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第19話 待ち人達


 ロワン地下迷宮、ギルドの用意した入口ゲート。

 その先にあるダンジョン内へ転送する光の渦の前に、新たに4人の帰還者が姿を現した。


「あ、コナージュさん! おかえりなさい」

「………」


 帰還者の知り合いらしい冒険者ギルドの女性職員が笑顔で声をかけるも、コナージュと呼ばれた帰還者は俯いた顔を上げず、そのまま膝から崩れ落ちる。


「コナージュさん!?」


 一人が膝をつけば次々と帰還者達がその場にへたり込んでいく。


「どうされました、コナージュさん!」

「おい! 大丈夫かあんたら!」


 慌てる女性職員を見かねてゲートの受付をしていた老年の職員も駆け寄り、帰還者達の様子を窺う。

 少し調べて特に外傷も見受けられなければ、精神的な消耗だろうと彼は判断した。


「よかった。こりゃ、いつものあれだろう。熟練の冒険者がこうなるのは珍しいがな」

「びっくりしました……」


 ダンジョンという閉塞感と緊張を強いられる場所から解放された者によくある脱力。

 慣れていないダンジョン初心者によくある症状のはずだが、帰還者達は皆、名の通った熟練冒険者である。

 中々お目にかかれない事態に二人の職員はため息を吐いた。


「コナージュさん。とりあえずあちらの小屋に行きましょう」

「すまない……」

「ほら、嬢ちゃん達も運んでやるよ」

「ありがとう、ございます」

「かたじけない」

「……自分で歩ける」


 職員達は、ダンジョンに併設された小屋へと帰還者達を連れていく。

 事情を聞くべく女性職員は彼らのそばに残り、帰還者達が落ち着いたところを見計らって話を伺った。


 彼らは、ロワン地下迷宮の最奥から撤退してきた者達だった。


「……なるほど。守護者に挑むも、敗北してしまったのですね」

「ああ、俺達は仲間を見捨てて逃げ帰ってきた臆病者さ」

「守護者の間じゃ転送石も脱出魔法も使えなかった。せめてどっちかが使えていれば……」

「すべては我らの未熟さゆえに……」

「……チッ」


 口々に後悔を吐露する冒険者達に、女性職員はどう言葉をかけようか考える。

 冒険に失敗や犠牲は付き物だが、それでも仲間を失うことがショックなのには変わりない。

 ここでぽっきりと心が折れて冒険を辞めてしまうのも、再び立ち上がるのも彼ら次第だ。


「コナージュさん、皆さん……」


 今、彼らの傷にかける言葉なんてない。

 だが、それでも女性職員は口を開く。


「ダンジョン攻略お疲れ様でした。4名も無事に戻ってきてくださって、私は嬉しいです」

「あ……」


 冒険者へ敬意を持っている彼女なりに、彼らを想った言葉を。

 彼らの冒険が他ならぬ彼らの手によって無に帰さないようにと、努めて普段通りに職務をこなす。


「そう、だな。俺達は、生き残ったんだ」

「はい。冒険は第一に生存です」


 後悔に染まっていた帰還者達の瞳に生気が宿っていく。

 彼女の言葉は、確かに彼らへと届いていた。


「……はぁ。こんな気持ちになるのは久々だな」

「だね」


 熟練である彼らには積み重ねてきたものがある。

 その過程で忘れてしまっていた駆け出しの頃の苦い経験の乗り越え方は、もう分かっていた。


「俺達で、あの光の渦を金色に輝かせたかったんだがな」


 窓から覗くダンジョンの入口。ゲートの先にある冒険者を飲み込む光の渦。

 過去の記録によれば、最奥に辿り着いた者が現れた時、その渦は金色に輝いたという。

 観測されたのは過去2回。

 一度目は勇者と大賢者を含む6人パーティーが。

 二度目は熟練の冒険者達20名で構成された大パーティーが。

