第18話 万にひとつ、億にひとつ 後編
カナリアが駆け出すのと、ゴーレムが彼女を捕捉するのは同時だった。
「標的、サーチ……発見!!!」
「いきなり見つかった!?」
「誘導弾、発射!」
動きを変えたゴーレムにカナリアが驚く暇もなく、それは肩部を展開しミサイルを射出する。
再び3発。1発でもカナリアを殺傷せしめる必殺の攻撃が放たれた。
「ウウウウウッ!!」
走るカナリアが狼のような唸り声をあげ身を屈める。
彼女の亜人種由来の健脚が姿勢を低くしたことでさらに発揮され、逃げ足を加速させる。
こと彼女の心体はここ数日の健康な食事と睡眠、そしてシンヤと共に潜り抜けた数々の死地の経験により洗練され、強くなっていた。
だが、それでも速度はミサイルの方が速い。
これが移動に纏わる才を持つ者であれば、同じ経験からより大きな成長を得て難を逃れることも出来ただろう。
しかし彼女は非才の身。そんな加護などありはしない。
押し迫る死の使いを突き放すすべを彼女は持たない。
「ウウウウウわあああああ!!」
だが彼女は諦めず走り続けた。
足が動く限りは、手が動く限りは、彼女に止まるという選択肢はない。
どれだけ不格好であろうと、無様であろうと、生き残るために足掻き続ける。
(間に、合って……!!)
時間にして10秒足らず。
走り続けてミサイルの着弾よりも先にカナリアは目的の場所へと辿り着く。
即座に滑り込み、回り込む。
それだけで3発のミサイルの内2発から、彼女は見事逃げきった。
ドンッ! ドンッ!
ミサイルはそれに着弾し、爆発する。
2発のミサイルは、カナリアが壁にした柱に命中していた。
「誘導弾、着弾……標的、回避!」
感情がないはずのゴーレムの言葉が、カナリアには悔しさを滲ませているように思えた。
倒壊を始める柱の傍で、カナリアは3発目の軌道へ油断なく目を向ける。
先程と同じように、残る1発のミサイルが遅れ気味にカナリアを追尾していた。
「はぁ、はむっ!」
カナリアは巻き上がる煙を吸わないよう事前に大きく息を吸い、頬を膨らませた。
準備は出来た。後は勇気を振り絞るだけ。
(これは、こう!)
迫りくる3発目に対して、カナリアはあろうことか砕けた柱の倒れる方へわざと身を晒すことで迎え撃った。
倒壊する柱の破片が、あやまたず彼女を追尾するミサイルと接触する。
ドンッ!
巻き起こる爆風、飛び散る破片。
カナリアは体の大事な部位を守るように身を丸くして転がる。
「……ッ!」
転がりながら、再びその身を軽く焦がし、傷つけていく。
一見して無茶無謀とも言える行動だったが、それは彼女が経験から学び実行に移した、精いっぱいの作戦だった。
曰く、どうすればより生き残る目が多いのか。
それだけを優先しての賭けだった。
「……ぷはっ!」
発生した白煙から転がり出て、彼女は溜めこんでいた息を吐いた。
煤だらけになったが、体はまだ動く。それで十分だった。
「ふんんっ!!」
即座に息を吸い直し、カナリアは再び疾走する。
今度こそ、彼女の足はシンヤの元へと向かう。
(さっきの攻撃はすぐには使えない。目から光線も出ない。なら、今しかない!)
