父と妹と
下野国 祇園城 小山晴長
「ほう、今年中に祝言を開くことになったのか。儂もそれまでは生きていたいものよ」
「父上、何を弱気なことをおっしゃるのです」
「すまぬな。しかし病に倒れたときは小四郎の元服姿は見られないものだと思っていたのだ。正直病を得てから数年も生き永らえるとは考えておらんかった。ここまで生きてこれたのも奇跡に近い」
父上に富士姫の輿入れの件を報告したところ、父上は少々元気がない様子だった。
「病は気からとも言います。父上にはまだ見てもらいたい景色があるのです」
「そうだな。祝言もそうだが、孫をこの手で抱いたり娘を嫁に出すまでは死ぬわけにはいかないか」
ようやく前向きになった父上と久々に談笑したが、ふと周辺勢力の話題になると父上は神妙な表情のままぽつりとつぶやいた。
「しかし僅か数年で儂の頃とはずいぶん様変わりしたのだな。宇都宮の当主が飾りになり、結城も内部で対立していると聞く。儂が若い頃は宇都宮と結城の勢いが凄まじかったからな。尤も宇都宮は儂が家督をお前に譲る頃には衰えが見えはじめていたが」
「人の世は諸行無常、盛者必衰と言います。小山も油断していてはいつのまにか時代の波に呑まれることでしょう」
年が明けてから父上の容態は比較的安定はしているが、以前より父上の体力が落ちてきたような気がする。一年前は安静にはしていたが調子が良いときは外に出たりしていた。しかし今はあまり外に出ようとせず、ほとんどを部屋で過ごしており、布団で横になる時間も増えてきた。一応連歌や和歌に精を出しているようだが、去年より身体つきが細くなってきているのは不安だ。
父上が疲れたというので談笑はお開きになったが、父上との会話の中で妹たちについて話題が挙がったのを思い出す。妹たちはまだ幼いが、そろそろ嫁ぎ先について考える年齢になってきたのも事実だ。
現在、小山家は結城との同盟の他に佐野と不可侵の盟約を結んでいる。佐野とは同盟ではないが、互いの利益に沿った結果の不可侵の盟約になっているので今でも盟約自体は守られたままだ。また佐野は古河公方の家臣であるので現状両家で争うことはほとんどなく、同盟の必要性もそこまで高くはない。
そうなると困ったことに妹たちを嫁に出すところがあまりないのだ。仮に佐野と婚姻関係を結ぶにしても佐野には妹と歳が釣り合う者がおらず、一番歳が近い佐野家当主秀綱の嫡孫豊綱はもう二十代半ばと年齢差が大きい。
他に友好的な勢力は結城と古河足利だが、結城は俺が富士姫を迎えるためわざわざ妹を嫁がせる必要はない。結城の傘下だが独立勢力でもある山川や水野谷も主家の結城との婚姻があるため、こちらも嫁がせる必要がない。晴氏に関しては年齢差に加えて最近簗田の娘を正室に迎えたので論外だ。側室なら小山でも嫁がせることはできそうだが、利点も少ないこともあり正直あまり乗り気ではない。
他に考えつくとしたら簗田になるか。簗田とは交易こそしているが、それぞれの土地との距離と幕臣と外様の国人という関係上そこまでつながりがあるわけではなかった。古河公方の筆頭家老という立場と交通の重要拠点である関宿を治めている簗田家は嫁ぎ先として魅力的ではある。しかし距離が離れていることとそこまで友好的な関係でないこと、婚姻による利点が少ないことを考えると現段階では現実的ではなさそうだ。
以上のことから妹の嫁ぎ先についてはしばらく保留にすることにした。もしかしたら家臣の誰かに嫁がせることもあるかもしれないが、それもあまり相手が浮かび上がってこない。妹の花嫁姿を見るのは少し先になりそうだ。
「あ、兄上だ」
妹たちに会いにいくと、長女のさちが外で薙刀を振るっていた。女子としてはやや背が高いさちが薙刀を振る様子はそれなりに様になっていた。
「寒いのにまた外で稽古していたのか。風邪をひいても知らんぞ」
「身体を動かせば寒くないのに、兄上は過保護だなあ」
さちはそう言いながらも薙刀を振ることをやめて、持っていた手ぬぐいで汗をぬぐう。
「そう言って風邪ひいた馬鹿はどこのどいつだか。それより母上といぬはいるか?」
「多分部屋にいるはずだけど。どうしたの?」
「ああ、お前たちに話しておきたいことがあってな」
「……そう、なんだ。あたし、もう部屋に戻るね」
さちと別れて、部屋を訪れるとさちが言っていたとおり母上といぬがいた。
「あら小四郎、さちは見なかった?」
「さちならさっきまで外で薙刀振ってましたよ。もう部屋に戻るとは言ってましたが」
そう告げると母上は大きく溜息をついた。どうやらさちのわんぱくぶりに手を焼いているようだった。さちは昔から活発的だったが成長するにつれて男児的なわんぱくさが出てきた。たまに同世代の子供たちと一緒に戦ごっこしているという報告も聞いている。さちは子供たちの中でも体格ががっちりしているからか、子供たちから大将格として慕われているらしい。母上はおしとやかに育ってほしかったみたいだが、俺は元気があるのはいいことだと思う。なお一度そのことを母上に言ったら小四郎は妹に甘すぎると逆にたしなめられてしまった。まあ、わんぱく過ぎて一部の者からさちが男子なら名を馳せる武将になれたのにと嘆かれているのはどうか思うが。
そんなさちに対していぬの方は非常におっとりしている。さちとは対照的に部屋にいることを好み、あまり外には出たがらない。遊びも父上の影響か連歌や貝合わせといった雅なものを好んでいる。性格はある意味おおらかなのだが、俺からしたらただののんびり屋にしか見えない。それでも芯は通っており、いい意味で武家の娘らしさがある。それぞれ真逆な性格の持ち主だが姉妹仲は非常によく、喧嘩したという話は今まで聞いたことがない。
「それで何か話があるのでしょう、小四郎」
「ええ、ですがそれはさちが戻ってきてから話すつもりです」
するとちょうどそこにさちが部屋に戻ってきた。母上が笑顔のまま凄みを出していることに気づいたさちは冷や汗を流したまま俺に耳打ちをする。
「あ、兄上。もしかしてあたしが外にいたの母上に話した……?」
「ああ、そうだが」
「そうだが、じゃあないって兄上。あーあ、これはまた説教だ……」
「さち、ひそひそ話していないでこちらにきなさい。小四郎から話しがあるそうですよ」
がっくりと肩を落とすさちに向かって母上は静かに、しかし逆らえない雰囲気を醸し出し、さちは大人しく母上のもとに移動するのだった。
俺も母上の声に自然と背筋が伸びる。
「俺が今回話したいことは妹たちの将来についてです」
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