第16話 確信と油断
(正面方向に強いモノアイから放たれるビームに、デカく図体を活かした勢いがある格闘。おまけに死角すら狙えるミサイル攻撃。……厄介じゃあるが、相手の攻撃手段は聞いていた通りだったな)
一方的な攻撃を続けるゴーレムを相手に、シンヤは機を窺いながら分析を続ける。
光線の射線を外し、格闘の間合いをずらし、ジグザグに飛びミサイルの追従を躱す。
少しずつ、少しずつ。シンヤの動きから無駄が削られていく。
(ビームは距離が離れて、かつ見える相手を優先的に狙う。が、溜めがある分、分かってしまえば回避出来る。ミサイル攻撃は撃ってからの連携が怖いが、一発一発の威力は直撃しなければそうでもない)
「そして、格闘は……っと!」
足元まで踏み込んでいたシンヤに迫る踏みつけ攻撃。それをシンヤは見切り、最小の動きで回避する。
敵の主体である格闘による動きのテンポが分かってきたのか、その動作は遂にゴーレムから無防備な一瞬を引き出すに至る。
強敵との戦いの最中に得た知見による成長。
シンヤの【万能技術】が、目に見えてその効力を発揮していた。
「そら、お返しだ!!」
体術で優位を取ったシンヤが攻撃に転じる。
「エンチャントウィンド! 叩き切ってやる!」
手に持った片手斧に魔力の風を纏わせての一閃。足首の関節部に狙い澄ました一撃を加える。
表面をなぞるだけだった鎧面と違い、今度こそ有効な一撃となったそれは、ゴーレムのくるぶしを大きく切り開いていた。
「小規模破損!」
足に異常を起こし、ゴーレムのバランスが一時的に崩れる。
「調整開始、バランス、修正!!」
「まだまだ!」
即座に何事かの調整を開始し乱れた体勢を整えようと計算を始めたゴーレムに、シンヤが追い打ちをかける。
「どぅりゃああ!!」
先の攻撃の振り抜き様に一回転してからの、両手で斧を持った状態でのフルスイング。
魔法の効果も相まって派手な風切り音と共に叩き込まれた斧の刃先が、切り開かれたゴーレムの傷口を穿った。
「小……左足首以下、損、失……!」
傷つけたゴーレムのくるぶしを境に、真横からズドンとカチ割った。
整えようとしていたバランスが再び崩れ、ゴーレムはコントロールを失い右膝をつく。
「バランス修正、不能! シークエンス変更!」
「お次はこれだ」
壊れてしてしまった斧を捨て、次にシンヤが取り出したのは金属製のハンマーだった。
「エンチャントグランド! 叩き、潰れろぉ!」
飛び上がり、空中で縦に一回転しての強烈な振り下ろしを放つ。
土魔法の魔力を帯びて強化されたハンマーが、無防備の左肩に叩きつけられグシャリと強烈な破砕音を鳴らす。
「中規模、損傷!!」
気づけば、シンヤがゴーレムを完全に手玉に取っていた。
※ ※ ※
左半身に大きなダメージを負ったゴーレムは、倒れた際に羽の一部も破損してしまったのか見るも無残な姿となっていた。
対してシンヤは装備こそいくつも失ってはいるもののその身に負った傷は都度癒やされ、動きは未だ健在である。
(相性がいいって、一人で勝てるって、本当だったのね……!)
それを遠巻きに見ていたカナリアは一人、戦慄していた。
16人の手練れの冒険者を圧倒した守護者を前に、彼は最初を除いて一人きりで戦い、今まさに勝ちを得ようとしている。
知識を駆使し、経験を踏まえ、1対1ゆえに自由に振る舞い、相手を呑み込む。
「化け物……!」
とても同世代とは思えないその威容に、共に数日を過ごしたカナリアですら畏怖を覚えた。
「あ、あんな戦いに私が付いて行けるわけないって……!」
見ているだけで震えが走る。
戦乙女のゴーレムの敵意にだって、ただ盾を構え続ける以外に何も出来なかった。
それと五分以上に渡り合うシンヤはもはや、次元の違う存在だった。
「も、もう私にやれることなんてないわよね? じゃ、じゃあ、後は見つからないように隠れてれば……」
もう自分を守る盾はない以上、死なないためにはここにいる他ない。
下手に飛び出して扉を目指したところで、光線や追尾してくる爆弾に狙われたらひとたまりもない。
「お、お願いだから、そのまま勝ってね? ああ、闘争神コンフ様、彼に勝利を……!」
もはやとっくに自分の手から離れた戦場ではあったが、カナリアは関わることを辞めなかった。
せめて祈りが神に届いて彼の助けになればと、少しでも価値ある何かをしようと動き続けていた。
と、次の瞬間。
ドゥンッ!!