自分の限界を超えた駆動に、心臓が早鐘を打つ。
母に晩が大好物のシチューだと呼ばれて全速力を出した時よりも速く足を動かしている。
苦しくて視界が歪んでも、鼻で必死に呼吸し酸素を取り込みながらカナリアは走る。
白い尾を揺らし、三角の耳を立たせ、全身全霊をここに賭す。
「ふんーーー!!!」
鼻息荒く駆け込んで、崩れた壁に、シンヤの元に、カナリアは遂に辿り着いた。
飛び掛かるように身を躍らせ、彼女はシンヤを探して瓦礫を駆け上っていく。
「シンヤ!」
果たして、そこにはボロボロの体で意識を失いなお、未だ死に抗い続けているシンヤがいた。
※ ※ ※
射出したミサイルは3発とも爆発した。
不全の魔力センサーが、遠くに上がる煙を探知する。
「対象、沈黙……」
常ならばこれで終わりだと、ゴーレムの思考回路は結論する。
だがこの時にゴーレムの抱いた解は異なっていた。
「対象、撃滅……否、否、否!」
あれは、生き残っている。
あれは、まだ倒れてなどいない。
これまでの累積した情報が、未だ決着には足りないと言っていた。
万にひとつの可能性を、ゴーレムは認めなかった。
「予測、演算……最適解、実行」
ゆえにゴーレムは、自らの役目を確実に果たすため。
「……射出!」
手に持っていた柱を放り投げた。
※ ※ ※
幸いなことに、シンヤの体は瓦礫の下敷きになっていなかった。
彼が直前まで練り上げていた魔力が力を失い霧散するまでの間、周囲の瓦礫を弾いていたのだ。
微かにその胸元は動いており、カナリアはシンヤが呼吸しているのを確認した。
「シンヤ! 起きて! シンヤ!」
「………」
砂礫の上で意識を失っているシンヤに向かって、カナリアは何度も声をかけるが返事はない。
揺すってみても、お腹を撫でても、反応はなかった。
代わりにカナリアの手に、べったりと赤い血が付着していた。
「シンヤ! お願い! 目を覚まして!!」
彼女はポーチからヒールポーションを取り出し、傷口にぶっかける。
「う……」
「シンヤ! 目が覚めたの!?」
「ん……ぐ……」
シュウシュウと音を立て体に出来ていた裂傷はいくらか塞がるも、変わらずシンヤの息は弱く、小さい。
意識も目覚めきっていないのか、開かれた目は虚ろで、何も見ていない。
(血を流し過ぎたんだ。スタミナポーションと気付け薬の丸薬を飲み込めれば……!)
続けて取り出した丸薬を無理矢理口の中に入れようとするも、カナリアはそれを躊躇した。
「このままだと喉に詰まらせるかも……飲み物と一緒に? でもこの大きさじゃ……」
今を切り抜けるための最善を探して、カナリアは必死に考えを巡らせる。
丸薬は噛んですり潰しておかないと十分な効果を発揮しない。なら自分がしなければいけないことはなんなのか。
「わううう……!」
考えて考えて、思い至った答えにカナリアは身を震わせた。
だが、迷っている暇はなかった。
「これは人命救助。ノーカウント! ……はむっ! んん!! にがひ」
カナリアは自ら丸薬を口に含み、それを咀嚼する。
「んっ、む!」
続けてスタミナポーションを口に含んでいくらか丸薬の成分を溶かし、
「……ふっ」
そのままシンヤに口づけし、中身を流し込んだ。
(お願い! 間に合って!!)
決死の看護。カナリアの献身。
その効果は間を置かずすぐに現れた。
「……!? ごふっ! ごほっ!」
「やった!」
無理矢理に飲み込んだ薬の力でシンヤは咽び、虚ろな瞳に光が灯る。
(俺は……? あれ、は……)
急に鮮明になっていく世界で、彼は最初に綺麗な黄金色を見た。
それは視線の先で揺れながら、けれど温かく輝いていた。
「シンヤ! よか」
「!?」
シンヤの復活を喜ぶカナリアの言葉が紡がれるその最中、それは来る。
ドズンッ!!
