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高経の策謀

 下野国 宇都宮城 芳賀高経


 居城の飛山城を経由して小山からの返答が届いた。中身を確認すると和平は小山の益がないため拒絶すると書かれていた。



「やはり無条件での和平は無理筋だったか」



 もしかしたら和平を呑んでくれるのではないかと淡い希望を抱いたりしたが、現実はそう甘くはなかった。昔の小山なら可能性があったかもしれなかったが、今の勢いがある小山にとって和平は魅力的ではなかったようだ。残念と思うと同時に仕方ないという気持ちもあった。


 しかし読み進めていくと、小山がただ和平を拒絶したのではないことがわかってきた。返答の書状には宇都宮ではなく芳賀となら親善を図ると記されていた。この提示に儂は首をひねる。小山が宇都宮との親善を拒絶するのはまだ理解できる。しかし何故小山はこちらとの親善を図ろうとするのだろうか。その答えはすぐわかった。書状には綱房について軽く触れられており、綱房に対する警戒について儂に同意を求めてきた。たしかに綱房と隣接する小山にとって綱房は非常に厄介な存在である。しかし儂にも同意を求めてきたということは儂が綱房に敵意を抱いていることを小山は知っているということだ。小山は綱房という共通の敵を打倒するために芳賀に親善を図ろうとしてきたのだ。


 さてどうするかと考えを巡らせる。今回の返答で小山が和平の意思はなく、一方で綱房の存在に手を焼いているということがわかった。小山と和平できなかったのは残念だったが、小山がこちらに接近してきたということは収穫といえるかもしれない。敵の敵は味方という理論になるが、綱房と敵対している小山と交流を結べれば儂らにとっても都合がよかった。綱房の力を弱められるのなら敵に通じるのもひとつの手だ。


 事実芳賀は宇都宮と敵対している那須とも裏でつながっている。那須と裏で協力関係を結べているおかげで那須は宇都宮領への侵攻があっても芳賀領への侵攻はない。小山に関しては互いが綱房排除のために動けば那須以上の関係を結べるだろう。儂としても自ら綱房を追い落とすより小山が綱房を攻め落とした方が儂に降りかかる火の粉は少なくて済むので小山を利用しない手はない。儂は信頼できる家臣を小山へ使者として送り、正式に親善を深めることにした。


 小山は敵に回せば厄介だが、手の内に入れれば綱房を追い落とす都合のよい存在となる。最近綱房が俊綱様に接近しているらしく、小山を使えば綱房を俊綱様から遠ざけることができるかもしれなかった。



「御屋形様、お耳に入れたいことがございます」


「なんだ、儂は忙しいのだが」



 この日の俊綱様は弟を隠居に追い込んだ儂を快く思っていないのか明らかに不機嫌そうに返事をする。たとえ憎くてもそれを表に出すのはまだまだ若い証拠だ。露骨な態度は相手の気分を害するということを理解できていない。儂は舌打ちしたくなる気持ちを抑えて言葉を続ける。



「綱房殿のことでございます。御屋形様は最近綱房殿に気を許している節がございますが、努々御油断なきよう。奴は宇都宮家から日光御神領惣政所の座を奪おうとしておりますゆえ」


「ふん、そんなこと。儂が中務少輔に近いことを恐れているのか?要件がそれだけならさっさと下がれ」


「……忠告はいたしましたぞ」



 やれやれ、いい感情は抱かれていないとはわかっていたが、あまりにも露骨すぎる。このあたりは弟の興綱様とそう変わらないな。俊綱様はああ言っていたが奴の黒い噂については耳にしているはず。儂相手に強がってはいたが、顔が多少こわばっていたのは見逃さなかった。


 実際儂が告げたことは事実ではあるのだ。尤も今の奴は日光との関係が悪化しているからそれどころではないが。だがこれで俊綱様に綱房への不信を植えつけることはできた。気にしていないそぶりをする俊綱様だがああ見えて警戒心が強いお方だ。一度疑念が生じれば今までのように綱房のことを信用することはなくなるだろう。


 そこからは儂の思ったとおりに物事が進んだ。綱房が関係改善のためにより日光に接近するようになったことで、それが俊綱様の不信を買ったのだ。関係を改善するための動きが俊綱様には儂が伝えた日光御神領惣政所の座を奪う動きに見えたのかもしれん。明らかに俊綱様は綱房のことを少しずつ遠ざけはじめた。これに焦ったのは当の綱房だ。日光に手をとられている間にいつのまにかに俊綱様からの信頼を失いつつあったのだから。


 手応えを感じた儂は小山に綱房の動向を流すように動きはじめる。今の綱房は日光との関係改善に注力しており、俊綱様とその側近からは不信を買っている。俊綱様に忠実な多功あたりもそれに追随してくるだろう。情報を流すにしてもやりすぎてはどこかしらでばれてしまうのでしばらくは大人しくしておくべきか。


 このまま綱房が俊綱様の信任を失うようになれば奴の宇都宮内での立ち位置も変わってくる。儂も俊綱様に信用されていない方だが綱房も信用ならないとなると俊綱様も身動きが取りにくくなるだろう。当初は綱房を後ろ盾にして儂の力を削ごうと企んでいたらしいが、綱房に利用されるのではないかという不安を植えつけただけでここまで動きを止めるとは逆に読みやすいわ。


 小山に壬生を渡すのはあれだが、綱房を中枢から追い出すためなら仕方あるまい。どうせ小山の若造も儂を利用するつもりなのだから、小山も儂のために動いてもらおうか。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 狸と狐の化かし合い、まさに乱世 主家の敵と内通してまで自分の家の繁栄を優先するのは国人衆の鑑ですね 小山家はまだ纏まってるけど、今後勢力広がるとここらへんも気を付けないといけないんだろうや…
2022/02/05 09:12 オーエイチエム
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