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壬生城攻め

 下野国 小山晴長


 粟志川でこちらの挑発に乗った壬生勢を迎え撃つまではよかったが、壬生が想定より兵を多く揃えていたこともあって少々苦戦を強いられてしまった。


 序盤は倍近くの兵力差があっても一進一退の攻防が続いたが、鶴翼の陣のうち両翼を担当していた水野谷八郎と風間平八の活躍によって均衡が崩れた。壬生の両翼が崩れたことで壬生勢は総崩れとなり敵の大将は殿を残して壬生城へ撤退していった。敵の殿の抵抗は凄まじかったが多勢に無勢。多少犠牲は出たがすぐに鎮圧することができた。


 殿は最期まで逃げることせず我らに立ち向かってきたのは敵ながら天晴だった。特にとある老将は白髪を墨で黒く染めていただけでなく、全身に矢や槍が刺さっていても槍の柄を杖にして立ったまま壮絶な最期を遂げ、その散り様には敵である小山家の者からも称賛を浴びた。


 殿を鎮圧すると俺はそのまま壬生城へ進軍させて、城下の目前まで迫った。



「さて、ここで一度壬生城に使者を送ろうと思うが、我こそはという者はいないか」



 俺が控えている家臣たちを見渡すと、ひとりの男が挙手をして俺の前に歩み出た。



「御屋形様、ここはこの俊行にお任せください」


「左京進か。そなたがいいのなら構わないが身体は大丈夫なのか」



 使者を申し出たのは祖父の代から仕えている高齢の塚田左京進俊行だった。本当なら隠居してもいい年齢なのだが、本人の希望もあって六十近くの今でも現役として活動している。今回従軍しているだけでもすごいが、先ほどまで戦があったばかりで老体に響いていないか心配だ。



「なあに、あれくらいなら全然でございます。むしろ若い衆の方が疲れているでしょう」



 左京進はカカカと快活に笑う。言葉のとおり本当に元気なようだ。



「そうか。ならば左京進に頼むとしよう。壬生には城を明け渡せば城兵の命は助けると伝えよ」


「ははっ」



 俺はその場で書状をしたためるとそれを左京進に託す。左京進は書状を受け取るとそのまま数人の護衛をつけて壬生城へ向かっていった。


 しばらくすると左京進たちが戻ってきた。誰かが欠けている様子もない。



「して、どうだった?」


「けんもほろろでしたな。取り付く島もありませんでした。明け渡すくらいなら城を枕に討ち死にする覚悟だと言われたらどうしようもありませぬ」


「ふむ、そうなったか」


「そういえば、御屋形様は城主が中務少輔の倅だと申しておりましたが、儂が見た限り、そのような若い者の姿はおりませんでしたな」


「いないだと?それは真か」


「歳は御屋形様に近いとは聞いておりましたが、儂が会った者は皆壮年の者ばかりでしたぞ」



 左京進の証言に同行していた者も見ていないと同調する。


 仮に形だけの城主だったとしても敵の使者の前に姿を見せないことは少々不自然だ。可能性として考えられるのは綱雄が負傷しているか、体調が良くなかったか。あるいは先の戦で討ち死にしたことも考えられるが、可能性としては低いだろう。そしてもうひとつ考えられるのは、すでに綱雄が壬生城から脱出しているということ。


 綱雄は綱房の嫡男でまだ元服したばかりと年齢も若い。このまま籠城して命を散らせるよりは生きて再起を図らせるべきだと家臣たちが考えても不思議ではない。



「まあいい。奴の行方は城を落とせば明らかになるだろう。皆の者、これから総攻撃を仕掛ける。すぐに準備を整えろ」



 城攻めは面倒だが綱房らの援軍が到着する前にはなんとかして落としたい。軍を展開させると遠くから矢を放ち、城攻めを開始する。敵も討ち死に覚悟ということもあって士気は高いようであったが、粟志川の敗戦で兵を大幅に減らしていたようで大きな抵抗ができないまま城内への侵入を許すことになる。粟志川の戦いの疲れもあって一日で落城させることはできなかったが、翌日の昼頃には本丸以外の郭を落とすことに成功していた。


 もはやここまでくると城側にできることは何もなく、本丸の城門はあっけなく落とされて最期まで抵抗した者たちは自刃して果てた。何人か投降した者もいたが、その中には壬生綱雄らしき人物は見つけられなかった。


 戦を終えて首実験もおこなったが自刃した者の中にも綱雄の姿は認められなかった。生き残った者たちに綱雄の行方について問い詰めたが誰もその行方について口を開こうとしなかった。


 しかしある者の証言によってようやく綱雄の行方について新たな情報を得ることができた。それは投降した壬生家の家臣ではなく、早々と逃げ出した雑兵らたちからもたらされた。曰く、攻められる前に搦手から外に出ていく集団を見たとのこと。またその集団の中に豪華な甲冑を纏った少年が混じっていたとも。



「確定したわけではないが、十中八九その者が壬生綱雄で違いないだろうな」


「どういたします?追っ手を差し向けましょうか」


「いや、捨て置け。逃げたのが攻める前なら今頃壬生の地から離れているはずだ。今は壬生城の防衛を優先すべきだろう」



 城を落としたまではいいが、綱房の援軍が到着しないとも限らない。今のうちにできる限り城の修繕と兵の疲れを癒させる必要がある。皆川勢は帰らせるが、とりあえずひと月は壬生城に在城しておくべきだろう。その後はある程度兵を残しつつ祇園城へ帰還する予定だ。



「壬生城は政景叔父上に任せようと思っています。子供が生まれたばかりの叔父上には悪いが、ここは皆川城以上に小山にとって重要な拠点となるでしょう。だからこそ叔父上にここを頼みたい」


「儂か。まあ、妥当なところか。壬生城がどれだけ重要なのかは儂も重々承知している。壬生城は西方以上に壬生や宇都宮に狙われるかもしれんな」


「間違いなく綱房は奪回に動いてくるでしょう。宇都宮の動向は右兵衛尉殿がどこまで宇都宮の動きを卸せるかにかかってきますね。壬生城が小山のものとなって警戒が強まれば攻めてくる可能性はあります」


「今の宇都宮の当主の人となりは知らないが、油断はできそうにないな。これは重大だな」



 叔父上が不敵に笑う。叔父上はさほど目立たないが政務も軍の指揮もそつなくこなす実務家で小山家でも重要な役割をこなしてきた。また人望もあるため壬生城を任せるのに問題はない。与力として何人か実力者を送るつもりで中には俺が目をかけた側近も含まれている。それだけ壬生城は小山家にとって重要な拠点なのだ。


 そして壬生城の奪取は長年綱房の脅威に晒されてきた小山家にとって反撃の狼煙となる大きな出来事だった。それまで綱房らによって下野南部に塞がれていた小山家は壬生城を得たことにより下野中央部や東部に目を向けることができた。これがどんな意味をなすかは歴史のみぞ知る。

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