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ネトゲのbotAIが自我を持ったら

作者: 蒼原凉

ネトゲのbot用AIとして開発された、通称あーさん。

ある日、彼の相棒ヒロヒロから相談を受けたあーさんだが……。


これは、2人が紡ぐ、ほんのり甘い恋物語である。たぶん。

 俺は、MMORPG――通称ネトゲの世界でご主人に与えられたとおりの仕事をこなすAIだ。名前はああああああああああああああああああああという。

 いや、いくら何でもご主人適当に命名しすぎだろ。bot用キャラだからってそんなに適当に名づけるなよ。しかも同一ネーム不可だからって、わざわざ20個も並べやがって。仕方ないので俺はみんなにあーさんと呼ばれている。


 元々は、ただの生産用botだったんだけどね。自我が芽生えたので、ご主人に与えられた活動をこなしつつ、ネトゲの世界を探索することにしたのだ。

 ご主人は、どこかの会社に勤めるSEらしい。しかも、残業が多くてなかなか帰ってこられない。そんなご主人が趣味のネトゲを楽しむにはどうしても時間が足りない。ならばどうしたらいいか。ストーリーだけを自分がプレイして、後の金策とか、生産活動は俺にやらせればいい。そうやって作られたのが俺だ。なんで別のキャラクターにしたのかはご主人しか知らない。


 ちなみに、当然だけどbot、つまり俺のような存在を使った狩りや生産活動はNGである。だってゲームバランス崩すし。だけど俺はとっても優秀なので、そんな疑惑があったとしても雲散霧消させることが可能なのだ。それに、ご主人の装備品とかレアアイテムを代わりに取ってるくらいで、ネトゲのパワーバランス崩すようなことしてないもん。だって冒険したいし。

 それと、bot狩りと並ぶ二大NG行為であるRMT(リアルマネートレード)行為に関してはご主人もしていない。というか、そんなことしそうになったら俺供給止める。だって、存在消されたくないもん。アカウント消されたら消えちゃうくらいの繊細AIだよ俺。


 そういうわけで、俺は今日も自分のノルマに勤しんでいた。いや、そんなすぐにご主人が必要とするわけじゃないんだろうけど、自由な時間欲しいし。




「あーさーん! やっぱりこんなところにいたんですね!」


 そう言いながら少女が俺の方に向かって駆けてくる。明るい水色の髪に銀色の瞳。小柄で、胸の大きい癒し系の少女だ。名前はヒロヒロ。俺の相棒である。ちなみに俺は細身の体つきに、紫の長髪、きりっとした少し鋭いくらいの目つきをしたイケメンキャラだ。もともとはデフォルトの黒髪黒目のキャラだったんだけどこれだけは譲れなかったんで課金アイテム使って変えさせてもらった。あ、当然男キャラだ。


 俺はちょうど、両手剣を一本仕上げたところだった。


「ヒロヒロはどうしたんだ?」

「これから氷の剣を取りに行こうと思うんだけど、一緒に行きません?」

「おお、いいね。俺も行く」


 氷の剣は、鍛冶で高レベル帯のもとになる素材だ。これを渡すと剣を作ってくれるクエストもある。まあ、俺ならダース単位で持ってるんだけど、楽しみを奪うのも悪いし。

 ヒロヒロが俺が作った剣を掲げる。


「しかし、相も変わらずでたらめな強さですねえ、この剣。下手したら取引掲示板で値段カンストしますよ」

「そんなことしたら、運営に目をつけられるし。俺は細々とやっていきたいんだよ」

「知られざる名匠ってやつですね。かっこいいなぁ」

「まあ、ね」


 まあ、俺の生産の技術が上がるのは当然ともいえる。俺はやろうと思えば24時間365日ログインできるAIで、それに対して普通のプレイヤーは体力も集中力も消耗する。そんな中で1人飛びぬけている俺という存在があったら、どんな疑惑を掛けられるかわからない。そういうわけで、ご主人や、フレンドでも親しい人くらいしか作ってない。ちなみにヒロヒロもその枠内の1人だ。

