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宇都宮興綱の陰謀

 下野国 宇都宮城 宇都宮興綱


 綱房が小山攻めで失敗したらしい。綱房とその弟の周長はなんとか薬師寺城に逃れたらしいが与力として派遣していた西方綱朝は討ち取られた。どうせ失敗するなら綱房も命を落とせばこちらとしても都合がよかったがそう上手くはいかないか。


 九年前に兄上から家督を奪ったはいいものの実権は高経や綱房に握られたままだ。当初は儂が幼いこともあり仕方ない面もあったが元服を終えて歳も重ねた今も奴らは権力を手放そうとしない。奴らは儂を宇都宮家の当主ではなく操り人形にしか思っていないのだ。このままではいつまで経っても儂に実権が戻ってくることはないだろう。


 だが綱房が敗れて力を失っている今こそ実権を取り返す好機かもしれない。奴が立て直している間になんとかして家臣から実権を奪い返さなければならない。そのためには信用できる者を集めて味方を増やしていく必要があるな。芳賀高経と壬生綱房の息がかかる者を除外して奴らに反感を覚えている者を見つけなければならない。


 そして信用できる側近を集めて高経と綱房を排除するための密談を重ねる。



「御屋形様、本当に実行なされるおつもりですか?」


「何を臆しておる。ここで動かなければ儂はずっと奴らの傀儡ぞ。今こそ宇都宮家の威厳を取り戻す時だ」


「左様でございますか。それならこちらから言うことはございません。しかしそれ相応の危険があることはご承知願いたい」


「わかっておる。仮にも重臣を暗殺するのだ。それくらい覚悟している」



 綿密に立てた計画はこうだ。高経と綱房の専横に不満を抱いている一門衆を味方につけてふたりのうちどちらかを城内で暗殺し、残ったもうひとりを総勢で叩くというもの。一門衆は主に北部に勢力を誇っており鹿沼と壬生を治める綱房と芳賀郡の芳賀御前城を治める高経とは距離があったはずだ。それに宇都宮家の当主が蔑ろにされている現状を一族の者が黙ってみているはずがない。川崎城主で塩谷(しおのや)家を継いでいる孝綱叔父上も味方になってくれるはずだ。一門衆筆頭の孝綱叔父上が味方につけば一族の多くはそれに従うだろう。しかしそう表立って叔父上にこの計画を伝えるのも危険であるため側近を通じて少しずつ話を進めていった。


 そして計画を実行する当日、儂は自室で何も知らないという風に素知らぬ顔で高経を部屋に呼び出した。高経には今後の小山について話し合いたいと伝えているが当然そんな話し合いはおこなうはずがない。高経には儂を当主にしてくれた恩はあるが最近の高経は専横が過ぎており、まるで自らが当主のようにふるまっている。これ以上の横暴は宇都宮家当主としてとても許せそうになかった。このままでは宇都宮家は高経に乗っ取られてしまう。そして儂の危惧に同調する者が現れた今こそ宇都宮家の癌を取り除くときなのだ。



「御屋形様、この高経、ただいま参りました」


「お、おう、右兵衛か。よくきてくれた」



 そうとは知らない高経はまさか儂が高経を害そうとしているなど思ってもおるまい。奴からしたら儂は都合のいい言いなりでしかないからな。小さい頃ならまだしもとうに元服した儂を見くびっているからこうして自らの脅威に気づかないのだ。


 しかし今いきなり襲うのはまだ早い。少し話をして奴の注意を引いてから仕留めるつもりだ。



「壬生が敗れたことは知っているか?」


「ええ、どうやら手酷くやられたようで。中務少輔殿は帰還できたそうですが多くの家臣を失ったようですね」


「まさかここまで大敗するとは思わなかったがな。奴が戻ってきたらこの失態の責任をとらせるつもりだ」



 そろそろ頃合いだろう。ここで高経を仕留める。儂は少し手を動かし部屋に控えている側近らに合図を送る。


 だが妙だ。合図を送っても何も反応がない。合図が見えなかったのであろうか。もう一度不自然にならない程度に合図を送る。しかし反応がなかった。これは一体どういうことなのだ。



「おや、顔色がよろしくありませんな。いかがなされましたかな」


「い、いや、何でもない」



 どういうことなのかわけがわからない。どうして誰も高経を討ちにいかないのか。そして混乱する儂は高経の次の言葉で背筋が凍ることになる。



「不思議ですかな、どれだけ合図を送っても誰も儂を討とうとしないことが」


「な、なにを……」


「惚ける必要はありませんぞ。なにせこちらはすべてわかっておりますゆえ」



 そう高経が言うと部屋に隠れていた家臣が姿を現す。そして皆高経に頭を垂らした。儂にではなく高経に。あれほど合図しても動きがなかったのに一体何が起きているというのだ。



