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第20話 英雄の誕生


 指をさした後、先に声をかけたのはリュンクだった。

 喜色を滲ませシンヤの元へ歩み寄り、彼の肩を叩きながら話し始める。


「おいおい、お前さんちゃっかり生きてやがったのかぁ? もう死んだと思ったぜ」

「ふっ、ご覧の通り五体満足。傷もないぞ」

「確かにピンピンしてやがるな。だが報告が期限ギリギリってのはどういう了見だ。ダンジョンに潜ったのは俺と約束したその日のうちだったんだろ?」

「ああ、それは……」

「おい」


 矢継ぎ早に続くリュンクの質問にシンヤが答えている途中、横から突如としてコナージュが割り込んだ。


「ちょ、なんだコナージュ」

「すまんリュンク。こいつには俺も用がある。……シンヤと言ったな? お前、俺を覚えているか?」

「うん……?」


 リュンクを押さえつつ投げかけられたコナージュの問いに、しばしシンヤが彼の顔を観察する。

 記憶の中から彼の顔をサルベージ成功したのか、数秒の間の後にシンヤは「ああ」と声を上げた。


「確か、ダンジョンの深層で会ったな」

「覚えていたか!」

「ちょっと待て、深層だって?」


 今度はリュンクが驚く番だった。


「お前、シンヤ。深層まで潜ったのか?」

「そうだが?」

「はぁ!? 冗談だろ?」

「冗談?」

「コナージュ。こいつは1週間前に冒険者になったばかりの駆け出しだぞ」

「なっ!? それこそ冗談だろ!」

「面倒見たのは俺だっつーの」

「漫才ならよそでやってくれ。俺は報告に行くぞ」

「おー待った待った!」

「まだ話は終わってないぞ」


 騒ぐ二人を置いて冒険報告用の受付へ行こうとしたシンヤを、二人で慌てて引き留める。

 熟練を感じる見事な連携だった。


「シンヤ。キミは俺達が撤退した後、ダンジョンの最奥、守護者へ挑んだか?」

「なんだって? コナージュ、俺にはもう何が何やらさっぱり……」

「リュンクは少し黙ってろ。それで、どうなんだ?」


 リュンクを押し退け再び問い質すコナージュ。

 対してシンヤは続く質問攻めを面倒臭がっている様子を見せたが、ため息ひとつついてから答え始めた。


「挑んだぞ」

「はぁ!? シンヤ、お前。自分で言ってること分かってるのか? ロワン地下迷宮、深層の、最奥の、守護者だぞ!?」

「ああ、そこの男が挑んでしくじった、目ン玉ひとつでミサイルやらビームやらぶっ放してくる天使を象ったゴーレムとな」

「んなぁ!?」


 開いた口が塞がらなくなったリュンクがコナージュを見る。

 コナージュは、シンヤの語った言葉の中から真実を読み取っていた。


「俺はこいつに守護者について話はしたが、それが天使の見た目をしていたとは伝えていない。つまり、こいつは少なくとも守護者を”見て”いる」

「……マジかよ」

「マジだぞ」


 あまりの驚きに硬直するリュンクをシンヤがからかい顔に悪戯している横で、コナージュは確信する。


(間違いない。ロワン地下迷宮は踏破されたんだ。……この、シンヤという若者を含んだパーティーに)