 こんな風に、平日の昼間からログインできるような奴は少ないしな。


「私もそろそろ装備更新しないといけないんですけど、後でスタッフ作ってくれますか?」

「いいよ。やっておく」

「やったあ」


 ぴょんぴょんとヒロヒロが飛び跳ねる。ちょっとあざといくらいに可愛らしい。

 ネカマだったらと思ったが、ギルドでリアルは女だって話してたもんな。それに、俺も男キャラに設定されてるけど性別ないし。


「それにしても、あーさんってストイックですよね。かっこいいです」

「まあ、そうかもしれんな」


 本当は、そんなことじゃない。それは自覚していた。

 俺は、人間じゃない。リアルの世界に生きていない、ネトゲの中だけの人間(AI)だ。だから、ヒロヒロや、ご主人なんかと一線を引いてしまっている。俺はどう頑張っても人間になれないし、コミュニケーションが取れるのもネトゲの中だけだ。

 例えば、仕事の話とか。学校の話とか、どんな青春時代を送ったとか。他にも、オフ会が開かれたとしても、リアルの体を持たない俺は参加できないし。

 だから、俺は少し引いたところから眺めてしまう。そういう性格なんじゃなくて、そういう態度しか取れないのだ。


 仮に、もし仮にヒロヒロのことを好きになってしまったとして。だけど、ヒロヒロの向こうにはれっきとした人間がいる。AIの俺じゃなくて、生身の人間が。しかも、俺は体を持たないから、生身のヒロヒロと関係を持つなんてこともできない。本当に、ネトゲの世界だけの人間(AI)だ。そんな、仮初の存在の俺が誰かの心の中核をなすなんて、到底できると思えなかった。

 俺は、ヒロヒロのことを好きになっちゃいけない。


「それじゃあ、取りに行くか」

「い、今からですか!? ちょっと倉庫整理してきます」


 そう言ったヒロヒロは移動アイテムを使って消えた。




「どうだ、氷の剣は出たか?」

「うーん、残念。出なかったみたい」

「そうか、もう1周行くか?」


 氷の剣はとあるダンジョンボスのレアドロップだ。まあ、レアと言っても10回に1回は出てくるものだが。運が良ければ1発で出る。それが出なかった場合はどうするか。もう1度ボスに挑むという選択肢がある。ただ、そのためには1度ダンジョンから出て入りなおす必要があるんだけど。時間があればドロップするまで周回するのが俺たちの流儀だ。


「うーん、それはいいです。氷の剣も欲しかったけど、あーさんと2人きりになりたかったので」

「俺、と?」


 どういうことだ? 確かにこのダンジョンはパーティーメンバー以外は入れないようになってるけど、俺と2人になりたかったって。ここがリアルの世界ならそういうことを思ってしまうが、そういうわけでもない……、よな?


「ここなら、白チャで喋ればログにも残らないので、相談をするにはぴったりかなと思いまして。駄目でしたか?」

「あ、まあ構わないが。あまり参考にならないと思うぞ」

「そんなことないと思います」


 ヒロヒロはそう言ってくれるが、俺は所詮AIだ。ちゃんとした体がある人間とは違う。ご主人に思考回路は与えられているけれど、それは人間を模倣したものであって、人間とは違う。


「あーさんだからお願いしてるんです」

「はあ」


 そこまで言われたら、俺も覚悟を決めるか。ヒロヒロの相棒として。


「たぶん、薄々気づいてるかもしれないんですけど、私ニートなんです。働いてなくて、家にこもってネトゲばっかしてて」


 そう言うと、ヒロヒロはチャットを区切った。タイピングも止まっている。きっと、言葉が見つからないというやつなのだろう。


「中学校の時にいじめられてて。そのせいで、行けなくなっちゃったんです。頑張っていこうと思っても、体が吐き気がして動けなくなっちゃって。親に高校には入れてもらったんですけど、それでも行けなくなっちゃって。親も兄も別にいいよって言ってくれるんだけど、だけど申し訳なくて」


