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木沢口の攻防(四)

ついに100話目に突入することになりました!

 下野国 木沢村 小山犬王丸


「敵が撤退していくだと?」



 鐘の音を合図に兵を引き上げていく壬生の様子に警戒しつつも物見からの報告に本当に撤退を開始していることが明らかになった。純粋にここの攻略が無理だと判断したのか、あるいは後詰を警戒したのか。もしくはその両方なのかもしれない。だが綱房が兵を引かせているのは事実だ。これを見て本陣では追撃するか否かで意見が分かれた。



「御屋形様、今こそ追撃の好機ですぞ。ここで攻めれば敵の総崩れは間違いなしでございます」


「待たれよ、それは早計というものだ。こちらも消耗しているだけでなく別動隊に向かわせた細井刑部の部隊が討たれている。兵力的にも追撃できるほど余裕はない」



 血気盛んに積極論を唱える右馬助に食ってかかったのは妹尾平三郎だ。平三郎の言うとおり、木沢口の東側を突破しようとする別動隊に向かわせた細井刑部が敵を深追いし過ぎて返り討ちに遭い、増援に送った少なくない兵を失ってしまった。細井刑部は細井伊勢守亡き後の細井家を任せていたのだが、功を焦ったのか結果として状況判断を誤った。最初に別動隊に対応した部隊は細井刑部に深追いを諫めたらしいが細井家の汚名を雪ごうとした彼の耳には届かなかったらしい。細井刑部は逃げる敵を深追いしたが敵将には細井刑部の首を奪われたまま逃げられてしまった。


 また兵全体も長時間の防衛によって物資、人員ともに消耗しており、残念ながら兵数で勝る敵を追撃できるほどの余裕は残されていなかった。敵に打撃を与えられないことに悔しさを覚えながらも追撃をしないことを口にしようとしたそのときだった。


 物見からひとりの伝令が本陣に駆け込んでくる。



「申し上げます!敵の背後にて小山の援軍を確認。援軍はそのまま敵に接近していきます!」


「なんだと!?」


「皆川からの援軍か!率いているのは誰だ?」


「しかし何故背後から現れたのだ?まさかこの状況を予期して迂回していたのか」



 途端に陣内が騒がしくなってくる。時間を考えれば援軍が到着するには少し早い。仮に到着したとしてもてっきり祇園城の方に到着するものだと思っていた。だが実際には援軍は壬生の退路を断つかのように木沢口を経由するような進路をとって現れた。このままでは援軍は撤退する壬生の軍勢とぶつかり合うだろう。こちらが動かなければ援軍を見捨てることになる。それに上手くいけば壬生を挟撃できるかもしれない。


 もはや本陣に最初の追撃を諦める空気はもうなくなっていた。俺は勢いよく立ち上がり大声を張り上げる。



「皆の者、状況は変わった。これより木沢口から討って出るぞ!援軍がきた今こそ最大の好機だ、死力を尽くせ!」


「「「「「応!!!」」」」」



 完全に士気が高まった小山の兵を率いて自らも木沢口の外へ討って出る。背後に現れた敵への対応を迫られていた壬生は追撃がなかったこともあり、すでに木沢口を意識の外に置いていた。無傷の敵から急襲を受けた壬生の軍勢は意識をそちらに奪われており、木沢口のことに全く気づいていなかった。


 最初に気づいたのは最後方、木沢口に最も近くにいた兵だろう。しかし気づいたのは少々遅かった。敵がこちらが討って出ていたことに気づいた頃にはこちらの弓矢の射程圏だ。号令のもと矢を放てばまともに盾の準備をしていなかった壬生の兵が餌食となる。ここで挟まれたことを理解した壬生の兵は恐慌状態だ。前からは無傷の敵に背後からは木沢口から討ってでてきた約六〇〇。消耗具合からしたら木沢口の兵の方があるが、壬生からしたら無傷の敵に背を向けるのは厳しく両者を相手しながらどうにか打開を図るしかなかった。


 戦意を喪失した雑兵らは次々と逃げようと試みようとしており、敵の武将らはそれを咎めているが戦線が混乱している状態ではどうしようもない。援軍も敵と激突しており、戦場は混戦模様となる。俺のいる本隊の後方には敵兵は届いていないが時折矢が飛んできており安全地帯とはいえず、緊迫した空気が場を支配していた。


 そして前後から攻撃を受けていた敵はついに総崩れとなり、敵兵たちはバラバラになって戦場から次々と逃げ出すが、少しでも逃げ遅れた者たちは小山の兵の矢や槍の餌食となる。



「敵は総崩れぞ。今こそ敵将を討ち取れええ!」



 壬生への通路を増援にふさがれた敵は強行突破を諦めて東の低湿地帯へ逃れていく。綱房がいるであろう本隊らしき集団もその中にいた。だがその集団に迫ろうとしたところで殿の兵たちが近づかせんとばかりに目の前に立ちふさがり必死に進軍を食い止める。殿は一〇〇ほどだったが本隊と援軍を含めた一〇〇〇近くの兵を相手によく持ちこたえていた。しかし壊滅は避けられず敵の指揮官らしき武将が討たれるとついに殿は崩壊し我が軍勢に吞まれていった。


 だが殿を壊滅させたのはよかったが、殿の決死の時間稼ぎによって東に逃れる本隊を取り逃がしてしまった。何度か矢を放つことはできたが決定打とはなり得ない。おそらく綱房は宇都宮方である薬師寺城主薬師寺氏の領土に逃れた。これ以上の追撃は木沢口の兵の疲労や敵の新手への対処が難しい点から断念せざるを得なかった。綱房本人には逃げられたが今回の戦で壬生や宇都宮の家臣を多く討ち取ることができたのは収穫といえるだろう。詳しくは首実験をやってから明らかになるだろうが、それなりに高名な武将もいるかもしれない。



「ここで中務を討ち取りたかったが逃げられたか。悪運が強い男め」


「申し訳ございません。殿をすぐに倒せればよかったのですが」



 綱房を討ち洩らしたことで前線の指揮を執っていた右馬助が頭を下げる。



「あれは敵を称賛するしかあるまい。彼らは一兵たりとも逃げずに己の役目を全うしたのだ。だがここまで攻めて中務を討てなかったのは痛いな」



 こちらも手傷を負っていてこれ以上の追撃は難しいと判断し攻撃を停止させて駆けつけてきた増援と合流を果たす。増援を率いていたのは意外な人物だった。てっきり岩上伊予守が指揮をとっていたと思っていたのだが、現れたのは皆川旧臣の風間平八と遠藤与十郎、そして山本勘助だった。

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[一言] 100話お疲れ様です。 これからも楽しみにしています。
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