第17話 万にひとつ、億にひとつ 前編
銀鎧のゴーレムは、半壊してもなお動き続ける。
柱を支えにして立ち上がり、砕かれたモノアイを震わせ辺りを見回し、敵を探す。
もはやその目には何も見えていない。魔力を感知するセンサーもまともに機能していない。
だがゴーレムは記憶している。
倒すべき敵は二人いたと。
一人には致死の傷を負わせた。弾き飛ばし、遠く白亜の壁に激突させ、瓦礫の中へと埋めた。
しかしそれだけでは足りない。もう一人いる。
それは光線を受け止めて以降こちらから最も離れた柱の陰に隠れている様子だったが、今はどうだろうか。
ゴーレムにはこれを必ず見つけ出し、撃破する必要があった。
奥の宝物殿を侵入者から守る。
それこそが守護者たる己が神より賜った使命である。ゆえに、ひとつとして見逃しは許されない。
創造物として、創造主から与えられた命令は必ず果たされなければならないのだから。
「標的、サーチ……困難、否、遂行。……遂行!」
壊れたセンサーでも使える物はすべて使う。
それは人でいうところの執念でもって、己の役割を継続していた。
※ ※ ※
再び動き出したゴーレムの姿を柱の陰から窺いながら、カナリアは茫然としてへたり込んでいた。
ほんの少し前まであの怪物を圧倒し撃破しようとしていた強者は、今は瓦礫の中にいる。
頼みの綱の脱出手段だった転送石も砕け散り、手の中に少しの破片を残すばかり。
まさに絶体絶命。
正真正銘ただの村娘の出である彼女に打てる手は、何ひとつとしてなかった。
「ぁ、ぅ……」
小さな呻き声をあげ、視線は自然と、そして何度も一点を見る。
崩れてなんの反応も返さない瓦礫の山。その中に落とされてしまった、今の彼女に頼れるただひとつの救いだった者を。
「……シンヤはまだ、生きてる」
隷属の首輪はまだ外せない。
それはつまり彼が、シンヤがまだ生きているということに他ならない。
あれだけの一撃を受けても彼はまだ生きているのだ。今にひょっこりと起き上がり、ゴーレムにトドメを刺してくれるに違いない。
そんな淡い期待に支配されれば、涙目になりながらも瓦礫を見つめ続ける。
だが、そんな瞬間は当然訪れはしない。
どれほど待ったところで、瓦礫の中のシンヤから返事が来ることはない。
「……ねぇ」
首輪を撫で、焦れた様子を見せるカナリアが言葉を漏らす。
「ねぇって、ば」
だんだんとそれは大きくなって、胸を押さえた彼女の、腹の底から噴き出すように放たれる。
彼女の弱さが、焦燥が、それを口に出すのを抑えきれなかった。
「返事してよ! シンヤ!!」
「標的、認識」
だがその声はシンヤの耳に届くより先に、彼女の命を刈り取る死神に届いてしまった。
砕けた瞳に赤が灯り、留まりきれずに散っていく。
しかしその目は間違いなく、柱の陰のカナリアを捕捉していた。
「ぁ……!?」
「誘導弾、発射!」
己のしでかしたことにカナリアが気づいた時にはもう遅く、彼女を見つけたゴーレムは攻撃を開始していた。
右肩からミサイルが飛び出した。
両肩から一度に8発撃てたはずのそれは、今はシンヤの手によってたった3発しか撃てないまでに破壊されている。
だが、カナリアを殺すにはそれで十分だった。むしろ過剰だった。
「ひっ! ぃ、や!」
その時カナリアの腰が浮いたのは、生存本能からくるほとんど反射に近い行動だった。
「いやああ!!」
腰が浮けば、全力で走り出す。
迫り来るミサイルから必死になって逃げ始める。
ドンッ! ドンッ!
立て続けに2回の爆発が起こった。
それはカナリアの背よりもだいぶ高いところ、彼女の隠れていた柱にミサイルが衝突したことで発生した。
爆撃を受けたところからミシミシと異音を鳴らし、白亜の柱がへし折れる。
折れたところを起点に柱は砕け、逃げるカナリアにもその破片が迫った。
それが彼女の幸運だった。
ドンッ!