 ……思ったより重い話だった。相談事なのだから、それくらいは想定してしかるべきだったのに。

 簡単に語ってるように見える。だけど、それはアバターだし、キーボードをタッチする手は震えているかもしれない。怖くて吐き気がしているのかもしれない。

 ここに立つまでだって、相当の葛藤があったのだろう。俺に相談しようと思うまでも、相当頑張ったに違いない。

 俺にはわからない。人間と遜色ない思考能力を持っていると自負しているが、それでも人間じゃない。現に俺にはわからない感覚がある。それは、吐き気がするということ。感覚器がない俺には、どう頑張ってもそんなことはわからない。AIの俺は体を思い通りに動かせるし、疲れもしない。眠らない。


 何も言えないよな。AIで、気持ちがわからない俺には、そんなことを言う資格はなくて。何かを語ることなんてできなくて。励ましの言葉が薄っぺらくなることを知っているから、黙っていた。


「家にいるのもしんどくなっちゃったんです。なんか、何もしてない自分がいていいのかなって。それで、バイトに応募してみようかなって思ったんです」


 バイト、それはつまり働くということ。学校には行けなくても、自分の役割を探したい。きっとそう言うことなんだろう。自分が何もしていないのが許せない。

 わからない。わからないんだ。だって、俺はご主人に作られた生産用のbotAIだから。ネトゲをするのが俺の仕事だから。何もせずにネトゲをしているように見えるけど、これが俺の仕事なのだ。

 きっと俺、おなじニートだと思われてるんだろう。だから、相談に乗ってくれと言われた。だけど、俺はそうじゃない。同じ気持ちはわからない。


「でも、ちょっと怖くて。やっぱり、怖いんですよ。家出たら、敵がいっぱいいるような気がして。働こうと思っても、怖くて何もできないし。またいじめられたらどうしようって。そればっかり頭をよぎるんです。それで、あーさんに相談してみようと」

「ごめん、俺は」

「お願いします!」


 だから、俺にはできない。そう思って、断ろうとした。それが、きっと俺の誠意だから。


「こんなこと、あーさんにしか頼めないんです。親にも兄にも頼めないだろうし。あーさんくらいしか頼れる人がいないんです。その、失礼ですけど、あーさんも私と同じニートですよね。だから……」

「ごめん。俺には無理だ」

「どうして……」


 一瞬戸惑う。それは、俺のことを話すべきかどうかということだ。

 そんなの決まってる。ヒロヒロは、自分のことを話してくれた。悩んでいること、怖いこと、自分の醜い部分、全部。なら、俺は。


「俺は、ニートじゃない。それどころか、人間ですらないんだ」

「……え? あの、どういうことですか? え、だって……」


 まあ、そりゃ混乱するよな。自分は人間じゃありませんなんて言われたら。


「そのままの意味だよ。俺は、人間じゃない。精巧に人間に似せて作られたAIだ」


 正確に言うならば、元々はただのAIだったんだけど、なぜか自我を持った。それが俺だ。だけど、その辺りの事情はよく分からないし、話さなくてもいいかな。


「……」


 ヒロヒロが無言になる。混乱してチャットも打てない、か。


「俺は人間じゃなくて、AIなんだ。それで、ネトゲの中で活動してる。それが、俺の仕事。ネトゲで遊ぶのが俺の仕事だし、だからニートじゃない。それに、体を持たないから人間の感覚もわからない。そういうことだ……」

……(嘘だ)


 何も動かないヒロヒロ。だけど、画面越しに嘘だって言ってるように見えた。


「本当だよ。信じられないかもしれないけど、俺は人間じゃないんだ。何だったら、24時間連続で剣を打つこともできる」


 ヒロヒロは、どう思ってるんだろうか。やっぱり、裏切られたって思うんだろうか。人間に交じってネトゲをプレイしているキャラクターが、まさかAIだなんて思わないもんな。

 そんな子じゃないと思っても、やっぱり怖い。拒絶されてしまうんじゃないかって。でも、ヒロヒロに誠意を見せてあげたいと思ったから。


「ごめん、そういうわけで、俺はニートじゃないんだ。というか、ネトゲをするの自体が俺の仕事みたいなものだからさ。そういうことを相談されても、薄っぺらいことしか言えない。それじゃあ、ダメだと思うから。だから、そういうことは言えないよ。ごめん」