 自分達が出来なかったことをやりきったというこの若者のパーティー。

 そこに嫉妬の介在する余地はなく、ただただ興味をもってコナージュを急き立てた。

 それこそが失った仲間達のためでもあると信じて。


「シンヤ。キミのパーティーはいったいどういう構成だったんだ? 前衛の人数は? 魔法使いは? 【神魔法】の才を持つ者は何人いた?」

「……ふむ」

「ああ、すまない。斥候役のキミには答えがたい問いだったか。だが、俺は同じ冒険者として、直前に敗走した者として、誰よりも早く真実を知りたいんだ」

「そうか」


 何か思うところがあったか、コナージュの言葉にシンヤも出し渋る動作を止め彼に向き合い、口を開いた。


「俺はこれから嘘偽りなく成果を報告する」


 そんな口上から始まり、シンヤは手短に成果を告げた。


「ロワン地下迷宮に一人で侵入した俺は、途中で契約の切れた奴隷を一人拾い所有権を得て、そいつを含めた二人で最奥まで辿り着いた」

「………」

「以上だ」


 シンヤが語った言葉は少なく、端的だった。

 それゆえに真っ直ぐコナージュの心に響き、同時に強く打ちつけた。


「……は? 二人、だと?」

「まぁ、この国では奴隷は所持品で人数に数えんらしいから、記録上は一人だな」

「一人……」


 己が耳を疑う。

 彼の言葉が真実ならば、それは前人未到、かの勇者すら越えた大偉業である。

 しかもそれを成し遂げたのが成人したばかりの若者と、それに連れられた亜人の奴隷の組み合わせとあれば、果たしてどれだけの神の奇跡が彼らに与えられたというのだろうか。


「そんな、ことが……」

「あるわけないと思うか? 残念だが、こいつが言ってることは本当だぜコナージュ」

「リュンク?」


 信じられずにいるコナージュをリュンクが諭す。彼の表情は険しかったが、それは疑っているのではなく、突きつけられた事実に戦慄しているが故だった。


「こいつと俺は神魔法のプロミースで約定を結んでんだ。成果を上げれば協力をするってな。こいつが最初に口にした口上は、この魔法で結んだ約束に背いちゃいねぇって証明するための準備だったんだよ。そうだろ、シンヤ?」

「まぁな」

「シンヤに約定違反で神罰が下った様子はねぇ。ってことは今語られた成果は神の名の元に正しいってことだ」

「………」


 リュンクの説明にコナージュは息を呑む。

 二人で自分を担いでいる可能性も考えなくはなかったが、先程の再会劇がそれは違うと否定していた。


「シンヤ、キミはいったい……」


 もはや彼の目に、シンヤの姿は怪物か何かであるかのように映っていた。

 だが当のシンヤといえば得意げな顔を浮かべてリュンクを見やり、小首を傾げたいかにも人を食ったような人間らしいポーズを取っておチャらけている。


「どうだ、リュンク。成果としては十分だろう?」

「十分どころか千分くらいあるってなもんだ。どんだけやってくれちゃってるのよ」

「ハッ、何しろ昨日まで深層に籠もり粘りに粘って稼いでいたからな。入口が閉じた後ならライバルは減っていくばかりで追い込みにちょうどよかったぞ」

「あーあー、そういうことかい」

「ギルドへの報告が終われば今度はお前が頑張る番だからな?」

「わーってるよ。俺に出来ることならなんだってやってやりますぜ。英雄様?」

「はっはっは」

「はっはっは」

「……規格外にもほどがある」


 じゃれ合う二人に、コナージュはもう何も言えなかった。

 死地からの帰還にも拘らず、シンヤに疲弊した様子はない。

 最奥まで攻略した後さらに深層を探索し続けたなど、およそまともな人間の思考とは言えない。

 そう。この若者はきっと、初めからまともじゃなかったのだ。


「おっと、そうだ。シンヤ、あれは貰ってきたか?」

「なんだ?」

「ダンジョンの最奥で、なんか巻物スクロール出てきただろ」

「……ああ。これか」


 リュンクに促され、シンヤが腰のポーチからそれを取り出す。

 シンヤの手に握られていたのは、くるくると丸められ革紐で結ばれた一枚の羊皮紙。一見してどこにでもある珍しくもない物。シンヤはそれを、冒険者達へ見せつけるようにひらりと広げてみせる。

 そこには円で囲われた枠の中に複雑な文様の描かれた、鮮やかな朱色の印が刻まれていた。


(ああ……)


