結城の亀裂
下野国 祇園城 小山晴長
「輿入りの時期を早めてほしいとはまた妙な申し出だ。一体どういうことなのか説明していただこう」
「そ、それは我ら結城側の事情としか申せませぬ」
結城の使者である玉岡八郎は頭を低くしたままこう答えたが、それでは答えになっていない。当初輿入れは富士姫が十五を迎えたらおこなう予定だった。富士姫は今はまだ十三で本来の輿入れの時期から二年も早いのだ。
「それだけでは答えになっていないことは玉岡殿もわかっているのだろう。我らも詳しく説明できないが輿入りの時期の早めてほしいと言われて、はいどうぞと言うほど愚かではないのだ。一体結城に何が起きた。もしや富士姫の身に何か起きたのか?」
「富士姫様は何も関係ありませぬ!姫様の身には何も起きておりませぬ、それだけは信じていただきたい」
「なら何が原因なのだ。それが明らかにならない限り、今回の件で諾とは言えないぞ」
玉岡は非常に答えづらそうにしていたが、意を決したのか頭を上げると重苦しそうに口を開いた。
「現在、結城内で富士姫様を小田に嫁がせようとする動きがあるのです……」
玉岡が言うにはこういうことらしい。結城内部では小山との同盟に反発する勢力が小山との同盟を破棄して敵対する小田との同盟を望んでおり、小山との婚姻を解消させようとしているという。この小山との同盟に反発する勢力は小山を格下とみなし、小田と同盟を結ぶことで小山領への進出を企てているらしい。そして本来小山との関係強化のために小山に嫁ぐ予定だった富士姫を小田政治の嫡男に嫁がせようとしているというのだ。
厄介なのはこの小田との同盟を唱えているのが政朝の嫡男である政直と三男の高朝だということだ。政朝はまだ隠居はしていないが政直に政務の多くを任せていたらしく、結城の中での政直の影響力はかなり高いものにあった。また小田に通じた多賀谷の討伐が上手くいっていないことも政直の小田との同盟案に賛同が集まる要因となっていた。現状のままだと多賀谷を取り戻せないと考える政直らは小田と結ぶことで多賀谷の帰参を促そうとしていた。
小田との同盟を目指す政直らは小山との同盟を堅持する政朝・政勝親子と対立することになり、政朝は政勝を後継にして政直の廃嫡も考えているようだ。しかし政直に同調する家臣たちも少なくなく、結城城で富士姫の安全が保障できないので、富士姫の身の安全を確保するために政朝は輿入れの時期を早めることにした。これが今回の件の真相だった。
玉岡も自らが仕える家が内部分裂しかけていると白状するのは大分覚悟がいることだっただろう。しかしこれは真相を明らかにしなければならないことだったのもまた事実だ。控えていた弦九郎や資清らも難しそうな表情を浮かべている。
今回の件は完全に内部の対立を生んだ結城側の責で小山側には一切の責はない。だからといって結城の申し出を無碍にすることはできない。富士姫とは手紙だけだが数年も交流があってそれなりに好意もある。そんな彼女が無理矢理小田に嫁がされそうになる状況を黙って見過ごすわけにはいかなかった。
「結城には恩があるし、今回の輿入れを早めることに賛同するとしよう。富士姫の身の安全を考えれば政朝殿の案は妥当だ。問題は輿入れのための準備の時間がないということだが、半年あればどうにかなるだろう。玉岡殿、そちらの事情も理解できるが輿入れの時期は半年後でよろしいか」
「半年でございますか。厳しいですが準備不足のまま輿入れをおこなうのは富士姫様に申し訳がたちません。なんとしても半年は富士姫様の身をお守りするしかありませぬな」
「俺もできればもっと早く富士姫を迎えたいが、準備の時間があるのは仕方あるまい。安全ばかり優先した結果、富士姫に粗末な輿入れを味わわせるのは本末転倒だろう」
半年の期間があるのは俺も心配ではあるが、ここは政朝と政勝にどうにか解決してもらうしかない。もしも政朝がこちらの期待を裏切るようであれば、そのときは小山家も結城に介入せざるを得ないだろう。個人的にも富士姫を小田に渡されるのは気分が悪い。家臣がどれだけ諫めてもここだけは譲れそうになかった。
「では輿入れは半年後を予定にしよう。玉岡殿、政朝殿と政勝殿に小山はいつでも政朝殿らに味方するとお伝えいただきたい」
そう言うと、玉岡は感極まったように身を震わせると深く平伏して感謝の意を示した。
玉岡が祇園城を去ったあと、俺は段蔵を呼び寄せた。
「段蔵、ただいま参りました」
「忙しいところ悪いな。早速だが加藤の空いている者に結城について探るよう手配してほしい」
「……結城をですか?」
「ああ、どうやらきな臭いようでな。特に政朝の嫡男政直についてよく調べてくれ。これは俺個人の考えだが、おそらく政直は小田に通じているかもしれない。結城と小田は長年敵対していたはずだ。それが急に小田との融和に傾くとは何か入れ知恵があったとしか思えん」
「儂も同感ですな。噂では結城の御嫡男はそこまで頭が回るようなお方ではなかったはず。もしかしたら多賀谷も一枚噛んでいるかもしれませぬな」
「資清もそう思うか。しかし多賀谷か。いや、あり得るかもしれないな。すまない、段蔵。ついでに多賀谷についても調べることはできるか?」
「かしこまりました。お任せください」
今年は壬生攻めに専念したいとは思っていたが、まさか結城が不穏なことになるとはな。山川・水野谷を従えている結城とは同盟関係を継続させたいが、状況によっては結城との同盟が解消されるかもしれん。できればそのような事態は避けたいが、そこは政朝と政勝の頑張り次第か。
小田家の当主政治はあの堀越公方足利政知の遺児で近年では妹を佐竹義篤に嫁がせている。また戦では南常陸の国人江戸氏を破っており、小田家の勢力を広げつつある。小田家と直接やりあう機会はそうないかもしれないが警戒はしておくべきだろう。
次々に現れる脅威に俺は静かに溜息をついた。
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