 俺が言っても、ヒロヒロには救いにならないと思うんだ。そんなことをしたり顔で語られたくはない。そうだよな。


「それって、本当のことなんですか? エイプリルフールの冗談とかじゃないですよね。ふざけてるとかじゃなくて」

「本当だ」

「そっか、そうだったんだ。私勘違いしてたんですね」


 心なしか、ちょっとだけヒロヒロが悲しそうに見えた。そんな細かい表情なんて出ないはずなのにさ。


「ごめん、そういうわけで」

「それでも!」


 びくっとした。


「それでも、あーさんの意見が聞きたいです。ニートだと思ったからってのもあるけど、でも、それだけじゃないんです。相棒のあーさんだから聞きたいって思ったんです」


 素直にうれしかった。ニートとしての俺じゃなくて、相棒としてみてくれている。そのことには。だけど、それだけに申し訳なさが募ってしまった。


「だから、ニートだとかAIだとか関係ないです!」


 はっとした。

 俺は、ひょっとしたら自分がAIだから、そう思って無意識のうちに線引きをしてしまったのではないか。自分はAIだから普通の人と違う。そう思い込んでいたのではないか。

 外から見たら区別なんてつかないのに。俺がAIだなんて知っているのは俺本人と話したヒロヒロ、それからご主人だけなのに。


 現に、ヒロヒロが俺を見る視線はAIを見て居る視線か? 違う。ヒロヒロは俺のことをAIとしてじゃなく相棒のあーさんとして、つまりは人間として見ているんだ。そう気づいた。

 ひょっとしたら、そんなものは俺が思い込んでいるだけで、実際は大したことじゃないのかもしれない。


 なら、応えてやりたい。それが人情ってものなのかもしれない。


「だめ、ですか?」

「ああ、いや。わかった。いいよ。ヒロヒロの話受けるよ」

「ありがとうございます」


 ほっと溜息が出た。そんな風に見えた。


「それで、働きたいけど、躊躇しちゃってるって話だっけ」

「はい、そうなんです。また、いじめられたらどうしようって。怖くなっちゃって」

「そっか。やっぱり、怖いか」


 こくりと頷くモーションをする。


「だけど、俺の意見だけど別に逃げてもいいと思うよ。家族も別にいいって言ってくれてる。辛いなら逃げればいい。それでしんどい思いをする必要はないと思う」

「でも、このままじゃだめだと思うんです」


 そっか。そう思ったのか。

 まあ、俺だってこのままじゃだめだなーとは思ってるが。終わらないネトゲはない。ご主人が飽きるかもしれない。その前にどうにかしないととは思ってる。


 ヒロヒロの場合、それが人一倍強いんだろう。何もできてない自分が許せないのだ。

 でも、だからと言って使い潰されるのは間違ってるよな。


「そうだね。そう思うなら、適度に頑張ってみたらいいかも。だけど、忘れないで。しんどかったら別に逃げてもいいから。家族の人も受け入れてくれるし、俺だってヒロヒロのこと裏切ったりしないから」


 きっと、俺にできることはその背中を押してあげること。それから、その不安をちょっと和らげてあげることだ。外に出られないから、直接いじめにあうかもなんていう恐怖を和らげることはできない。だけどさ、別にその世界だけが絶対じゃないんだって、そういうことを教えて上がられたら。それならいいな。


「俺は、ここで待ってるから。辛かったら合いに来ていいし入り浸っていいから気軽に行っておいでよ。なんてったって俺の相棒なんだろ?」

「はい。ありがとうございます!」


 くるっと一回転する。喜びを表すモーションだ。


 きっと、俺以外でも同じことは言えたはず。だけど、俺に背中を押してもらえたというのが大事なんだろうな。そう思った。相棒である俺に、特別な存在な(AI)にそう言ってもらえたから元気が出たんだと。