「わひゃんっ!!」
大きな爆発音がフロアに響き、カナリアは思わず自分の耳をパタリと閉じて塞いだ。
何が起こったのかと恐る恐る柱の陰から覗き見ると、空中に浮かぶシンヤと、床に倒れ伏す、モノアイを破壊されたゴーレムの姿があった。
「さぁ、これで終わりだ」
アイテムボックスから新たに杖を取り出したシンヤが、大掛かりな魔法を使うべく集中を始める。
光線の発射口が破壊された以上、後は破壊力のある一撃で決着をつけようとしているのだろう。
勝負は決した。
本当に、一人であれをやっつけてしまった。
「……すごい」
カナリアの胸は、自然と熱くなっていた。
信じられない現実を前に、圧倒的な力を前に、彼女はひと時だけ、善悪の区別を忘れる。
ただ、目の前で成し遂げられようとしている偉業を前に言葉を失い、見守っていた。
一介の村娘程度では絶対に見られない景色に、不覚にも、心を奪われてしまっていた。
「魔力塊、感知、迎撃……!」
苦し紛れにゴーレムが放つ3発のミサイルは、シンヤが頭上に作り出す熱の塊に近づいた時点で自壊する。
爆発し、発生した煙がシンヤを包み込むが、それが彼を傷つけることはないだろう。
「……あ!」
だが、遠巻きに見ていたカナリアは気づいた。
彼の身に、危機が迫っていることを。
「シンヤーーーーーーーー!!!」
果たして、彼女の叫びは煙の向こう、爆音の中に浮かぶシンヤへは届いていなかった。
※ ※ ※
「さぁ、これで終わりだ」
苦戦はした、消耗もした。だが、勝った。
シンヤは眼下で軋みを上げ続けるゴーレムを見下ろしながら、己の勝利を確信していた。
意匠を凝らした造形のゴーレムだったがその翼は見せかけ、機動力に見る物なし。
武装は潤沢、しかしそれも部位を破壊することで封じることが出来た。
守りも堅かったが、魔法と物理の複合攻撃で打ち破ることが出来た。
「火炎が通じなくとも、ハンマーで砕かれる以上は爆発への耐性はあるまい」
杖の先、頭上に作り上げたのは火魔法の中でも強力な爆発魔法であるエクスプロージョン。
完全な状態だったらまだしも、ここまで傷を負った状態でならトドメとして十分な力がある。と、シンヤは判断する。
「魔力塊、感知、迎撃……!」
苦し紛れだろう、ゴーレムが壊しきれなかった右肩の射出口からどうにかミサイルを発射する。
その数3発。ことここに至っては、シンヤにとって歯牙にもかけない攻撃だった。
「無駄だ」
ハッキリと告げる彼の言葉通り、シンヤを狙って放たれたそれらは、彼に届く前に自壊する。
シンヤの練り上げている規格外の魔力塊の影響圏に入った瞬間、その力に耐えかねて破裂したのだ。
煙が巻き起こり、一時的にシンヤの視界を奪うも、彼は全く動じなかった。
(ここはあいつの攻撃の射程外。ビームもなく、頼みのミサイルもこの様だ)
勝利は揺るがない。どころか今巻き起こった爆発のエネルギーすら、発動させる魔法の糧にする。
絶対の確信。魔力塊が煙を平らげたその時こそが決着の時だと、シンヤは息巻いた。
万が一はもはやない。
そう思っていた。
「……!?」
だから、その一瞬に対応することが出来なかった。
「なっ!」
直感が叫んだのは、己の危機。
戦いの中で自らに迫る敵意があると、第六感が反応した。
だが、それでは遅かった。
「がっ……!!」
晴れていく煙のその中から、横薙ぎにそれは振るわれた。
(はし、ら……だと!?)