空高く舞い上がり、強烈な勢いをもって飛来する巨大物体。
遠くゴーレムより放り投げられた柱が、二人を巻き込みその質量をもって必殺する。
「対象、殲滅……!」
着弾を確認したゴーレムが、己の勝利を確信し声を上げた。
※ ※ ※
確かに完遂した。
ゴーレムは今度こそ、自らが役目を全うしたことを確信する。
万が一に備えた必殺の手も打ち、あれらが生き延びる目を尽く潰しきったと判断する。
後はゆっくりと対象の死亡を確認し、死体を消し、神の手による修繕を待つだけでいい。
あるいは神にもう用済みだと破棄されるかもしれないが、それでも構わなかった。
創造主の望むまま、己の使命を全うすることが存在意義であり、己はそれを成し遂げたのだから。
そう、成し遂げたはずだった。
「魔力センサーに反応、有!」
壊れたセンサーでも分かる、高密度の魔力反応。
それを生み出せる存在をゴーレムは認知していた。
とっくに死んでいるはずの者だった。
※ ※ ※
「どこまでも手を抜かないというのは、実に好感が持てるぞ」
「あ、わ、私。生きてる?」
シンヤは飛来した柱をウォーターカッターで割り裂いて、己とカナリアの身を守っていた。
致命の傷を負ったはずの体でゆっくりと立ち上がり、支えを失い地に伏せるゴーレムを遠くに見つめ不敵に笑う。
「し、シンヤ。大丈夫、なの?」
「ん? ああ、意識さえあればこれくらいはどうとでもなる」
ヒールポーションでは回復出来なかった背中の傷におののき心配するカナリアを、シンヤは笑い飛ばす。
「ヒール、リヴァイヴ、リジェネレーション……」
呪文が紡がれる度、彼の傷は癒やされ、さらに身の内から活力を湧き上がらせていく。
神魔法、火魔法、水魔法。似て非なる回復魔法の重ねがけが、相乗効果で彼の体を一気に全快させた。
「本当に、大したことないんだ……」
「カナリア」
常軌を逸したシンヤの魔法に呆けていたカナリアに、シンヤが不意に声をかける。
「へ? あ、な、何?」
「とりあえずこれだけは言っておく」
戸惑う彼女に視線のひとつもやらぬまま、彼は嬉々とした調子でそう前置きし、言った。
「認める。お前は有能だ」
「……!」
「本当に、心の底からそう思う。だから……後は任せろ」
「あ……」
突然の誉め言葉に驚き照れたカナリアも、続くシンヤの言葉に強く頷き、応える。
「……お願い! やっちゃって!」
「フライト!」
すべての傷を癒やしきり、シンヤは飛翔した。
「逆転の逆転、だな?」
急加速してゴーレムの元まで接近し、中空で静止しもはやまともに動けない相手を見下ろす。
「これで終わりにしてやるぞ」
語る段は過ぎ去ったと、シンヤはただただ淀みなく真っ直ぐな魔力を溢れさせ魔法を練り上げる。
不発に終わった大魔法。今度こそそれをトドメの一撃にするべく彼は取り出した杖を振るう。
「に、任務、遂行……!」
「億にひとつなどお前には許さん! 爆ぜろ、エクスプロージョン!」
「……!!」
シンヤの力ある言葉を鍵にして、大魔法は発動した。
強力な熱がゴーレムの装甲の表面を焼き、直後、爆発の衝撃にその体全体が圧し砕かれる。
「任……無ムMu務む……!」
容赦なく粉々に砕かれながら、ゴーレムは己が役目を全う出来なかったことを理解した。
それでも最後の力を振り絞り、銀の腕をシンヤへ向かって伸ばす。
だが、
「無駄だ!」
「GIgaGAガyga我ガ※×〇■▲ーーー!!」
シンヤの一声でさらに熱と圧を増した爆発に今度こそ圧し潰され、その機能は完全に停止した。
「……ふぅ」
爆風から身を守る風の障壁を解き、シンヤはそれの残骸を見下ろす。
バラバラになりほとんど原形を留めていないそこに、天使の面影は何ひとつとして残っていなかった。
「こんなところで俺は止まれないんでな。お前の守っていた物、頂くぞ」
もう動かないそれに向かって最期の言葉を贈る。
この勝利宣言をもって、ロワン地下迷宮、その深層における最大の戦いは終わりを告げた。
たった二人でダンジョンを攻略するという、おとぎ話もかくやという偉業が達成された瞬間だった。