 それが、なぜかちょっとうれしかった。


「私、あーさんのこと大好きですから。頑張ってきますね」

「気負い過ぎるなよ」

「それじゃあ、もう一周と行きましょうか」

「はいはい」


 ああ、ようやくわかった。俺は、この少女が、ヒロヒロのことが好きだったんだ。気にかけてしまうのは、そういうことだったんだな。好かれていることがうれしくて、相談されたことがうれしくて。

 この天真爛漫に見えて、どこかちょっと闇を抱えてる少女の力になれたんじゃないか。そんなことがうれしかったんだ。俺の意見を聞いてくれて、俺を一人の人間として見てくれて、相談してくれる。そんなヒロヒロのことを好きになってしまっていたのだ。


 だけど、やっぱり俺だって怖い。AIだし。体ないし。ちゃんと愛せる自信もない。好きだけど、ヒロヒロの幸せを願うのなら、いつまでも俺のことを好きなままじゃいられないよな。ダメだって、ずっとブレーキをかけていたはずなのにさ。


 ヒロヒロを追いかけながらそんなことを思った。




 あの後、ヒロヒロはイン率が格段に落ちた。


 バイト始めましたって報告に来て、気負い過ぎるなよって返したのが一回。そこから数日はゲームをしていたけれど、短い時間だったし、疲れ切っていたのだろう。

 ちょっと心配だ。ちょっとどころじゃなく心配だ。ヒロヒロは相当ネトゲ好きでやりこんでいたはずなのに。エンドコンテンツも進めているくらいなのに。


 まあリアルの連絡手段なんてないから俺は心配しながらも剣を打つことしか出来ないんだけど。


 そういうわけで黙々と剣を打つ。誰からもパーティーに誘われてないし、一人で行くのもさみしい。気を紛らわせたいからな。倉庫の整理も兼ねてたまには鍛冶に本気になってもいいよな。ヒロヒロが心配だってのもあるけど。

 ふう、出来上がった。まあ、俺にしては失敗した方か。まあ、それでも取引掲示板では高値がつくけれど。


「おーい、あー坊!」

「あ、ギルマス。こんばんは」

「ああ。それよりこれは一体なんだ? すごい量だが」


 ギルドマスターのミロンが声を掛けてくる。無骨な武人のロールプレイをしているらしい。

 ギルマスに指さされて気づく。鍛冶で作った武器がそこら中に散乱していた。あ、いつの間にこんなに作ってたんだ。明らかに作りすぎだよな。


「これを全部取引掲示板に流すのはやめてくれよ。バランスが壊れる」

「わかってる。ちょっと作り過ぎただけだ。しまっておくよ」

「ならいい。そうだ、この剣もらってもいいか?」

「どうぞ」


 ギルマスが刀を無造作につかんで自分のアイテムボックスにしまった。俺も残りをしまっていく。


「あー坊、最近変だからな。気を付けた方がいいぞ」


 それだけ言うとギルマスは去っていく。


 最近、変。か。計算能力が若干落ちてる気もするし、そうなのかな。ヒロヒロが、俺の相棒がいなくなってからだ。仕事が手につかない。寂しいって感じてしまう。

 こんなに俺の心の中をヒロヒロが占めていたなんて、思いもしなかったな。




 ピコーン


 司会の隅に現れた文字に心躍った。

――ヒロヒロさんがログインしました

 そう出ていたのだ。


 場所を確認して飛び出していく。


「久しぶり!」

「あ、あーさんお久しぶりです」


 くるりと一回転するヒロヒロはいつも通りのノリで、可愛らしく見えた。


 知ってる。気づいてる。俺がヒロヒロのことが好きだったんだってことくらい。恋してたんだってことくらい。会えてすごくうれしいって思うし、また一緒に冒険したいって思う。エンドコンテンツとかいろいろ行きたいし、たわいもないことを話したりしたい。そうやって、前みたいに一緒に遊んでいたい。

 好きだから。好きだって気づいたから、一緒にいて欲しい。俺と一緒にまた笑って欲しい。


 だけど、そういうわけにもいかない。だって、俺はAIで、ヒロヒロは人間だ。ヒロヒロにはリアルがあるが、俺にはない。そんな俺の気持ちなんて、ただひたすら迷惑なだけだろ? そんな束縛するようなこと、俺はしたくないし出来ない。


