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高経と綱房

 下野国 宇都宮城 芳賀高経


「処分は済んだのですかな、右兵衛殿」


「これはこれは中務少輔殿ではございませぬか。よくぞご無事で」



 声をかけてきたのは小山に敗戦した壬生綱房殿だった。綱房殿は薬師寺城に逃れてから薬師寺を経由して自らの領地に帰還していた。手酷くやられたらしいが綱房殿からは目立った外傷は見られなかった。しかしやや疲労しているように感じられた。いい年齢だというのに存外しぶとい男だ。綱房殿とは共同で宇都宮家を統治しているが年々彼の勢力は拡大しており、儂にとって目障りな存在になりつつある。今は利の方が大きいため表向きは友好的に接してはいるがいずれは敵対することになるかもしれん。普段は隠しているがあれはかなりの野心家だ。同じく策謀を巡らせてきた儂だからこそあの野心の大きさに警戒している。下手すれば儂より大きな野望を内に秘めているだろう。



「これはご心配をおかけした。幸いにも家臣たちの頑張りで儂は無事でしたぞ。しかし弟の資長をはじめ多くの者を失ってしまいました」


「それほどまでに小山は厄介だったというのか。これは小山の認識を改めるべきか……」


「ええ、それが賢明かと。今の小山はかつて成綱公が蹂躙した弱兵ではありませぬ。小山の地も以前とは比べものにならないくらいに栄えておりますな」


「当主はまだ子供だと聞いているが?」


「それは事実でしょう。ですがその子供はどうやらかなりの傑物かもしれぬとのこと」



 まさか。いくら優れているといってもたかが子供にできることは限られているはずだ。おそらく先代当主とその腹心が内政を担っているのだろう。もちろん警戒することに越したことはないが綱房殿の評価は少々過大に思える。しかし綱房殿はそんな儂の魂胆を見抜いているというように釘を刺してくる。



「右兵衛殿の考えはなんとなく理解はできますが過小評価は避けた方がよろしい。儂もそれで痛い目に遭いましたからな。うちの殿とは違うということは念頭に置いておくべきでしょう」


「中務少輔殿もなかなか厳しいことを言う」


「ですがだからこそ処分を決めたのでしょう。賛成した儂が言うのもあれですがな」


「ええ、あの方も身の程をわきまえていればあと少しはもったであろうに」


「歳はたしか十八ぐらいだったか。若さが出たのでしょうな」



 興綱様は元服を果たしてから今の体制に不満を抱いていた。当主であるにもかかわらず主導権を握れないことが許せなかったのだろう。あの方は宇都宮家の当主という座にとてもこだわっていた。おそらく宇都宮家の当主は強くあるべきという信念があったのかもしれない。しかし同時に側近と一門衆は無条件で味方なはずだという無自覚な傲慢さも兼ね備えていた。


 たしかに政治の主導権は我々が握ってはいるが、あの方の人望のなさは我々だけが原因ではない。興綱様は自身の権威を強めるために那須への出兵などをおこなっていた。しかしそれは宇都宮の負担になるばかりで戦果は上がらなかった。出兵に賛同した我々にも非はあるが興綱様は宇都宮の内情を知ろうとせず、戦を続けようとしていた。小山攻めもその一環だ。小山攻めは興綱様以外にも賛同者がいたため実行することになったがそれ以外の者は興綱様に辟易していた。これらの行動によって興綱様は次第に人望を失くし、儂や綱房殿に人が集まるようになった。


 そして今回の暗殺計画によって我々の堪忍袋の緒が切れた。計画を密告した孝綱殿すら興綱様の処分に賛成していた。一応主君であるため隠居の形をとらせることにしたが余計なことを考えていたのなら残念ながら自害してもらうしかないだろう。自身の境遇をみじめに感じて切腹するのは誰にも止められないからな。仕方あるまい。


 興綱様の後継には興綱様の異母兄で僧籍に入っている宗俊(そうしゅん)様を選んだ。忠綱様には実子はいたが庶子であり家督は継げない。興綱様には実子がいなかったので残ったのは宗俊様だった。宗俊様は僧でありながら武芸に励むなど強気な性格であるが忠綱様ほど勇猛果敢というわけではない。興綱様よりは頭は切れるかもしれないがそれでも凡庸の域からは出ないだろう。弟の顛末を知っているだろうから大人しくしていれば我々からしたら扱いやすい人間だ。


 宇都宮家の家督は宗俊様に継いでもらうとして問題は小山をどうするべきかだ。実情は別として今の小山は侮れない存在に違いない。綱房殿ですら攻略に失敗しているのだ。並の武将に任せたところで上手くいく保障はない。なにより今回の敗戦で南部の兵力が失われているのは痛かった。特に西方殿が討たれたことで西方城に小山から圧力がかかっていると聞く。もし西方城が小山方になったのなら壬生と鹿沼が分断されることになり、綱房殿が窮地に陥る。綱房殿がどうなろうとも儂の知ったことではないが、南部の影響力を失うのは面倒だ。北部は那須と交戦中のせいで満足に兵を動かすことができない。結城との関係も険悪なままだ。常陸の佐竹も関係が良いとは言えず、宇都宮家は現状周囲の勢力と敵対関係にある。


 せめて小山を落とせたら状況が変わったかもしれないがもはや後の祭り。今後の小山攻めに関しても大きな転換を求められるだろう。今は小山からの侵攻に備えるべきかもしれない。少なくとも綱房殿が立て直してくるまではこちらから小山を攻めるのは止めにした方がいいだろう。


 しかしこういったときに限って物事は悪い方向に進んでいく。宗俊様の還俗を控えたときにその報告が宇都宮城に届いた。




 西方村の西方城、真名子城、二条城の三城が落城、と。

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