シンヤの体を打ったのは、部屋に設置されていた柱の、その一本だった。
ゴーレムが、残された一本の手でそれを掴み、己の間合い以上の範囲で攻撃を仕掛けたのである。
それは部屋を飾るインテリアではなく、ゴーレムの武器だったのだ。
衝突と同時に、シンヤはミシミシという嫌な音を聞いた。
骨が軋み、筋が断たれ、体が引き裂かれるような痛みと共に彼の体に圧が掛かる。
逆らいようがない勢いに押され、シンヤの全身が弾丸のように弾かれる。
「……っ!!」
しばらくの浮遊感の後、背中に響く衝撃。もはや声も出なかった。
立ち消えそうな意識の中、辛うじて自分がどこかの壁に叩きつけられたのだと理解する。
「……ごはっ」
絶対に受けてはいけない一撃を、シンヤは受けてしまった。
ありえない万が一がその時起こり、形勢は逆転した。
(ヒール、いや、リヴァイヴ……ぐっ、意識、が……)
是が非でも回復魔法を唱えなければならないのに、体が言うことを聞かない。
霞む視界は赤く、それでも遥か遠くにある何かが動くのを捉える。
もはや半壊以上の傷を負ったはずのそれが、しかし確かに、立ち上がろうとしていた。
「まだだ、こんなところで……俺は、まだ……」
何度も何度も魔法を唱えようとしながら、うわ言のようにシンヤは呟く。
しかしそれも数回繰り返した後、彼の意識は闇の中へと沈み、戦いの最中で動きを止めた。
※ ※ ※
「あ、あ、ああ……」
現実に引き戻された。
夢のような英雄譚は終わりを告げ、ただ彼女にとっての絶望の時間がやって来る。
「ど、どど、どう……したら」
シンヤが敗北した。
柱を武器にすることで間合いを変えたゴーレムの一撃が、彼を強く打ち据え壁まで吹き飛ばしたのだ。
彼が壁とぶつかった時の衝撃たるや白亜の壁が砕け散り瓦礫になるほどで、いかに堅牢な魔法で守られた彼であろうと致命傷なのは間違いなかった。
負けた。
もはやあのゴーレムを倒せる者はこの場にはなく、残されたのは無力な自分ただ一人。
身を守る物を失い、ただ祈り見守ることしか出来なかった、なんの戦力にもならない無能しかいない。
「へ、ぇ!?」
さらにカナリアは見る。
半壊したゴーレムが、柱を支えにしながら片足で立ち上がろうとしているのを。
あれは、まだ戦えるのだと理解した。
「……あ、ああ!!」
恐怖に震える彼女の頭に浮かんだのは、逃走の二文字。
震える手でどうにかベルトポーチを開き、カナリアは転送石を取り出した。
まだ、ここで脱出することが出来れば彼も助かるかもしれない。
そんな一縷の望みをかけて、カナリアは転送石を使用する。
「お、お願い! 私達を入口に帰して!!」
カナリアの祈りが石に宿り、それが青い輝きを放ち始める。
効果を発揮し始めたことを示す合図に、彼女はほっと息をついた。
(よかった! これで帰れる!)
なんとかなる。そう思っていた。
だが、次の瞬間。
ピシッ!
「え?」
一瞬の出来事だった。
何か、外部からの力があった。
入口へ転送するべくカナリアを包み込もうと広がり始めた青い光が、急速に石の中へ押し戻された。
石は押し込まれる圧を受けるまま縮み、遂にはひび割れ、砕け散る。
「え、あ……」
ここに来て、カナリアは思い至る。
そもそもの話だ。
熟練の冒険者が16人もいて、それも深層の最奥を目指していたとして、転送石を持っていないなんてことがあるのだろうか。
ならばなぜ彼らは4人、扉の向こうに逃げ延びて、女神の手を使って脱出したのだろうか。
(ここじゃ、転送石が……使えない!)
気づいた時にはもう、遅かった。
脱出するための切り札は無残にも砕け散ってしまった。
カナリアが生き延びるには、あの閉じてしまった扉を開きその向こうまで行かなければならなくなった。
「は、ははは……あははは……!」
声を揃えて二人掛かりで開けたあの大扉を、一人で開いて逃げる。
それも、すでに起動してしまっている敵の目を掻い潜って。
「む、り……」
どうしようもない現実を前に、カナリアは膝から崩れ落ちる。
視線の先、遠く崩れ落ちた瓦礫の中に救いを求めても、なんの言葉も返っては来なかった。




