第15話 守護者
大扉を抜けた先でシンヤとカナリアを待っていたのは、白亜のドームだった。
天井は高く、奥行きも広く、その大きさは野球のスタジアムを彷彿とさせる規模で、人の背の倍ほどの高さから半球状にフロアを包み込む天井の造りからしても、それを想起させるのに十分だった。
「わ、まぶしっ」
「む……」
これまで暗色寄りだったダンジョンの石壁と違い、明らかに白く輝くそれにカナリアが目を閉じる。
シンヤも視界のすべてを失うような真似はしなかったが、眉を顰め目を細めた。
「うう、目が……え、わぁ……!」
光に慣れ始めたカナリアが、不意に感嘆の声をあげる。その視線は天井に釘づけになっていた。
(すごい、綺麗……!)
そこにはいかなる技術で描かれたのか、美しいとしか形容しようのない群像が彫刻されていた。
中央の光源となる魔力球を太陽として、それに手をかざす数多の翼を持った人、人、人。
(天使様だ!)
神の使い、天使を象ったそれらは、一人一人にモデルのいるかのような精巧な造形で彫られている。
彼らは皆一様に、光の恩寵を浴び喜びに満ちた表情を浮かべていた。
「ほぉー……」
「カナリア」
「ひゃわんっ! な、何!?」
「美術品に見惚れるのもいいが、後にしておけ。代償に命を払うことになるぞ」
「え、あっ!」
シンヤに指摘され、カナリアもようやくその存在に気づく。
(あれが、冒険者達が言ってたゴーレム?)
部屋の中央、そこに1体の彫像が片膝をついて座している。
身の丈10mはあろうかというそれは、白亜の部屋にポツンと存在する異物だった。
それは土塊の巨人と呼ぶにはいささかシャープなデザインで、見目は天使によく似ている。
だが天井に描かれた天使と違い纏うのはローブではなく、流線形美しき銀色に光輝く鎧であった。
遠目にも見える一つ目を除けば、その造形はカナリアに、物語に描かれし天使兵、戦乙女を連想させた。
「カナリア、床をよく見てみろ」
「床? ……っ!」
続けて指示されて、気づく。
自分の立っている場所からゴーレムに至るまでの白の道に、汚れがあった。
焦げた布切れの塵に、床に張り付く赤黒い染み。よく見れば何かの破片らしき物もある。
フロアに4本だけ建てられている部屋飾りらしき柱の周りにも似たような物があり、それがなんなのかは容易に想像がついた。
「こうなりたくなければ、盾をしっかり構えておけよ?」
「う……」
改めてここが死地だと思い知らされる。
この美しき空間は、神が用意した冒険者の墓場でもあるのだと理解して、カナリアは身震いした。
カチャカチャと、腰に携えたベルトポーチから音が鳴る。
中にはシンヤから受け取った各種回復用の水薬と丸薬、そして転送石が入っている。
『いざとなったら迷わず使え』
「……言われなくても、そうするんだから」
フロアに入る前にシンヤに言われた言葉を思い出し、カナリアは小さく呟く。
本来はこんなところに自分がいること自体、あり得ないことなのだ。
才能も何もない、ただの村娘だった自分がここまで連れてこられたのは運命の悪戯に他ならない。
そんな自分に出来ることなど、生き残るために必死になる以外に何があるというのか。
(ここでこいつが私を必要とした。その意味を見届けたら、私はすぐにでも逃げてやるんだから!)
