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箕輪城築城計画

 下野国 祇園城 小山犬王丸


 木沢口の戦後処理が済んでしばらくして、ようやく箕輪城築城計画を始動させるときが訪れた。すでに評議で箕輪城の築城を議題にあげており家臣の賛同を得ている。家臣たちも木沢口の件から箕輪の掌握の重要性を理解しており、そのための箕輪城築城に反対する声は出なかった。箕輪城が完成すれば箕輪の掌握のみならず平川城との連動や壬生への牽制など多くの働きが期待できる。


 その箕輪城は祇園城から二里ほど北方に位置する古城で南北朝の時代に築かれたとされている。古城は南北朝の時代に放棄されてから百年以上誰も手をつけていなかったが、姿川に面して南北に伸びた台地の東端に築かれており、土塁といった当時の遺構もよく残されている。姿川に沿った台地上に位置し、壬生にもほど近いこの箕輪の地は立地的にも対壬生の前線拠点として機能すると思われた。またこれまで壬生側に孤立気味だった平川城の負担を減らせるという点においても箕輪は絶好の土地であった。


 箕輪の古城は台地上に築かれているが単郭式の縄張で本丸を土塁と空堀で囲った程度の規模でしかない。本丸の規模はそれなりに大きいが今後の前線拠点としては規模も守りもやや物足りない。新たな箕輪城は古城の縄張を軸にするつもりだが、新たに曲輪を拡張することも念頭に置いている。だがそれより先の具体的な縄張の構成は現地の担当者に委任するつもりだ。


 その担当者については見当がついている。山本勘助だ。彼は各国を放浪していたときに兵法や築城技術を修めており、俺も勘助から兵法のいろはを学んでいた。



「皆川でもやることがあるというのに、わざわざこちらに呼び寄せてすまないな」



 俺は勘助を皆川城から呼ぶと、勘助は特に気にする様子はなかった。



「いえ、岩上殿からも御屋形様の力になるよう言いつけられてきましたのでお気になさらず」


「そうか、伊予守には面倒をかけさせたな。さて本題に移ろう。勘助、お前に箕輪城の築城を頼みたいのだ」



 そう告げると勘助は一瞬驚いた表情を浮かべるが、すぐに表情を改めると俺ににじり寄ってくる。



「真でございますか?儂は新参ですぞ」


「新参だが、それがどうした。俺は勘助の知識と能力なら今回の件が適任だと考えた。新参だろうが古参だろうが能力がある者に任せない道理はなかろう。今回の件に限れば勘助が古参だったとしても俺は勘助に任せただろうよ。なに、安心せよ。すでに評議で他の者たちからも賛同は得ている。新参だからとケチをつける者はいないぞ」



 勘助はしばらく黙りこむ。


 すでに家中で勘助を新参だからと侮る輩はいない。特に木沢口での手柄の影響は大きく、重臣たちも勘助に一目置いている。それとは別に細井伊勢守の件以降、家中では実力主義に移行していることを理解されつつあった。当初は歓迎されなかった加藤一族ももはや小山家にはなくてはならない存在として認知されており、皆が敬意をもって一族に接している。中には古い考えの者もいるが、そういった者はすでに小山家では少数だ。最初は新参ばかり偏重しているのではないかという声もあったが、今ではそんな声は聞かれない。


 しばらく黙っていた勘助はようやく口を開いた。



「そこまで儂のことを買ってくださるとは思いもしませんでしたぞ。この山本勘助治幸、箕輪城築城の件、ありがたく務めさせていただきます」


「そうか、引き受けてくれるか。ところで勘助から見て箕輪城の価値はどうだ?」


「儂も箕輪城は対壬生の拠点として必要不可欠だと思っております。現状壬生に近いのは平川城のみで少々不安でもありました。今回壬生は意表を突くために祇園城に攻めてきましたが、もし壬生が正攻法をとってきたら攻められたのは平川城でした。そして平川城では祇園城のように攻撃に耐えることはできなかったでしょう」



