城からの使いだったらしく、ちょうど壬生城に向かっているときに俺たちに鉢合わせしたようだ。


 わざわざ祇園城から使いがくるとは一体何事かと思ったが、話を聞いてみるとどうやら俺が壬生城攻めをしているときに祇園城に晴氏からの使者が訪れてきたという。当主の俺が不在ということもあって留守役の重臣たちが対応したそうだが、使者は主の命で俺本人に書状を渡して話を聞かなければならないの一辺倒で俺が戻るまで祇園城に留まると言ってきたそうだ。重臣たちは困ったが古河公方からの使者を蔑ろにはできない。そこで俺に使いを出して判断を仰ぐつもりだったらしい。



「なるほど、それならば戻り次第、使者殿に会うことにしよう。使者殿も公方様の命だから書状を預けるだけというわけにもいかないだろう。残った者には悪いが、俺が戻る間まで使者殿の世話を頼んだ」



 しかしそれにしても時期が悪い。まさか晴氏からの使者が城攻めしているときにくるとは誰が思うだろうか。祇園城にはすぐ到着できると思うが、なるべく使者を待たすわけにもいかない。壬生城を落としたあとの処理もあるというのに、ここで新たな問題が出てくるようなことは勘弁してほしいところだ。


 祇園城に戻ると、俺は家臣に帰還を知らせるやいなやすぐに湯浴みをして身支度を整えて晴氏の使者と会談することにした。正直翌日でもよかったが、なんだか面倒事の予感がしたので早めにどうにかしようと判断した。



「使者殿、お待たせいたした。小山が当主晴長と申す」


「古河が臣、二階堂伊勢守行盛と申します。この度は主の命とはいえ、小山家の方々に色々と無理を言ってしまい申し訳ございません」



 行盛といった男は非常に恐縮しており、報告で聞いた俺に会うまで居座るつもりの男とは到底思えなかった。おそらく彼は彼なりに主君の命を全うしようと思っていたのだろう。晴氏の笠を着て横暴を働くような者でなくてとりあえずは安心した。もしそんな者だったら小山家を侮蔑していると叩き出しているところだった。



「二階堂殿も主君の命に従ったのであろう。それでいきなり本題で悪いが、公方様の使者が何用で小山家にいらしたのかな?」


「はっ、実は公方様より書状を預かっております。まずはそれを一読していただければと思います」



 そう言うと、行盛は俺に書状を差し出す。俺はそれを受け取ると紙を広げて内容を吟味した。



「……二階堂殿はこの書状の中身はご存知なのか?」


「はっ、公方様より内容は聞き及んでおります」


「では聞きたい。ここに書かれていることは真か」



 然り、と行盛は短く肯定する。


 書状には安房の里見義豊が叔父の実尭と重臣の正木通綱(まさきみちつな)を相模の北条に通じたとして稲村城内で討ち、実尭の遺児義尭(よしたか)が北条に支援を求めて義豊に対抗していること、その里見の内紛の鎮圧に真里谷が動いていること、そしてその安房と上総の混乱を見て臼井を除いた千葉一門が一斉に晴氏側に転じたことが記されていた。


 まず里見の内紛だが義豊と実尭の不仲についてはこちらも耳にはしていた。義豊が義明の勘気を被って立場を落としたことで実尭が当主代理として動いていたからだ。そして通綱はその実尭と懇意にしていた。通綱は実父が北条に滅ぼされた相模の三浦義同(よしあつ)であると噂され、里見でも新参ながら筆頭家老に抜擢されていた人物だった。


 通綱は嫡男と一緒に討たれたが、残りの息子は逃れたようで義尭と共に義豊へ反旗を翻しているらしい。北条は三浦半島から義尭を支援するつもりで、これをきっかけに房総半島への足掛かりを得ようとしている。北条の力が房総半島まで及ぶのは少々厄介だが、義豊と真里谷が簡単にこの内紛を抑えられるとは思えない。


 しかし驚いたのは千葉一門が義明を見限って晴氏についたことだ。千葉は最近当主が代替わりしたと聞いていたが、千葉家だけでなく臼井を除いた庶流まで晴氏に鞍替えするとは思わなかった。



「こちらが壬生を攻めていた間に房総ではずいぶん大きく情勢が変わったようだ」



 房総半島については優先順位が低かったこともあり、加藤一族は派遣していなかったので今回得た情報は非常に有意義なものだった。しかし晴氏が善意でこの情報を俺に渡すわけがない。書状の最後には今回の主旨が記されていた。



「しかし今回寝返らなかった臼井の討伐への助力か」



 要は臼井を討伐するから兵を貸せということだ。晴氏の狙いは理解できる。義明側が内紛に気をとられているうちに地盤を固めたいのだろう。今の晴氏なら自力でもどうにかできそうだが、確実に勝利したいのか下野の俺にも協力を要請してきた。何もなければ俺も要請に応えるつもりだったが、あまりにも時期が悪い。



「二階堂殿、そなたもわかっているだろうが……」


「ええ、どうやら時期が悪かったようですな。まさか訪れたときに戦があったとは」


「残念ながら今回は公方様のお力にはなれませぬ。臼井討伐もそう遠くない時期におこなうのだろう。申し訳ないが、またすぐに兵を動かすことはできぬ」


「重々承知しております。今回は時期が悪かったということで」


「公方様には力になれず申し訳ないと伝えてほしい。それと再び機会があれば今度こそ力になると」



 行盛が祇園城を去ったあと、俺は家臣たちを集めて先ほど得た情報を共有することにした。房総での出来事に家臣たちは驚いていたが、今回の援軍の要請を断ったことを伝えると今度は沈黙してしまう。派兵を断ったことは仕方ないということで意見は一致していたが、今回の状況を踏まえるとまた遠くないうちに房総への派兵は十分あり得た。



「今後のことを考えると今すぐ鹿沼をどうこうするというわけにもいかなくなったな」


「そうですな。正直房総がどうなるか見当がつかないというのが本音でございます。いつまた兵を求められるか不透明な状況で鹿沼を攻めるわけにもいきませぬ」


「公方様の要請を二度も断るのもまずいしな。仕方ない、しばらくは房総の状況を監視しつつ壬生の統治に専念するとしよう。綱房め、命拾いしたな」

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