深層の魔物の魔法を弾く、一日使い込んだ相棒の盾を手に、カナリアは頷く。
それにシンヤが頷きを返し、ゆっくりと前へと歩き出した。
巨像との距離が20mほどに迫った時、それは動き出す。
「ーーー敵性存在、確認。フロアプロテクト、発動」
よく通る機械音声がフロアに響き、次の瞬間開けっ放しでいた大扉がひとりでに閉じた。
「!?」
「大丈夫だ。さっきの奴らが出られたんだから力で開けることは出来る」
動揺するカナリアを諫めたシンヤの睨む先、ゴーレムが立ち上がる。
ひとつ目が赤く輝いた。
静謐な空気は破られ、張り詰めた気配漂う戦場へと変わっていく。
「敵性存在、殲滅開始」
「……来い!」
深層、その最奥にて。
シンヤ達と守護者たるゴーレムとの戦いが始まる。
※ ※ ※
「カナリア、あいつの目に注目しろ!」
抜き身の剣を横に向け頭に寄せた、霞の型に構えたシンヤが叫ぶ。
時を同じくして、ゴーレムのモノアイの周囲に赤い輝きがチラつき始めた。
「魔力、収束」
「ビームが来る! 盾で受けろ!」
「えっ!?」
シンヤの指示に反射的に従いカナリアは盾を構え、しかし疑問符を浮かべる。
(どうして私が狙われるって確信して……)
と、答えはカナリアの思考が完結するより先に与えられた。
「……インビジブルコート!」
「あっ!」
不意にシンヤの姿が風の中に溶け込むように見えなくなり、消失する。
大体の狙いをつけようとしていたゴーレムはシンヤの姿を見失い、結果、その視線の先にカナリアを捉えた。
囮にされたのは明白だった。
「ああああああああ!?!?」
カナリアの絶叫も、すぐに掻き消される。
「――発射!」
宣言と共に、ゴーレムの瞳から打ち出される赤色の光線がカナリアを撃った。
「いやああーーーー!!!」
轟音に包まれ、視界いっぱいに広がる赤にカナリアは泣き叫ぶ。
ほんの数cm先に、死があった。
盾では防ぎきれない熱が、彼女の肌をちりちりと焼いていた。
(あいつあいついあいつあいつあいつーーーーー!!)
こうなることが分かってて言ってたんだ!
カナリアは憤慨する。再三に言っていた盾を構えろという指示の意図を理解して。
だがその怒りもすぐに消え、彼女は絶望に飲まれ始める。
「あっあっあっあっ!!」
攻撃に耐えきれず、盾が融解を始めた。
守りが、命の綱が失われていく。
(死ぬ……!)
彼女が死を覚悟したのと、盾が破壊されたのと、攻撃が止まったのはほぼ同時だった。
「きゃあっ!」
最後に響いた弾けるような衝撃に声を上げ、カナリアは盾を放り投げる。
地面に転がったそれはもはや使い物にならないくらいに破損している。ちょうど今しがた見た、先駆者達の成れの果てと同じように。
「あ、は……」
「柱の陰に隠れてろ!」
「!?」
気を抜いてその場にへたり込みそうになったカナリアを、シンヤの怒声が奮い立たせる。
(何をいけしゃあしゃあとー……!)
カナリアは再び怒りをシンヤへと向けたが、当の本人はすでに、次の行動に移っていた。
ゴーレムの光線をカナリアが決死の防御で捌ききったその間に、姿を眩ました彼は距離を詰めていた。
姿を現し、続けて魔法を唱える。
「フライト!」
姿を隠すために纏っていた風が、今度は彼の体を宙へと飛び立たせた。
フロートと違い精密な動きが出来ない代わりに大きな加速を得る風の飛行魔法、フライト。
風の助けを借りたシンヤは一気にゴーレムの左肩上空へと飛翔する。
(ゴーレムは物理的な防御に優れていると言う。ならば、こうだ!)
空中で霞の型から上段に構え直したシンヤは刀身に魔法を付与する。
「エンチャントフレイム!!」
上層で見かけた女戦士の技に倣い、火の力を刃に込めた。
「おおおおっ!!」
急降下と共に振り下ろす。
刀身を越えて伸びた炎の刃が、ゴーレムの肩から袈裟切りにする。
が、
「ぐっ!」
断ち切るはずの炎の刃はしかし、ゴーレムの体の表面を撫でるだけに終わる。
わずかに痕こそ残ったが、有効なダメージが入ったとは言いがたかった。
(チッ。炎への耐性か? 想定よりも魔法への守りがあるか!)
