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第03話 生贄


 シンヤが覚才の儀を行なった日から数日後。

 村人達の彼を見る目はそれまで以上にあからさまになっていた。


「おう、シンヤ。おはようさん」

「シンヤ、うちに遊びに来ないかい? 美味しいパンが焼けたんだよ」

「いよ、シンヤ。今日も男前だな!」


 シンヤがひとたび村の中を歩けば村人達がこぞって声をかけ、さらには何かしら褒めそやす。

 平凡な村に突如として現れた非凡な存在に、皆すっかり熱を上げてしまっていた。

 当人達にその気はないのだろうが、元より楽しい玩具扱いだったのがさらに加速してしまっている。


「シンヤ、お前将来は何になるんだ? やっぱり王都で国に仕えるのか?」

「うーん、どうかな?」

「技術も魔法もなんでも出来るってんなら、将来は安泰だな! あっはっはっは」

「ははは」


 同じような会話を何度も何度も繰り返しているためか、シンヤの笑い声はいくらか乾いている。

 が、そんな様子にもまったく気づくことなく村人は機嫌よく笑っていた。


(気分はいい。確かに気分はいいんだが……)


 持て囃され、讃えられることは悪くない。が、そればかりでは耳が腐る。

 実になる会話を求めても成果が得られないこの状態は、少しでも多くの成長の機会を求めるシンヤにとって不都合の方が勝っていた。


(どうせ話にならないのなら、わざわざ顔を見せる必要もないな)


 浮かれ過ぎた村人達が落ち着くまでの今しばらく、シンヤは下手に目立たぬように気をつけることを決める。

 人目を避け、かつ自分の利する状況を構築するために彼が取った新しい行動。

 それは……


「父さん。俺、遊びに行ってくる」

「ん、ああ。今日もあの子と一緒か?」

「うん」

「……ふっ、そうか。怪我させたりしないようにな?」

「分かってる。それじゃ行ってきます!」


 日課の手伝いを終え、父ザウリに言づけてから家を出る。

 そそくさと駆けていく我が子を見るザウリの視線は、彼の成長、変化を感じてか温かく優しさに満ちていた。

 それもそのはず、シンヤがこのところ毎日遊んでいる相手は、彼がこれまで積極的に付き合いを持ってこなかった人物。


「シーちゃーん!」

「テネル」

「えへへ、シーちゃん!」

「おあっ、勢い任せに抱き着いちゃダメだろ?」


 同い年の女の子、なのだから。


   ※      ※      ※


 テネル。

 村の薬師であるメディレケの娘で、ウェーブ掛かったクセっ毛の長い茶髪とクリっとした濃茶の瞳が愛らしい少女だ。

 大人顔負けの活躍をするシンヤほどではないが大人の言うことをよく聞き、よく働く、子供ながらに人のためを思うことが出来る利発さを持った、村では評判の娘である。


 そんな彼女だがここ数日はさらにその評判を伸ばし、シンヤと似たような状態になっていた。

 それというのも先日の覚才の儀にて、シンヤに次いで多い才能数である【神魔法】と【料理】、二つの才能を見出されたのが誰あろう彼女だったからだ。


「えへへ」

「嬉しそうだな?」

「うん。だってシーちゃん、いっぱい遊んでくれるから」


 シンヤとテネルは同い年ということもあり、これまでにも何度か顔を合わせ一緒に遊んだことがある。

 その時は用向きのあった親同士の邪魔にならないよう、シンヤがテネルのやりたいことを叶える形で付き合っていた。

 砂遊びに散歩、そしておままごと。

 テネルは4人いる同年代唯一の女で、近しい年の同性を探しても3歳以上年の離れた女性しかおらず、少女らしい遊びに憧れてもそれに付き合ってもらえる機会は少なく、また年の割に賢かったがゆえに他者をおもんばかり、ワガママも言えずにいた。

 そんな彼女にとってシンヤは自分のしたいことに初めて応えてくれた同年代であり、望むことを何でも叶えてくれるおとぎ話の魔法使いのような存在だった。


「あのね。今、一緒なの、とっても嬉しい」

「そうか。俺達の才能で大人達が騒ぎ過ぎてるからな。今は俺もお前も下手に関わらないのがいい」

「うん!」


 ここ数日の大人の構いっぷりに辟易していた彼女の元に再び現れたシンヤは、まさしく在りし日の救いの魔法使いそのものだった。

 前よりぶっきらぼうになった口調も、鋭さを増した視線も、元々大人びていた彼がますます大人らしく感じられて、テネルには好ましく思えていた。


(シーちゃん……)