 それを見て、コナージュは一人、拳を握り締めた。

 彼と、彼の仲間が求めた物がそこにあった。

 これを見るために、彼は今日までシンヤを待っていた。


「どうだ?」

「その色、文様の形、本物だな」


 シンヤが取り出したスクロールこそ、踏破者の証。

 試練神ルイーナが、ダンジョンの最奥へと辿り着いた者に与える宝物のひとつ。

 ダンジョン毎に異なる印があり、踏破者が持つことで刻まれた文様が朱色に輝くという。

 冒険者達にとってはその名誉を保証する証となる、大切なアイテムである。


「ヒュウ。やっぱ現物見ると実感湧くな」

「そうだな」


 シンヤとリュンクは、二人でホールの一角へと視線を向ける。

 二人の視線の先にあるのはフロアの壁に掛けてある大きなタペストリー。

 そこに刻まれた文様は、シンヤの持つ踏破者の証に刻まれた文様と同じ物だった。

 過去に2度達成された偉業を称えるために作られたそれが、シンヤの偉業を保障する確たる証であった。


「やりやがったな。英雄様」

「シンヤ・ゴッドだ。覚えておけよ? いずれ世界にその名を轟かす者の名だ」


 そう言って不敵に笑ったシンヤの顔を、リュンクもコナージュも決して忘れるまいと心に刻んだ。


   ※      ※      ※


 報告があった日、再びギルドは栄光に沸き上がった。

 踏破者であるシンヤの名は瞬く間に世界を駆け巡り、一時の話題となった。

 ある者はその物語に沸き、ある者は嘘に違いないと切り捨て、またある者は自分もそれに続くのだと誓う。

 噂を耳にした者達は皆、口々にその名を呼んだ。


「シンヤ」

「シンヤ・ゴッド」

「シンヤねぇ。すごい新人が出てきたな」

「英雄シンヤ」

「詐欺師シンヤ」

「へぇ、シンヤか。いい名だ」

「シンヤ・ゴッド。偉そうな名前」

「シンヤ」

「シンヤ」

「シンヤ……」

「冒険者の、シンヤ・ゴッド!」


「……シーちゃん?」


 シンヤ・ゴッドによるロワン地下迷宮踏破の顛末は、ギルド史に留まらず後の世に伝説として名を刻んだ。

 それこそが、シンヤが英雄として歴史の表舞台に立った最初の物語であった。


   ※      ※      ※


 交易都市ロワンの場末にある安宿。

 その2階にある奥の部屋の扉の前でシンヤは立ち止まり、木の戸にノックする。


「俺だ」

「ふわうっ!? か、帰ってきたの!?」


 シンヤの呼びかけに扉向こうで慌てた声があがれば、バタバタと動く騒音も響く。


「ふっ、その様子だと言いつけは守っているようだな。入るぞ」

「あーあーあーダメダメダメ! 入ってくるなー!」


 制止する声を無視して、シンヤは扉を開けて中へと入る。

 ツインの個室の中央、そこには見目麗しい白髪の狼人の少女が立っていた。


「うむ、似合ってるぞ。カナリア」

「うう~~~!!」


 シンヤの言葉に恥ずかしがる彼の奴隷、カナリア。

 彼女はダンジョンで拾われた時とは見違えるほど綺麗に着飾られていた。

 ボロボロだった毛艶は丁寧にケアされ輝かんばかりで、しっかりと栄養価の高い食事を食べ続けたおかげで痩せこけていた体のラインも柔らかな女性らしいシルエットになった。

 奴隷着も今は仕立ての良い薄絹の白いワンピースに変わり、隷属の首輪さえなければ亜人の国の上流階級と言われても信じられるくらいになっていた。


「これ、生地が薄くない?」

「そうだな。日の光を浴びれば影が透ける……というか、今も透けているぞ」

「うわう!?」


 羞恥に震えるカナリアの衣装は、今朝方シンヤが買い物に出て探してきた物だ。

 昼の光が窓から差し込む中に身を晒せば、たちどころにカナリアの体のラインが陰となって映し出される。

 いつかシンヤを魅了した女性の纏っていたものよりも、より刺激的な衣装である。

 ここでの待機ついでにその恰好になるようシンヤがカナリアに命じており、強制力こそなかったのだが、律儀な彼女はしっかりと命令に応え、着てしまっていた。


「安心しろ。旅装束は別に買ってある。視線を気にするなら部屋着にするか下着にすればいい」

「うう、絶対そうする……」


 ベッドに腰掛けるシンヤを目で追って、カナリアは自然と自分の身を隠すように己が腕で掻き抱く。

 そうしながら隣のベッドの上に乗り、安心出来る距離まで離れてなおかつシーツで身を隠してから改めて口を開いた。


「ギルドへの報告は終わったんでしょ? これからどうするの?」

「明日には出る予定だ。ギルドカードがあれば個人の裁量で依頼は請け負える。ここに縛られる理由はない」

「ふーん。あ、じゃあさ」

「向かうのは西だ。南じゃない」

「うぐ」


 故郷である亜人の国、ベスティア王国へ向かおうと言おうとした矢先、出鼻を挫かれる。

 どうやらこの男には目的が定まっているらしいと理解して、カナリアは深くため息をついた。


「まぁいずれはベスティアにも行くかもしれん」

「え、本当!? それ、絶対だからね!」

「ああ」

(解放するとは言ってないがな)