 それぞれ大冒険の果てにこの偉業を成し遂げた。

 それに自分達も続く予定だった。


「18人なら、行けたのかな?」

「どうだろうなぁ……」


 叶わなかった想いを胸の内に溶かしながら、帰還者達と女性職員は青白い光の渦を見つめる。

 まさに、その時だった。


「え……!?」

「嘘っ!?」


 彼らの見ているその先で、光の渦が変化した。

 青白い輝きがみるみるうちに金色に変わり、より一層輝きを増していく。


 誰かが、ロワン地下迷宮の最奥へと到達した。

 金色に輝く光の渦は、彼らにそれを事実として告げていた。


「一体誰が……?」


 疑問符を浮かべる女性職員の横で、帰還者達は心当たりの人物を思い出す。

 敗走した自分達の元に現れた、一組の男女のことを。


「あいつら、か」

「あいつら? コナージュさん。誰がダンジョンを踏破したかご存知なんですか?」

「ああ……俺達が女神の手で帰還する前に、若い男と、女で亜人の奴隷が来たんだ」

「うん。軽装だったし、多分どこかのパーティーの偵察役かな。コナージュに守護者についてあれこれ聞いてた」

「ということは、その方達のパーティーが、守護者を倒して最奥まで辿り着いたんでしょうか?」

「多分、な」

「コナージュさん……」


 自分達が果たせなかったことを、自分達以外の誰かが成し遂げた。

 それも自分達が失敗した直後とあっては思うところも多かったが、それでもコナージュ達は職員に笑ってみせる。


「これは、急いでギルドに戻らければなりませんな」

「うん。死んじゃったオージュ達の分も、私達がしっかり話を聞かないとね」

「ダンジョン踏破者に与えられる”踏破者の証”。それを持ってる奴がすぐに姿を現すはずだ」


 帰還者達の瞳からはすでに、先程までの陰りはない。


「俺達は行くよ。ついでにこのこともギルドに報告しておく」

「よろしくお願いします」


 各々立ち上がり、いつもの力強い顔を見せる。

 これこそが冒険者、これこそが熟練者だと、彼らを見上げる女性職員は思った。


「さぁ、栄光を掴んだ英雄様をギルドで待ち構えるぞ」

「おうとも!」

「うん!」

「ふん」


 ひとつの偉業が彼らに再び立ち上がるだけの気力を取り戻させた。

 女性職員は窓の向こうで金色に輝く光の渦に向かい、小さく一礼する。


「ハンナさん」

「はい」


 コナージュに名を呼ばれ、女性職員――ハンナは振り返った。


「「「「ありがとう」」」」


 そんな彼女に贈られる、4人の感謝の言葉。

 面食らって少しの間ハンナは何も言えずにいたが、すぐにその顔は綻び、笑顔になった。


「はい!」


 ハンナの明るい返事を受けて、冒険者達は再び歩き出す。

 いったいどこの誰がこの偉業を成し遂げたのか。まずはそれを知り、その顔を知り、糧にする。

 それが自分達の新しい一歩になると確信して。


 だが、しかし。


「……おかしいですな」

「遅くない?」

「遅いな。あの二人組……いや、あの若者はいち早く顔を出すと思ったんだが」

「……死んだか?」


 ギルドに報告を終えた彼らがいくら待てども、その日、ダンジョンを踏破した誰かは姿を見せなかった。


   ※      ※      ※


 ロワン地下迷宮の入り口が金色に輝いた日から数えて3日。

 その間も踏破者はギルドに現れず、冒険者達の間では踏破者はいなかったのではないかという話も出始めていた。


「はー、あいつ今日もいやがる。ご苦労なこって」


 ホールのソファに腰掛け辺りをぎらついた眼で観察する熟練冒険者の姿を見て、ギルド職員――リュンクは感心のため息を吐く。


(英雄様の帰りを待つ者なんざ、もうお前さんらくらいなもんだよ)