 彼女の中でシンヤは、これまで以上に大きな存在になり始めていた。


「さ、行こうか」

「あっ。……うん」


 その大きさたるや、彼からなんの気なく繋がれた手に胸ときめかせ、自然とはにかんだ笑みを浮かべるほどに。


   ※      ※      ※


 ここ数日シンヤはテネルを連れて、村を一望出来る丘の上へと通っていた。

 普段あまり使われない木組みの物見櫓を二人の秘密基地とし、そこで空に赤みが差すまで共に過ごす。

 シンヤにとっては逃避行動の一環だが、テネルにとっては秘密の逢瀬だった。


「テネル、頼んでた物はちゃんとあるか?」

「う、うん。持ってきた」


 背負っていた布袋を置き、テネルが中身を取り出す。

 出てきたのは使い捨ての包みに入れられたサンドイッチ。挟んだパンから食材がところどころ飛び出している、なんとも不格好な出来の物だった。


「これ、テネルが作ったんだな?」

「うん。お母さんに手伝ってもらわないで、私だけで作ったの」

「よしよし、よくやった」

「えへへ」


 言いつけを守ったテネルに適当に感謝を返しつつ、シンヤはサンドイッチに手を伸ばす。


(昨日はテネルが母親と一緒に作ったサンドイッチだったが、さて)


 具材は同じ物を使用したそれを一口食べる。と、


「んっ!?」


 それだけで理解し、同時に感嘆した。

 曰く、「ここまで違う物なのか」と。


(味の違いは、パンに塗ったバターと食材のバランスか? いや、食材その物も質のいい物を選んである気がする)


 むしゃむしゃと頬張りながらシンヤは考える。

 別にテネルの母親が作ったサンドイッチが不味かったわけじゃない。見栄えも昨日の方がよかった。

 だが、見劣りする見た目をカバーして余りある、味の良さがこのサンドイッチにはある。


「シーちゃん。美味しい?」

「美味い」

「! うえへへ、やった。一人で作ったの初めてだったけど、頑張ってよかった」

「初めてで、これか。……何か、レシピを見ながら作ったりしたのか?」

「んーん。お母さんと一緒に作ったのの真似しただけだよ。こうしたらいいのかなーって、思った通りに作ったの」

「そうか」


 材料も同じ、手順も同じ。違うのは、作り手のセンスだけ。

 熟練の母の技をあっさりと超える、テネルの【料理】の才がもたらす権能を実感する。

 この世界において【才能】の有無は、これほどまでに大きなアドバンテージになるのか。


(他者の手際で才能の有無の違いを比較出来たのは大きい。その道の才があれば日常的な経験なぞ軽く凌駕するということか)


 新たに得られた知見にシンヤは満足する。

 その顔には自然と笑顔が浮かんでいて、それを見たテネルもまた、自らの行いに確かな手応えを感じていた。


(シーちゃんが喜んでくれてる。嬉しい!)


 なんでも叶えてもらっていた自分が初めて何かを返せた気がして、彼女は達成感に身を震わせる。

 もっと頑張れば、彼は喜んでくれるに違いない。

 そうしたらもっと、自分を見てくれるに違いない。

 淡い恋を育む少女は期待に胸を膨らませ、未来を夢想する。


(これからもずっとずーっと、シーちゃんと一緒にいれたらいいな)


 そんな乙女の思いをよそに、シンヤは自らの才能についていつものように考えを巡らせていた。


   ※      ※      ※


(テネルが言っていた「思った通りに」という言葉。これは俺にも心当たりがある)


 なんとなく、こうしたら上手くいくのではないかという感覚。

 根拠はないがその感性に従って行なったことは、大体の場合よい結果を残していた。

 シンヤはこれこそが才能のもたらす力なのだろうと予測する。


(この「思った通り」を磨き上げ、覚え、さらには自分自身で考えて自在に引き出せるようになることが、才能を伸ばす筋道に違いない)


 新たに得た知識から、これから自分のなすべきことを模索する。

 技術と魔法であれば、日々の鍛錬でもって実力を伸ばしていける確信がある。


(じゃあ【支配者】はどうなんだ?)


 前の人生から引き継いだ己の才能。

 どうやらこの世界の才能には【農家】や【漁師】など職業を示すものもあるらしいが、支配者というのはそれに含まれるものなのだろうか。

 言葉の意味を考えれば、他者を自らに従わせる才能ということになるが。


(例えば俺がテネルを支配するとして、どうしたらいいのか)


 しばし考え、


「テネル」

「なーに、シーちゃん」

「お手」

「うん?」


 試しにシンヤはテネルへ命令してみることにした。

 命令と共に差し出した手の平をテネルはしばし観察し、次いでシンヤの顔色を窺い始める。


「犬ごっこ?」


 そう言いながらおずおずと手の平に手を重ねてきて、一応彼女が命令に従ったという形が整う。


「……ふーむ」


 だが、実感はまったくと言っていいほど沸かなかった。

 シンヤの心の中で何かが「そうではない」と言っているような気がした。


「次、シーちゃんの番ね。お手」

「ふむ」


 相手の命令に従ってみても、別に反発心も何も浮かばない。

 もっともこれは、普段から親の命令に従ってる時点で立証済みだが。


「えへへ。なんだかよく分かんないけど、楽しいね」


 おままごととでも思っているのか、楽しそうに笑っているテネルをシンヤはなんとはなしに眺める。

 床に手をつきぺたん座りをしながら、ふざけて「わんわん」と犬の鳴き真似を始めるテネル。


「くぅーん、くぅーん」


 構って欲しそうに目を閉じ左右に身を揺らし始めた彼女に、シンヤはあることを思いついた。


(……これも支配、か?)