 それは俺も同感だった。平城の平川城は壬生から近いが防御に優れているわけではなく、攻勢にさらされたらすぐに落城しかねなかった。また今の平川城は平川家旧臣に任せているため小山家の人間が支配する城と比べて敵に寝返る可能性もないわけではなかった。もし平川城が落ちれば小山家は壬生近辺から追い出される形となり、皆川城以北の勢力圏を失うことになる。そのため平川城を孤立させないよう、平川城同様壬生を牽制できる地に新たな拠点を築く必要があったのだ。



「そう考えると箕輪の古城跡に城を築くのは合理的だと思います。調べたところ古城跡は堀や土塁といった遺構の残存状況は良好なようで、そのまま築城の際に転用できるかと」


「現地の縄張は勘助に任せる。こちらも要望はあるが、それが実現できるかは勘助が現地で判断してくれ。勘助が無理と判断したなら容赦なくこちらの要望を却下してもかまわんさ」


「それは責任重大ですな。腕が鳴ります」



 勘助は不敵そうに笑う。そんな勘助の様子に俺は頼もしく感じた。



「腕が鳴る、か。頼もしい言葉だ。改めて頼んだぞ、勘助」


「かしこまりました」



 そして勘助が去っていくのを確認すると、今度は段左衛門と段蔵を呼び寄せることにした。段左衛門と段蔵は音もなく部屋の前に姿を現した。これが彼らの現れ方だったので俺も部屋の前で控えている小姓も驚くことはなかった。姿を見せた二人にさらに近づくよう言ったところ、段左衛門と段蔵は困惑して近くの小姓に視線を向けたりしていた。俺は小姓と目線を合わせると彼は俺の意図に気がついて視線で段左衛門と段蔵に俺のもとに向かうよう促した。



「段左衛門、今回来てもらったのには他でもない。お前に渡したいものがあるからだ」


「ははっ」



 低頭したままだった段左衛門が恐る恐る顔を上げると俺の手に一枚の書状があることに気がついた。



「大分遅くなってしまったが加藤一族が俺によく仕えてくれた礼だ。受け取ってくれ」



 段左衛門は震える手で俺から書状を受け取るが、受け取った物が何か理解すると目を見開いたまま固まってしまった。



「父上……?」


「御屋形様、これはもしかして……いや、まさか……」


「驚くのはまだ早いぞ。中身を読んでみよ」



 段左衛門は困惑する段蔵に気づく様子もなく震える手で書状の中身を確認する。ハッと息を呑む音が段左衛門から聞こえてきた。


 段左衛門が手にしている書状は所領の安堵状だ。それも以前のものとは違う。安堵される土地が以前より大幅に増えているのだ。



「土地の調整で遅れてしまったがようやく段左衛門らの奉公に報いることができた。お前たちの働きがあってこそ今の小山家がある。小山家に仕えてくれて本当に感謝している」



 感謝の念をこめて頭を下げると、段左衛門と段蔵は慌てて顔を上げてほしいと懇願する。



「そんな、感謝するのはこちらの方でございます。儂らみたいな日陰者を武士として取り立ててくださるだけでなく、こんな土地までいただいて……」



 そこまで言って段左衛門は声を震わせて嗚咽して声にならない声をあげる。段蔵も父の姿に感化されて静かに涙を流していた。


 この時代の忍は正直言ってあまり待遇はよろしくなかった。小山家でも当初は段左衛門らに複雑な心境を抱いていた者も少なくなく、段左衛門らは肩身が狭かった時期もあっただろう。それでも真摯に仕事をこなしていくと次第に加藤一族のことを受け入れる者が増えていった。今では家中の誰もが加藤一族は小山家に欠かせないものだと認めている。


 今後も加藤一族は小山家にとって欠かせない存在になるのは間違いない。そのためにも加増は絶対しなくてはならないと思っていた。



「段左衛門、今後もお前たちの力が必要だ。これからもその力を小山家のために使ってもらえるか?」


「もちろんでございます。この段左衛門、命尽きるまで御屋形様に従う所存でございます」

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