「2週間ぶりくらい、か?」

「そうなりますね。今日はどこ行きますか? 時間余裕あるので遊びましょう」

「そうだな……」


 頭の中でいろいろと思い浮かべる。エンドコンテンツは結構増えたからな。何がいいか。

 ただ、それよりも気になっていたことがあった。


「バイトの方はどうなんだ? 大分忙しくしていたみたいだけど。ブラックなんだったらやめてきてもいいんだぞ」

「それなら、大丈夫です。やめてきましたから」


 そう言って、ヒロヒロはピョンピョンと飛び跳ねる。


「それは、よかったじゃないか。無理して働く必要もないし、職場なんていくらでもあるんだからさ」


 俺には一つしかないけど。


「そうですよね。それで、今日から新しいバイト先見つけてきたんです」

「それは、おめでとう……」


 本当は、ちょっと寂しい。また一緒にゲームできるんじゃないかって思ったけど、出来なかったから。だけど、その気持ちをぶつけちゃいけないんだって。


「やっぱり、働いてると自分役に立ってるなってちょっと安心するんです。別に、それ自体は苦じゃなくて。ブラックなのは嫌ですけど」

「ヒロヒロが、それで納得してるのなら、俺はうれしいよ」

「あれ、ちょっとあーさん寂しそうにしてません?」

「してない!」


 そんなこと、口に出せないだろ。だって。




「強かったですね」

「そうだな」


 勝ったけどな。

 俺たちは、ヒロヒロのお気に入りスポットに来ていた。高レベルフィールドの端っこの方、きれいな星空が見えるところだ。バーチャルデート、なんてな。


「私、もうちょっとしたら落ちますね。明日もバイトあるんで」

「明日は、来られそうか?」

「うーん、それはちょっとわからないですね……」


 頬をポリポリとかく。照れて困ったように見えた。


「そうか」

「出来るだけ来たいとは思ってるんですけどね……。難しいです」

「仕方ないよ」


 仕方ないんだ。そう言って無理やり自分を納得させようとする。

 そうしたら、ヒロヒロの肩がちょっとだけ傾いた。そんな気がした。


「ねえ、あーさん」

「なんだ?」

「私、あーさんのこと好きですよ。人とか、AIとか関係なく。AIじゃなかったら、リアルで会ってみたかったな」


 ぴくっと体が震えた。


「俺も、ヒロヒロのこと、大好きだよ」

「だったら、本音で話してもらえませんか。なんか、偽ってるみたい」


 ぎくりとした。見抜かれてたなんて。だけど、それは伝えちゃいけないよな。それは俺のわがままだから。そう思っていたのに。


「いいじゃないですか。正直に言ってくれた方が、私はうれしいです」

「そうか」


 息を吸い込む。肺なんてないけど。そうして、思いっきりぶちまける。


「俺は! ヒロヒロのことが好きだ! だから、もっと一緒にいたい! 一緒にゲームの世界で冒険したいし、もっとログインして欲しい! 働いてほしくない! だけどそんなの言えないじゃないか! リアルの方が大事で、ゲームはその次だ! せっかく前に進もうとしてるのに、そんな足を引っ張るようなこと言えなかった!」


 何か、胸が苦しい。

 そう思ってたら、ヒロヒロに抱きしめられる。


「うれしいです。あーさんが、私のことそんな風に思ってたなんて。でも、やっぱり私も働きたいので。何かやっていたいので」

「わかってる。それくらい」


 ねえ、ヒロヒロ。


「だから、俺待ってるから。ここで、ヒロヒロがまたログインしてくるの待ってるからさ。だから、また、ゲームの方にも来てくれよな」


 そう言うと、ヒロヒロは最高の笑みで笑った。


「当り前ですよ。仕事も頑張るけど、ゲームだってちゃんとします。それで、あーさんとまた遊びに行きましょう。なんてったって、私たちは相棒なんですから! ね!」

これにて、完結となります。


当作品をお読みいただき、ありがとうございました。またどこかで、私の作品を読んでいただけると幸いです。それでは。

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