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第04話 誘われた反抗


 ルーブ村に現れた神童、シンヤ。

 村の大人達はそれを歓迎し、称え、ありがたがる。

 元より彼が村の大人達の手伝いに対して積極的だったこともあり、その評判は留まることを知らず、村の中で一番の子供は彼だと誰もが疑わなかった。

 だが、それはあくまで村の大人達に限った話である。


「あいつ、ムカつくよな」

「ああ、何が神童だ。大人にいい顔ばっかして取り入りやがって」

「才能があるからって調子乗ってんじゃねぇの?」


 彼と同性の同年代か年上、特に成人に成りたての15、6歳の村の若者にとって、シンヤの存在はまったくもって邪魔でしょうがなかった。


「何かある度にあいつと比べられてウンザリだぜ」

「そうそう、家の手伝いちょっとしなかったくらいで親があいつの名前出してなー」

「シンヤのせいで俺らが余計に叱られるの、マジで腹立つ」

「チッ」


 ことの子細は置いておくとして、彼らは日々シンヤと自分を比較されていた。

 【才能】の有無、態度の違い。大人にとって都合のいい理想の子供であるシンヤは、彼らに対する格好の躾の材料として大いに利用される。

 だがそれゆえに彼らは日々、自らの不快の大半を彼の名前と共に刻まれていた。


「シンヤシンヤシンヤ、勘弁してくれ!」

「俺はあいつと違って才能なんてねぇっての!」

「才能ある奴が偉いのかっての! 親父も才能ねぇくせによ!」

「大人はなんも分かってねぇ。あいつの方が普通じゃねぇのにさ」

「あいつの三つ目の才能もどうせ【媚び売り】とかだぜ」

「あー、かもなー」


 村の者達にしてみれば軽い気持ちで使われる言葉でも、彼らにとっては毎度辛酸を嘗めさせてくる呪いの名である。

 どうしても鼻につくし、目の上のこぶである。

 せめて年上であれば敬意も持てようものだが、自分より生きた年月の少ない相手とあってはそれも出来ない。

 年長者としてのプライドがそれを許さなかった。

 そしてそれは覚才の儀を越えてからさらに酷くなり、もはや耐えがたいものになっていたのである。


「なぁ、ここらであいつを大人しくさせねぇと本気で立場なくないか?」

「だな。このままじゃ俺達、やりたいことなんもさせてもらえなくなるぜ」

「そんな……地獄じゃん」

「そうなる前に、俺達で何とかしねぇと」

「あいつを、シンヤを倒すんだ」


 危機感と嫉妬と自尊心は、次第に敵意へと置き換わりねじ曲がった正義の制裁を望む声を生む。


「才能があろうがみんなでやればどうにか出来る」

「体に分からせてやればあいつも調子乗るのやめるだろ」

「むしろあいつを扱き使えるようになれば、いくらでも大人に口利き出来るようになるぜ」

「だな。大人の手伝いは全部シンヤにやらせて俺らはやりたいことすりゃいいんだ」

「いいなそれ。あいつ才能あるんだから全部やらせよう」

「ははは、だったら早いところぶちのめさねぇとな」


 気づけば村の10から16までの若者総勢9名が、出る杭であるシンヤを叩くべく集まっていた。


「あいつ最近は丘の上の物見でテネルと仲良くしてるらしいぜ」

「はっ、才能ある奴らでつるんでますってか? ますます気に入らねぇな」

「どうせ才能を使いこなせちゃいないんだ。だったら俺の【火魔法】の力でねじ伏せてやる」

「いいぞバナーリ! やっちまえ!」

「任せろ。大人の力ってのを見せてやる」


 集団の音頭を取るのは赤い髪の青年。村の鍛冶屋の息子バナーリ。

 成人したばかりの彼は、厳格な父母に育てられているがゆえにこの場の誰よりもシンヤの名に重圧を受けていた。


「シンヤ。その伸び切った鼻っ柱を俺がぶち折ってやる」


 手の平に炎を生み出しそれを握り潰しながら、バナーリは炎よりも熱い怒りをシンヤに向けていた。


   ※      ※      ※


 その日、シンヤは変わらずテネルと一緒に過ごしていた。


「ん、ふ……」

「ふあ……ちゅ……」


 二人だけの秘密基地、物見櫓の中で昼食を共にし、談笑もそこそこに大人顔負けの口づけをする。


「シーちゃ……」

「大丈夫、大丈夫だ……」


 不安げな少女の声を塗り潰し、背徳感と羞恥、そして恋という熱量で染め上げる日々。

 繰り返し続けた行為は確実にテネルの心と体を溶かし、変質させていく。


「二人だけの秘密、また増えたな」

「……うん」


 行為を終え、濡れた口元を拭いながら微笑むシンヤに、テネルはもう逆らえない。

 ただシンヤから与えられるものを受け止め、蕩けるままに甘受する。

 恋に恋するだけだった少女に与えられる過ぎた刺激は、彼女から疑心という思考を奪い取っていた。


(……さて、いい加減繰り返しの日々にも飽きてきたところなんだがな)


 寄り添うテネルの肩を抱きながら、シンヤは思考する。

 大人達の熱は相変わらずで、実のある話をしない。

 テネルは凡そ絡め取った。後は焦らずじっくりと、互いの体の成長に合わせてあれこれ試していけばいい。


(残るは、当初の予想通りに周りが動いてくれていれば……)


 覚才の儀の時に聞いた陰口。こちらに向けられていた敵意。

 出る杭は打たれる。前世で自らの死因に繋がったそれを今、シンヤは待っていた。

 必要以上に目立てばそこに摩擦が生まれ、必ず反発がある。

 ゆえにおそらく、そう遠くないうちにあの時と同じことが起きると、彼は考えていた。


(あの時はなす術なく命を落とした。だが、前世の俺にないものが、今の俺にはある)