 沸き立つカナリアを前にシンヤは邪悪な笑みを浮かべていた。


「ふっふふーん、帰るんだー、うちに帰るんだー」

「………」


 鼻歌交じりに歌って上機嫌なカナリアに、シンヤは気配を殺して接近する。


「よっ」

「ふわうっ?」


 隙だらけの彼女を間合いに収めるや否や、シンヤはカナリアの肩を抱いてベッドに押し倒した。

 シーツがずり落ち、ワンピースの肩紐も片方、彼女の肩から滑り落ちた。


「え?」

「……綺麗だ」

「ええっ!?」


 覆い被さられた状態で囁かれた麗句に、カナリアはどきりと胸の鼓動が高鳴るのを聞いた。

 真昼間から押し倒され身動きが出来なくされた状態に、奴隷であった彼女は何が起こるのかを察する。


「ちょ、ちょちょちょシンヤ!?」

「なんだ?」

「え、その、あの、これ、どういう?」

「どうもこうも、押し倒しているんだが」

「へあっ!?」


「察しているだろう?」と言わんばかりのシンヤの態度に、カナリアはドキマギする。

 理解はしているが、心の準備は全く出来ていなかった。

 否、きっと覚悟を決める時間はたっぷりと与えられていたのだが、何も考えていなかった。


「お前は俺の奴隷だ。お前をどのように扱ってもここで俺が咎められることなどない」

「それは、そうだけど! ちょっと、ちょっと待って!」


 少しでも時間を稼ごうと、カナリアは必死に言葉を重ねながらシンヤの胸を手で押し返す。


「そう、そうよ! 自由意志! 私にはシンヤが許してる自由意志の権利があるわ!」

「うん? そうだな」

「だからその! そういうのはなしの方向で扱ってくれるよう要求を、ね!?」

「ふむ……」


 どうにかこの場をやり過ごそうとするカナリアに対し、シンヤは一考する態度を見せる。

 その姿にカナリアは内心ホッとするが、その流れこそ彼が仕組んだものであることまでは見抜けなかった。


「そうだな。カナリアの意思を無視して無理矢理というのは今後の関係を築く上でも得策じゃない」

「そう、そうでしょ! だから、今回はもうこれで終わりってことで……ね!?」

「ああ」


 シンヤから肯定の言葉を引き出せたとカナリアがさらに安心した、次の瞬間だった。


「なら今から、カナリアを口説き落とそう」

「へぁ!?」


 カナリアは不意にシンヤに顎を取られ、無理矢理に目を合わせられる。

 すぐにでも唇を奪える状態にされてしまったが、しかしシンヤはそうはせず。


「本当に、綺麗な目の色だ」

「えっ?」

「俺はカナリアの瞳に魅せられたから、助けようって思ったんだ」

「〇×◇※■▽▲~~~!!」


 始まったのは優しく甘い声音から囁かれる、気障ったらしい言葉の雨。

 歯の浮くような台詞を次々と紡ぎ、シンヤはカナリアを口説きにかかる。


「白く輝く毛並みも、しなやかな体も、こうして整えてみて改めて美しいと思った」

「あ、その、ちょっと、待って……!」

「例えどんな手を使ってでも、俺はお前が欲しい」

「ふひぅ……!」


 効果は覿面だった。

 ロマンチストで誰よりも物語に憧れていた彼女にとって、囁かれる言葉のどれもがいつか夢見た王子のそれに類似していた。


「カナリア……」

「シン、ヤ……」


 見つめられると、その視線に縛られる。

 目の前の男は自分を奴隷にしている悪人のはずなのに、彼女の脳裏にはあの、ロワン地下迷宮での頼もしい姿がフラッシュバックする。


「俺から、逃げられると思うなよ?」

「そん、な……!」


 流されている。そう自覚していても、どうしても押さえつける手を振り解けない。

 耳は彼の言葉をもっとよく聞こうと向きを変え、尻尾はベッドの上をのたうっている。


「……ん」


 気づけば、二つの影は重なっていた。

 これは、カナリア・トレランティアという何の才能も持たない彼女のターニングポイントだった。

 シンヤ・ゴッドという男と関わったことで始まった第二の人生。

 波乱に満ちたその人生の始まりを告げる重なりだった。


(私、どうなっちゃうんだろう……?)


 彼女はまだ、己に訪れる運命について、何も知らない。


   ※      ※      ※


「ようやく、スタートラインだ」


 宿屋の窓から星空を見上げながら、シンヤは一人、小さく呟く。

 英雄として名乗りをあげることにはこの上ない形で成功し、ここから冒険者シンヤ・ゴッドは成り上がる。

 このまま活躍していけば、力を得ると同時にいずれは国規模の何かにも関わる機会を得られるだろう。

 だが、彼が目指している場所はそんなところではない。


 世界を揺らし、多くを巻き込み、彼が目指す先にはこの世界の神がいる。


「リベルタス。必ず会いに行くからな」


 空の果てを見つめるシンヤの瞳には、深く強い野心の炎が燃え滾っていた。

 いずれ神をも呑み込もうとしているその想いは、果たしてどこまで届くのか。

 それはこの世界を創造した神ですら、知り得ないことだった。

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