地面に着地すると同時に、シンヤはフライトの加速を使って横っ飛びする。
直後、彼のいた場所に向かってゴーレムの張り手が打ち込まれていた。
「今のを直撃すれば守りなんて関係なくぺしゃんこだな! 固いし強いとは、化け物め!」
相手の拳の間合いから外れ、シンヤは悪態をつく。
チラと辺りを見回してカナリアが視界から消えているのを確かめると、即座に魔法を唱えた。
「インビジブルコート!」
姿を消す。
視認されない魔法の守りはゴーレムにも有効。それは証明されている。
(斬撃がダメなら貫通力で勝負するか。投擲用の槍に持ち替えて突き通す!)
次こそ有効打を与えるべく、姿を隠したままアイテムボックスで武器を入れ替える。
相手の守りが脆いだろう関節部を狙おうと決めたところで、シンヤはゴーレムとの位置を確かめた。
ゴーレムは、真っ直ぐにシンヤを見ていた。
(……なっ!)
「目標、魔力反応確認。発射!」
「うおおおお!!」
放たれた光線を寸でのところで躱す。
姿隠しの風はあっさりと引き剥がされ、槍を持ったシンヤの姿が浮き彫りにされた。
「あのゴーレム、魔力感知のセンサーまで持っているのか! さっきカナリアを狙ったのは狙いやすさの差だったか……!」
想定を上回る性能にシンヤの表情が歪む。
戦いの最中に分析しながら、すぐには狙われないようゴーレムの周囲を回り時間を稼ぐ。
しかし高性能を誇るゴーレムはそれを許さない。
「誘導弾、発射!」
「くっ、来たか!」
肩鎧のパット部が持ち上がり、そこから左右合計8発、円筒状の弾が射出される。
「どう見ても、ミサイルだな!!」
それはしばらく天井に向かって飛び上がった後、不意に一部の部品を破棄し行動を開始する。
モノアイの視界外にいようがお構いなしの鋭い狙いで、ミサイルはシンヤへと殺到した。
「おおおおおっ!」
飛び跳ね、空を駆け、シンヤはミサイルの追尾を躱す。
幸いにもそこまで追尾性は高くないのか、ミサイルは一発ずつ、小規模な爆発を起こし消えていく。
「五つ! 六つ! 七つ!!」
残りは一発、というところでシンヤにゴーレムの魔の手が迫る。
「同時か!」
遠心力の乗った腕の大振りと、最後のミサイル一発がシンヤを狙う。
両方は躱せない。とっさにそう判断したシンヤは空中で切り返し、ミサイルに向かって槍を投げた。
穂先がミサイルを捉えたその瞬間、爆発が起こる。
「ぐっ!」
その中に飛び込む形になったシンヤは、数多の守りを突き破る衝撃に弾かれた。
きりもみして落下する。
「フ、ロート!!」
ギリギリのところで浮遊の魔法を発動させ、どうにか体勢を保つ。
だがその体は至る所に傷を負い、血を流し始めていた。
「シンヤ!? 大丈夫なの!?」
遠く、柱の陰から顔を出してカナリアが叫ぶ。
見えてはいないが、きっと心配そうな顔をしているに違いないと、その時のシンヤは思った。
だからというわけではないが、彼は吼えるような大声で返事をする。
「なんてことはない! 大体は読み切った!」
叫び、即座に神魔法のヒールで傷を治すと、アイテムボックスから片手斧を取り出し身構える。
「天使を象っている割にメカメカしい奴め。そろそろ反撃させてもらうぞ」
傷を負い、一旦は追い詰められてなお、シンヤの戦意には一点の揺らぎもない。
「お前をぶっ壊すにしろ手に入れるにしろ、死力を尽くしてやる!」
むしろ眼前にある力の権化に、己の可能性を見たかのように心を躍らせていた。