 光の渦の色が変わった当日のギルドはそれはもう大盛り上がりだったが、1日、2日と時が経つにつれてその熱も冷めていった。

 一向に姿を見せない英雄よりも、今日の儲けや冒険に彼らの目は向くからだ。


 既にロワン地下迷宮の入口は閉じ、次の時期まで新たな挑戦者を受け入れることはない。

 ダンジョンは今回も数多の冒険者達によって多くの物語を生み、創造者である試練神を大いに楽しませたのだろう。

 彼らの活躍は神ならぬ身でも、ギルドへ届けられる帰還者達の報告からいくらかは知ることが出来る。


 希少な鉱石を見つけた者達がいた。

 新たな技を習得した者がいた。

 恐ろしい魔物を見事討ち果たした者達がいた。

 新しい罠の組み合わせの謎を暴いた者達がいた。


 そんな華々しい物語を語る者達もいれば、その逆もしかり。


 何の成果も出せず逃げ惑うだけだった者達がいた。

 大事な武具を破壊された者達がいた。

 大切な仲間を失った者達がいた。

 そもそも誰一人として戻ってこなかった者達がいた。


 そんな中、ダンジョンの踏破者が出たという物語は一級品でこそあるが、それでも数多存在する物語の中の一篇に過ぎない。

 語る者がいない以上、その功績も薄れていくのは自然なことだった。


「よぉ、リュンク」

「おっと、来たか。ほらよ、これがギルドカードだ」

「へへっ、あんたがいてくれて助かったぜ。前科もんにゃ審査が厳しいんでな」

「冒険者になったからにゃ冒険に精を出すんですぜ? じゃないと損しちまう」

「わーってるよ。そんじゃな」

「毎度」


 いつものように脛に傷を持つ者の裏口入会の手助けをしながら、リュンクもまた熟練冒険者と同じように、誰かを探して辺りに目を配る。


(あいつはまだ来てない、か)


 今も待ち人を見つけられずため息をついたが、それがソファに座る熟練冒険者――コナージュが零すそれと同質の物だということに気づいていない。


 1週間前、彼は一人の若い駆け出し冒険者と約束を交わした。

 冒険者の名はシンヤ・ゴッド。無謀にも駆け出し冒険者の身分でダンジョンに挑むとほざいた大馬鹿者である。

 英雄が持つといわれる才能【万能技術】を有していたシンヤに対し、リュンクは1週間以内にダンジョンから何らかの成果を持ち帰るよう課していた。

 今日がその最終日なのだが、ギルドには未だシンヤの影も形も見当たらなかった。

 リュンクの耳には”ダンジョンに一人で入っていった無謀な若者がいた”という話こそ入っていたが、それが出てきたという話は聞いていない。

 訊ね聞いた背格好からしてそれがシンヤのことだとは判明しており、その帰還報告がないということから察するに、どんな結果になったのかは想像に難くなかった。


(……死んぢまったか。ま、どんなに才能があっても死ぬときゃ死ぬしな)


 あれだけの才能を引っ提げておきながら、時間が惜しいからと悪びれもせずリュンクにギルドへの裏口登録を望んだ大人物、シンヤ。

 ギルドカード越しに見せられた才能に加えて彼が神魔法すら操ってみせた時には胸を躍らせたが、いざ終わってみれば平々凡々とした結果に収まったものである。


「結構期待、してたんだがなぁ」


 惜しい奴を失ったとは思う。

 だが、過ぎたるはなお及ばざるがごとしという言葉もあるように、凄まじ過ぎる才能は時に死因となり得る。

 どんな英雄だろうがたったひとつの隙が命取りになる世の中だ。

 多くの人が知らないだけで、今回のような結末もまた多数存在するのだろう。

 成果を上げろと彼はシンヤに言ったが、生きて帰ってこなければ成果も何もない。


「残念だが、今回の賭けは負けだなぁこりゃ」


 若さだけでは説明がつかない彼の獰猛さや底知れなさに、リュンクは賭けていたのだ。

 シンヤと関わればもっと面白い何かを見ることが出来る。そんな期待をしていたのだ。

 それがなんともつまらない結末だと、リュンクは落胆する。


「まー、世はすべて事もなし。か」


 シンヤのことは早々に忘れよう。そんな風にリュンクは惜しむ心へと蓋をする。

 フロアの壁に掛けてある大きなタペストリーに刻まれた文様を眺めながら、一度だけため息を吐く。感傷に浸るのはそれで終わり。

 気を取り直し、いつもの職務へリュンクが戻ろうとした、その時だった。


「ああーーーーーーーーー!!!」

「おおおっ!?」


 突然に響いた大声に、リュンクはどきりと身を震わせて声の主を見る。


「コナージュ?」


 視線の先、ソファから立ち上がったコナージュが、ギルドの出入口付近を指さしていた。


「お前! やっと来てくれたな!!」

(なんだなんだ?)


 彼が指し示す方向へリュンクが頭を向ければ、そこに一人の男が立っていた。

 自分が指されたとは思っていないのか後ろを振り返っていたその人物が、再びコナージュの方を向く。

 年の頃15歳前後、青い髪に金茶色の瞳をした若者だった。


「あ!」


 リュンクも思わず声をあげ、その人物へ人差し指を向ける。


「シンヤ!」


 二人の男に指をさされたその若者こそ、シンヤ・ゴッド、その人であった。

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