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元服

総合評価9000pt突破いたしました。これも皆様の応援のおかげです。ありがとうございます。今後とも『下野小山戦国異聞 関東八屋形の復興』をよろしくお願いします。

 下野国 祇園城 小山犬王丸


 ある日、晴氏から書状が届いた。そこには古河公方として地盤を固めていること、北条との連携を強めて里見や小弓公方に対抗していく旨、小山に対し今後とも古河に忠誠を誓うよう記されていた。そして最後に俺宛に元服をする予定があるか尋ねられていた。もし元服するのなら以前約束したように喜んで烏帽子親になってやろうとも。


 たしかに俺は今年で十二になる。少々若いが元服してもおかしくない年齢になっていた。最近は色々なことに忙殺されていたため、すっかり忘れていたが、もう元服する時期が訪れたのだと実感する。当主になってから数年が経ち、今まで元服のことが頭から抜けていたことに気づく。



「そうか、元服か……」



 いざ言われてみると、そろそろ元服した方がいいのではないかと思いはじめてきた。それまでまだ若いということで元服の話が湧いてこなかったが、今年に入って俺が十二歳を迎えるとなると元服してもおかしくないのか。正月から壬生の侵攻があって今まで忙しかったがここ最近になってようやく物事が落ち着きはじめたのでそろそろ元服について考えはじめてもいいかもしれない。


 正直今回の晴氏の提案は渡りに船だと思えた。晴氏のことだから烏帽子親の話も単なる口約束ではないだろう。俺もいざ元服のことを考えてみると今年に元服の儀を迎えるべきなのではないかと思い至る。その理由として俺の年齢が元服してもおかしくない歳に達したからということに加えて父上のこともあった。父上は近年病に侵されており、隠居生活を余儀なくされている。政治のことにも口を出さなくなり今は趣味の世界で生きていた。最近は体調が優れていて外に出る回数も増えていると聞く。しかしいつまた病が悪化するかわからないのが現状だ。だからこそ俺は父上が元気であるうちに元服姿を見せたかった。


 しかし烏帽子親のこともあるし俺個人だけで元服を決めることはできない。俺は久々に父上のもとを訪ねることにした。



「父上、犬王丸でございます」


「おお、きたか。入れ入れ」



 父上の呼びかけに応じて部屋に入ると、父上は自室で連歌を書いていたようで机には墨と紙が置かれていた。



「どうやらお元気そうでなによりです」


「最近は調子が良くてな。ところで話とはなんだ?」



 そこで俺は晴氏から書状が届いたこと、そこに元服するなら烏帽子親になるという話をいただいたということを父上に話した。元服の話だと理解した父上は真剣な表情で話を黙って聞いていた。



「なるほどのう。それで犬王丸は元服についてどう考えている?」


「そうですね。俺は今年中に元服をおこないたいと考えています」



 ただ、と晴氏が烏帽子親になりたがっているという話をおずおずと切り出すと父上は驚きながらも不思議そうにしていた。



「それは光栄なことではないか。しかしどうしてそんなに切り出しにくそうにしていたのだ?」


「それは……たしかに公方様に烏帽子親になっていただけるのは光栄でもあるのですが、同時に父上に烏帽子親になってもらいたかったという気持ちもありまして……」


「……そうか」



 父上は優しそうな表情で俺の頭をなでる。俺は払うことせず大人しく父上に頭をなでてもらうことにした。果たしてこういった機会があと何回残されているのだろうかとふと思う。そしてやはり今年中に元服して元気なうちに父上に一人前になった姿を見せてあげたいという気持ちがより強くなった。


 晴氏には烏帽子親を依頼することにして、家臣たちにも今年に元服をすることを明言した。家臣たちもそろそろいい頃だと感じていたようで皆が元服することに賛成した。烏帽子親を晴氏に依頼することを告げると家臣たちがざわめく。まさか古河公方自ら烏帽子親になるとは思っていなかっただろう。まだ確定ではないがそれだけ烏帽子親が誰になるかは重要なことであった。そして後日、晴氏から烏帽子親の件について快諾したとの返答が届く。この返答を機に小山家では俺の元服にむけて色々な準備が進められた。


 そして迎えた元服の儀の当日。俺は家臣らを率いて元服の儀の会場である古河の雀神社を訪れていた。雀神社は古河足利家初代成氏以来、代々古河足利家の崇敬を受けている神社である。宮司の案内のもと祭場に足を踏み入れる。ここで俺は元服を迎えるのか。厳かな空気に自然と背筋が伸びる。しばらくすると晴氏も家臣を引き連れて祭場に姿を現した。



「久しいな、犬王」


「ははっ、この度は某の烏帽子親を引き受けてくださり、まことにありがとうございます」


「儂がやりたいと言ったのだ。そう畏まるな」



 晴氏は本当に気にしていない様子で終始上機嫌だった。そして宮司によって元服の儀が開始された。


 元服には本人と烏帽子親以外に理髪役、烏帽子役、泔杯(ゆする)役、打乱箱(うちみだればこ)役、鏡台并鏡(きょうだいへいきょう)役の五人が関与する。最初に理髪役が前髪を切り落とし月代をつくる。その髪は紙に包んで打乱箱役が持つ箱に収納される。次に泔杯役が米のとぎ汁で髪をまとめて髷を形成し、そして烏帽子親の晴氏の出番が訪れる。晴氏は烏帽子役から烏帽子を受け取って俺に被せる。最後に鏡台并鏡役が俺に烏帽子を被った姿を見せて元服の儀が終了した。



「どうだ、犬王。元服した感想は?」


「そうですね、これで大人になったのかなと。それと緊張しました」


「ははっ、儂もだ。烏帽子親など犬王が初めてだったからな。手順を間違わないかひやひやしていたわ」



 なんと晴氏が烏帽子親を務めたのは俺が初めてだったらしい。よく考えれば晴氏も数年前に元服を迎えたばかりで、烏帽子親を務める機会はそう簡単にあるわけではなかった。



「だが元服したのだからもう犬王と呼べなくなったな。そうだ、元服の暁に儂の晴の字を授けようぞ。そなたら小山の通字はたしか長だったな。であれば今からそなたは晴長(はるなが)と名乗るがよい」



 晴長。晴氏の晴に父上の長を掛け合わせた名前。これが今から俺の名前となる。



「ははっ、小山犬王丸改め小山小四郎晴長、今後も公方様に忠誠を誓わせていただきまする」

これにて下野編は一旦完結となります。新章開始までしばらく更新が止まるかもしれませんが今後もよろしくお願いします。


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― 新着の感想 ―
[良い点] なんか、晴の字をもらうといよいよこの時代の武将に仲間入りした感があって良いですね 武田晴信や伊達晴宗、細川晴元、南部晴政、などなどビッグネームに負けずに頑張れ〜
[良い点] 小山犬王丸改め小山晴長の元服の話しが読めて嬉しいです。この時代はまだまだ古河公方の権威や勢力は侮れないものがあります。晴長の存在によって古河公方の衰退がなくなれば関東戦国史、ひいては日本戦…
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