 いつぞやから計画していたものとは別の、長期的な実験。


「テネル」

「くぅーん、ん?」


 名を呼ばれたテネルが、喜色を浮かべてシンヤに向き直った次の瞬間。


「んっ……」

「ん? ……ッ!? んんっ!?!?」


 シンヤによって、彼女はその唇を奪われていた。


   ※      ※      ※


 テネルにとって、それはまったくの不意打ちだった。

 露ほどにも予想していなかった事態に、彼女の脳は即座にオーバーヒートを起こし全身を硬直させる。

 自分の唇にシンヤの唇が重なっている。

 絵本で見た、姫が運命の王子と交わす幸せの儀式。

 結婚式で見た、新郎と新婦が恥ずかしがりながらもしてみせる想いの繋がり。


(これって……っっ!?)


 キス、口づけ。

 この日、彼女のファーストキスは突然に果たされた。

 反射的に逃げようとしたが、いつの間にかテネルの後頭部に手が回され逃げ道を塞がれていた。

 シンヤから与えられるものをテネルはただ受け入れるしかない。


「……ッ! んっ!」


 反射的に沸き上がる拒否感に従い感情のまま全力で振り払えば、振り払える程度の拘束だった。

 だが、賢しい彼女はキスを受けつつも、感情的に振る舞う前にシンヤの行ないに対しての”なぜ”を考えてしまう。


(シーちゃんが私にキスした。キスしたってことは、シーちゃんは私のこと、好きなの?)


 疑問に結論を出せないまま、考える間に抵抗することも忘れて唇を重ね続ける。

 時間にしてほんの数秒のことだったが、シンヤが唇を離した時、テネルの意識はぽーっとフワついてしまっていた。


「……ん」


 突然のことに動かなくなってしまったテネルに対し、シンヤは落ち着いていた。

 否、正確には己の嗜虐心を満たし、内面の愉悦を抑え込んでいた。


(どうやら、間違いはないみたいだな)


 今の口づけで、シンヤはテネルが自分に対して強い好意を持っていることを確信していた。

 彼女の態度からある程度予想していたことではあったが、実感を得たことで彼は己の思いつきを実行に移すことを決める。


(相手の恋愛感情を利用して支配する)


 テネルを支配するのにはそれが最も適切だと、己の直感が応えるのを感じた。

 前の人生においても人の好意に付け込んであれこれ願いを通すという手は常套手段にしていたが、もしかすると【支配者】の才能がそれを後押ししていたのかもしれないと今なら思う。


「シーちゃん……」


 未だにぼーっとした様子で、けれど視線が定まってきたテネルがシンヤに問いかける。


「今の、キス……だよね?」

「ああ、キスしたぞ」

「っ!?」


 ハッキリとしたシンヤの肯定に、テネルは顔を真っ赤にする。

 落ち着かない彼女はしどろもどろになりながらも、どうにか言葉を紡ぎ続ける。


「えっと、その……あの、あのね? キス、したってことは……その、シーちゃんって」

「犬の真似してるテネルが、あんまり可愛かったからな」

「ふえ?」

「テネル、可愛いぞ」

「~~~!!」


 問よりも先に返された言葉に、テネルはもはや何も考えられなくなってしまう。

 頬に手を当ていやいやと頭を振りながら、全身で恥じらう。

 投げつけられた好意を示す言葉が頭の中を駆け回り、彼女は再び動けなくなってしまった。


「テネル」

「うう……」


 シンヤはそこに、もう一押しを仕掛ける。


「もう一回キスしたい」

「!?!?」


 テネルの耳元に囁くそれは、10の子供が出す声音でも、言葉でもなかった。

 二人きり。誰の邪魔も、助けもないそこで、年相応の少女が受け取るにはあまりにも刺激的な囁きだった。


「キス、したいの?」

「したい」

「……っ!」


 抵抗など、出来ようはずもなかった。


「ここだけの、二人だけの秘密だ」

「ここだけ、二人だけ……」


 好奇心を、独占欲を、優越感を、煽りに煽られ、ついにテネルは首を縦に振る。

 元より好意を自覚し始めていた想い人からの提案なのだ。彼女にはそもそも逆らう理由もない。


「シーちゃん」

「目を閉じろ」

「……うん」


 再び重なった二つの唇は、初めてのそれの何倍もの長い時間、心通わぬ二人の影を繋いだのだった。

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