「ここまできてまだ状況がおわかりになりませぬか。つまり御屋形様の企みは全部儂に筒抜けだったということですよ」


「ばっ、馬鹿な……」



 信じられなかった。密談は信頼していた側近らだけにしていたはず。叔父上にも秘密裏に接触していたはずだ。何故という疑問が頭の中を渦巻く。



「御屋形様は人を見る目がありませんね。御屋形様が信頼していた者は儂の息がかかっている者ばかりなのですよ。当主としての素質が疑われますな」


「そんなはずがない。儂はそなたらにつながりのない者を選んだはずだ」



 儂の言葉を聞いて高経が大きく溜息をついた。そして告げる。



「御屋形様は儂の力を過小評価されているようだ。宇都宮の中枢を担う儂が興綱様に独自の動きをとらせるようなことをするとお思いで?まさかそんなぬるいことはいたしませんよ。御屋形様は側近と一門衆は味方になるはずだと思っていたそうですが、それは考えが甘いというもの。御屋形様が信頼する側近も塩谷殿もはじめからこちら側だったのですよ」



 力のない当主に忠誠を誓う者など一握りしかいないというのに、という高経の言葉が胸に刺さる。


 心が打ち砕かれるかのようだった。儂は初めから奴の手のひらで踊らされていただけだというのか。側近も叔父上も裏切るどころかそもそも儂の味方ですらなかった。



「すべて興綱様が悪いのですよ。あなたが勝手に皆川に手を出そうとしたときから、ね」


「皆川だと?儂は宇都宮のためを思って皆川の倅に接触しただけだ。あれの何が悪い?」


「なにもかもですよ。我々の意に反して勝手な行動をとる者は当主といえど看過できませんので」


「貴様ら、随分と思いあがっているな。家臣風情が当主より上に立てるとでも思っているのか」



 儂が吠えるのを気にもせず高経は再び溜息をつくと家臣に儂を拘束せよと命令する。儂は抵抗したが複数人に抑え込まれればどうしようもない。



「これ以上は話しても無駄なようですな。さて興綱様は未遂とはいえ儂を暗殺しようとしました。まあ、これを咎めるつもりはありません。主君が家臣を殺すことなどざらにありますからな」


「はっ、ならばお咎めなしで儂を素直に解放するんだな」


「まだそんな強がりを言えるのですか。たしかに儂を襲おうとしたことについては咎めるつもりはありません。ですが興綱様には裁かれる罪がございます」



 罪だと?当主である儂に罪があるわけないだろう。何をと一笑するが高経は哀れそうにこちらを見ている。



「どうやらお忘れのようですな。ならば思い出させてあげましょう。あなたは前当主に反逆してその座を奪った。これは立派な謀反です」


「馬鹿なことを言うな!?今更になって何故そんなことが罪になる。そもそもあれを主導したのは貴様ではないか!」


「はて、なんのことやら」



 こんな馬鹿な話があるものか。大体兄上を追い出したのは高経ら家臣が主導したことではないか。儂は都合のいい神輿として選ばれたに過ぎない。簒奪というのも儂が兄上の跡を継いだだけの話だ。簒奪が罪となるならば兄上を追い出した家臣こそ真に裁かれるべきではないか。


 だが高経らにはこの主張は通用しないだろう。もはやここはいかにして儂を裁くかにしか重きを置いていない。それがどれだけ不合理でも奴らの中で都合がよければそれでいいのだ。奴らはもう儂を当主として見ていない。勝手に動く当主は奴らにとって目障りだったのだ。ここには儂を味方する者はいない。今更ながら儂は自分が嵌められたことに気づく。しかし事態はもう手遅れだった。そして儂は思い出した。この部屋に呼んだときから高経が御屋形様ではなく興綱様と呼んでいたことに。


 気づけば儂は兄上に反逆して当主の座を簒奪した罪で当主の座を追われて強制的に隠居させられた。儂の後継が誰になるかはわからんが、儂が当主を追われることになっても誰も高経らを責める者はいなかった。それどころか隠居先についていく者すらいなかった。


 儂は何を間違えたというのだ。大人しく奴らの傀儡になっていればよかったのか、それとも本当に奴らの息がかかっていない者を見つけるべきだったのか。儂には何もわからなかった。

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