 自ら望んで手に入れた力。才能という武器。

 それが自らの危機にどれだけ役に立つのか、今のシンヤはそれを試したくてうずうずしていた。

 だから、


「おい! シンヤ! そこにいるのは分かってるんだぞ!!」

「!?」


 物見櫓の下から彼を呼ぶ声が聞こえた時。


「……は」


 シンヤは自然と笑みを浮かべていた。


   ※      ※      ※


 縁に手をかけ下を覗き込めば、そこにはシンヤの望んでいた光景が広がっていた。


「シンヤ! 降りてこい!」


 声を張っているのは鍛冶屋の息子バナーリ。そして彼を中心に10人弱の年の近い若者が固まっている。

 怒気を含めての呼び出しに見合う、彼からの鋭い視線をシンヤは敏感に感じ取る。

 囲いの者達からも大なり小なり自分に向けられる害意を悟れば、時が来たのだと心が騒いだ。


「シーちゃん?」


 不穏な空気を感じ取ってか、テネルが不安げにシンヤの服の裾を掴む。


「大丈夫だ。テネルはここでちょっと待っててくれ」

「でも……んっ!?」


 宥めるシンヤにそれでも追い縋ろうとする彼女を、シンヤはキスで黙らせる。

 下で待つ者達を無視してたっぷりと唇を重ね、テネルの目が蕩けたところでようやく解放する。


「大丈夫だ。な?」

「……うん」


 何が大丈夫なのか、それすらも分からないままテネルは頷き、大人しくなる。

 彼女が落ち着いたのを確かめ、シンヤは改めて縁から顔を出し下を見る。

 その行ないが命令に従わなかったと受け取ったのだろう、見上げるバナーリの顔はますます怒りに染まっていた。


「おい! 早く降りて来いって言ってるだろ!!」

「そーだそーだ! 降りて来い!!」


 バナーリの怒声に共鳴し、周りからも声が上がる。

 一般的な子供であれば恐怖に震え上がること請け合いの糾弾の声に、しかしシンヤは動じない。

 むしろその熱量に興奮し、対抗するように己の中の熱を高めていた。


「すぐに行く!」


 それはまるで遊びに誘われた子供の無邪気な返事のように明るく、楽しげで。

 櫓に掛かった梯子を滑るように降りてくる様も、いち早く待ちわびたその場に辿り着きたい思いを感じさせて。


「え……」

「何……?」


 いくらか冷静で鋭い感性を持っている者は、その動きに違和感を覚える。

 だがしかし、彼に並々ならぬ憎悪を燃やす多くの者達はそれに気づかず、ただ彼が一秒でも早く目の前に立つことを待っていた。


   ※      ※      ※


「待たせた」

「はっ、のんきな奴だ。その顔じゃこれからどうなるのかも分かってないんじゃないか?」


 梯子を下りバナーリの元へと辿り着いたシンヤに委縮はない。

 バナーリはそれを現実感のない奴が現実に気づいていないだけだと切り捨てて、より自分の正義感を燃え上がらせる。

 こんな一見無害そうな、危機感のない奴だからこそ大人に取り入れたのだと思えばますます腹が立ち、


(俺がこいつに現実の厳しさを教えてやる!)


 落ち着いた様子のシンヤとは対照的に、バナーリは鼻息荒く口を開いた。


「お前、覚才の儀からさらに大人達に褒められるようになって調子に乗ってるみたいだな」

「そうだそうだ! お前のせいで俺達はとばっちり受けてるんだぞ!」