続く3回目の爆発は、最後尾から少し遅れ気味に迫っていたミサイルと、その破片が衝突することで巻き起こったのである。
「きゃあ!!」
発生した爆風に煽られ、カナリアの体が吹き飛ばされる。
それは熱でいくらか彼女の体を焼き、細かな破片が掠って肌を傷つける。
だが、彼女は生き残った。
「ひぃ、ひぃっ!」
白い煙の中で身を起こし、ほうほうの体でカナリアは走り、入って来た扉まで辿り着く。
「うう、うううう……開いて、開けぇー……っ!」
だがやはり、彼女一人の力では扉は動かず、開けることは出来ない。
「うぅー」
都合3回扉を開けようとして失敗し、カナリアは力なく扉を叩きへたり込む。
思い通りにならず気落ちしたが、同時に彼女はようやく落ち着きを取り戻した。
振り返れば遠く、ゴーレムが見失った彼女を探して再び首を振っている。
遠からずあれは、再びカナリアを捕捉するだろう。
(……あ、もう、本当にダメなんだ)
ポッキリと、何かが根元から折れる音がした。
(私、ここで死んじゃうのかぁ)
思いつくことはやった。けれどダメだった。
脱力してしまった体では、気が抜けてしまった頭では、これ以上何も思いつかない。
「……はぁー」
落ち着いた、落ち着いてしまった心が、知らず死ぬ準備を始める。
ここが終着点なのだと、折れた心のカナリアは納得し始めていた。
※ ※ ※
「標的、ロスト」
一度は見つけた生き残りだったが、仕留めきれなかった。
原因は撃ち出した3発のミサイルが、予測と違う動きをしてしまったせいだ。
各部破壊の影響は如実に出ていて、一度捕捉してしまえば逃がさないはずのセンサーは相手を見失ってしまった。
「標的の脱出、未確認」
必ずいる。まだ部屋から出てはいない。
扉は開いていないし、転送石や脱出魔法はここでは使えない。
「標的、サーチ……サーチ」
手にした柱を支えにして、一歩ずつ、ゴーレムは部屋を徘徊する。
まだ、任務は終わらない。終わっていない。
「対象、発見次第、殲滅……!」
ゴーレムが一歩を踏み出せば、それだけカナリアの死が近づいていく。
ゆっくりと、確実に。
死神はカナリアの元へと歩み寄っていた。
※ ※ ※
自分には何もない。
だから、しょうがない。
少しずつ距離を詰めてくるゴーレムを見つめながら、カナリアはぼうっと考えていた。
(どうせ死ぬなら一瞬で、痛くないのがいいなぁ……)
数日前、落とし穴に落ちた時は背中が痛かった。
ついさっき、こちらを狙って来たミサイルは熱かったし、飛んで来た破片は痛かった。
「プチッて、潰された方が楽なのかなぁ」
真正面から近づけば、片腕であってもあの柱を振るってくれるだろうか。
いっそその体でもって圧し潰してくれはしないだろうか。
そんな破滅的な考えに囚われる。
ゴーレムがまた一歩、また一歩と近づいてくる。
柱を支えに、半身になってもまだ、あの怪物は戦っている。
「シンヤは……まだ、生きてる」
なんとなく触れた首輪はまだ外れない。
あの瓦礫の中で、シンヤは今、何をしているのだろうか。
「あーあ、私がシンヤみたいに強かったらなぁ」
もしそうだとしたら、今すぐにでも空に舞い上がりゴーレムを打ち倒して、颯爽と彼を治療し鼻高々に勝利を笑えるのに。
「私じゃ、何も出来ない……し」
カナリアにはひとつとして才能がない。
この世界の神に愛された証である奇跡の加護は、自分には授けられなかった。
努力したところで人並が精々。生涯かけて特異な技術を身に着けたところで、その才能を持つ者とは比べるべくもない。
そんな自分がこの窮地を前にして、一体何が出来るというのだろう。
「私なんかじゃ、万にひとつを億にひとつへなんて、変えられないっての」
シンヤの期待には応えられなかった。
身を守る盾も、いざという時の備えとして託された転送石も、壊れてしまった。
自分に残された物なんて、何も……
「……ん?」
そこで、はたと気がついた。
軽く腰を揺する。
それは、カチャカチャと音を立てた。
「………」
触れる。
それを入れていたポーチを開き、中からいくつかを適当に掴んで取り出す。
緑色と、黄色の液体の入ったガラス管。そして、大きめの黒い玉をひとつ包んだ紙。
傷を癒やすヒールポーションと、気力を回復するスタミナポーション。それと、気付け薬の丸薬。
それは盾と転送石の他に、シンヤがカナリアに残した物だった。
「……えっ」
ぞくりと、彼女の背筋に寒気が走った。耳が、尾が、ボフリと毛を逆立たせた。
己の気づきに、理解に、何より怖気がした。
「……まさか……そういう、こと?」
カナリアは思わず視線を向ける。誰あろう、シンヤに向けて。
彼は変わらず瓦礫の中から動いた様子もなく、そして、死んでもいない。
そう、まだ死んでいない。
死んでいないなら、回復が出来る。
「は……はっ」
生を諦めていた心が、動かなくなっていた体が、彼に無理矢理叩かれた気がした。
「これ、私が怪我した時のために渡したんじゃ、なかったんだ……」
シンヤの行ないが徹頭徹尾誰かのためではなく自分のために行なわれていたと分かって、しかしカナリアは笑っていた。
ここ数日で彼の性根はある程度理解していたつもりだったが、これは実に彼らしかった。
「万にひとつを、億にひとつ、ね……」
きっと、彼は自分にそこまで期待していない。
最後まで生き汚く抗おうとしてはいるが、ダメならダメでいい。ダメならそれまで、自分が及ばないならそれまでだ。と、彼はある意味自分の命すら切り捨てている。
だからこんな、危険な賭けを嬉々としてやってのけるのだ。
(私みたいななんの才能もない、平凡な村娘を、本気で最後の命綱にしようってわけだ?!)
気づいてしまえば、もはやカナリアに否応はなかった。
生き残るすべがあるのだと分かって、可能性があるのだと分かって、彼女にそれをしない理由はない。
取り出した薬をポーチに戻し、彼女はしっかりとした足取りで立ち上がる。
新たに手に入れた目的に、最後の希望に、彼女はすべてを賭けることにした。
「辿り着けるかも分からないし、間に合うかも分からない。でも、やる!」
一度だけ、隷属の首輪をなぞる。
未だ外れる気配のないそれこそが、彼が最期まで抗っている証拠だった。
「死んで、たまるか……!」
そうしてカナリアは、決死の覚悟で戦場を駆け始めた。