「いい子ぶってるんじゃねぇよ!」


 バナーリの言葉を皮切りに、次々とシンヤに文句が浴びせられる。

 やれ手際の悪さを叱られた。やれ理解の浅さを叱られた。やれ親の不平不満の捌け口にされた。

 その多くがシンヤ自身に直接の落ち度がなく、理不尽で、彼らの感情から湧いた無軌道の物。

 自分達が正しいと思っているが、その実何が正しいのかはよく分かっていない未熟な正義だ。


「どうしてくれるんだ。お前がいるせいで俺達の生活はめちゃくちゃだ!」

「真面目にやっても叱られるんだぞ! なんでも出来るからって調子乗ってんじゃねぇ!」

「そうだそうだ! 大人しくしてろ!」

「俺達の立場を少しは考えろ!」

「大人達のためじゃなく俺達のためにも何かしろ!」


 文句は段々とエスカレートし、当人達の知らぬ間により過激に、より悪辣になっていく。

 感情の止め所を知らない若者達の爆発は、数と相まってシンヤへと無遠慮に投げつけられていく。


「………」


 それをシンヤは、反論ひとつすることなく立って聞いていた。

 否、聞き流していた。


 聞くに堪えない言葉には耳を貸す必要なんてない。

 彼の目指すところはまだ先にあり、今はただその瞬間を、早く来いと待っているだけだった。


「おい、聞いてるのかシンヤ!?」

「………」


 燃え上がる感情をあらかた吐き出したところで不意に訪れる、わずかに冷静さを取り戻す時間。

 バナーリはシンヤが何ひとつ言い返していないことに気づき、彼を睨みつけた。

 目が合う。


「!?」


 シンヤは真っ直ぐにバナーリの方を向いていた。

 だが、その瞳はバナーリを映してなどいなかった。


(こいつ……!)


 散々投げつけた言葉の熱が何も伝わっていない。どころか、聞いていたのかさえ疑わしい。

 それほどまでにシンヤは普段通りで、何も変わっていなかった。

 耳を塞いでいたわけじゃない。だから聞こえていないはずがない。

 なのにこちらの行いに対してシンヤはただ、櫓を降りてきた時と同じ、何かを期待している楽しげな顔のままだった。


「なあ」

「う……」

「来ないのか?」


 シンヤな表情が不意にひそめられ、焦れた様子で言葉を紡いだその瞬間。


「こ、の……!」


 バナーリはその一瞬で、多くのことを理解した。

 こちらの立場など歯牙にもかけていないのだと。

 こちらから売った喧嘩は買われることなく、今この瞬間相手から喧嘩を売られたのだと。

 そして、そもそも自分など眼中にないのだと。


(万能っつったって、才能自覚したてで何が出来るっていうんだ!)


 怒りが沸点を越えた。


「舐めやがって!!」


 手に炎を作り出し、怒りに任せてバナーリは動き出す。

 その瞬間沸き上がった感情は、問答無用でシンヤを殺せと叫んでいた。

 だから一切の容赦なく、手の平の炎を燃え上がらせ……


「――ーよし、正当防衛だ」


 次の瞬間、誰かの声が聞こえたのと同時。


「うブッ……!?」


 突如として彼の意識は刈り取られ、白く染まって何も見えなくなった。

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