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第14話 深層にて


 ロワン地下迷宮、深層。

 そこはもはや、魔境と呼ぶにふさわしい場所だった。


「おおおおお!!」

「うわあああああ!!」


 雨あられと飛んでくる魔法で作られた火の矢土の矢氷の矢。

 それらから全速力で逃げ回り、シンヤとカナリアは深層を駆け抜けていた。


「まさか、深層の魔物がこれほどまでとは!」

「帰ろうすぐ帰ろう今すぐ帰ろうお願いします転送石を使ってーーーー!!」


 深層に現れる魔物は、これまでとはある点でまったく異なる動きを見せていた。


(まさか、魔物同士で連携してくるなんてな!)


 これまで戦ってきた魔物は大体が単体で動いているか、複数体現れたとしても協調するでもなくそれぞれが勝手な判断で動き回る、良くても群れといった程度の行動しかしてこなかった。

 だが深層の魔物は異なる種類の魔物達が一塊となり、役割を分け、連携し、知恵を使って襲ってくる。

 最初に出会った魔物は前衛と後衛に分かれ、力押しする前衛を後衛が回復するという連携を見せてきた。

 次に出会った魔物は変形能力を使って別の魔物の武器になり、より高度な攻撃を仕掛けてきた。

 そして今も複数の、マージと呼ばれる種類の魔物達が連携し、各々が得意な魔法を駆使してシンヤ達を追い立てている。


「火の矢」

「土の矢」

「氷の矢」

「また来るぞ!」

「ひっ」


 魔法の集中砲火の前にはなすすべなく、ただただ逃げ続ける。

 知恵と連携という絶対的だったアドバンテージを失った今、シンヤ達はただ二人の勢力である。

 勢力同士の戦いなら数の勝る方が有利という当然の帰結でもって、彼らは順当に追い詰められていた。


「どどどどうするのシンヤ!? このままじゃ私達殺されちゃう!」

「そうだな」


 なんとか曲がり角の先で身を潜め敵の攻撃をやり過ごしたシンヤ達だったが、状況は好転していない。

 中層に戻ろうにも、階層を切り替える縦穴からは大分離されてしまっていた。


「とりあえず……」


 曲がり角の先にもまだ通路があるのを確認し、シンヤは告げる。


「今は逃げるぞ」

「うわーん!」


 死にたくない二人はその時初めて息ぴったりに行動していた。


   ※      ※      ※


 深層に潜って2時間ほどで、シンヤとカナリアはボロボロになっていた。

 重ねがけした守りの魔法も多重に迫りくる攻撃の前には耐えきれず打ち破られ、装備も損耗が激しい。

 走り続けて息は切れ、それでも走って逃げ通して、なんとか安全そうな小部屋に隠れてやり過ごす。


「も、無理、死ぬ……死んじゃう!」


 己の限界に弱音を吐くカナリアに対して、しかしシンヤの浮かべた表情は笑顔だった。


「そろそろ、慣れて、来たな……!」

「へぁあ!?」

「敵の構成にはパターンが、はぁ、ある。おそらく、役割分担とダンジョンの構造上の問題、だろう」


 息も切れ切れだったが、シンヤの瞳はギラついている。


「得意とする技術、魔法と、その使い方の特徴もなんとなくだが分かってきた、ぞ!」

「う、嘘でしょーー!?」


 この期に及んでシンヤは、深層の探索を諦めていなかった。

 むしろ追い詰められたことで彼の中の闘争心に火が点いたらしく、先程までとは明らかに違うテンションで部屋の外を睨んでいた。

 さながらそれは、分の悪い賭けに嬉々としてすべてを賭けて飛び込む勝負師のような、狂気の瞳で。


「次からはこうはいかん。必ずあいつらを潰して、超えていく」

「ちょ、ちょっと。私まだ……」

「何やってる。もう考えはまとまったんだ。お前は黙って付いてこい!」

「……この、落ち着けぇ!」

「!?」


 乾いた音が響く。

 冷静さを欠いていたシンヤを止めたのは、カナリアの全力の平手打ちだった。


「私、死にたくない! 簡単に切り捨てられるのだって、もういやなの!」


 思考停止したシンヤの肩を掴み、カナリアは泣きながら訴える。


「どうせ使うなら最後まで冷静に、シンヤの全力でどれいを活かしなさいよ!!」


 認めたくないが、そうしなければ生き残れない。

 この瞬間はカナリアの方が冷静で、何より生きることに貪欲だった。


「なんでこんな無茶してるのか分かんないけど、無茶する理由があるんでしょ!? だったらせめて絶対成功させてやるってくらい余裕ぶってやりきってよ!」


 言っていることは無茶ぶりもいいところだが、それでも言葉はシンヤに届く。

 自分の中に滾っていたギラついた感情がゆっくりと落ち着いていくのを、彼は確かに感じた。


「……そう、だな」


 落ち着いたところでようやく気づく。

 カナリアは全身ボロボロで、ところどころ服が焦げていたり髪も尾もぼさぼさになってしまっていた。

 もう少し無理をして動いていたら、自分はともかく彼女は命を落としていたかもしれない。


(使い捨ての駒にするには惜しいと、そう思っていたのは俺だったな)


 知らず、より強い力に対して必要以上に反骨心を燃やしてしまっていた。

 勝つために手段を選ばないのは変わらないが、同じ勝ちならより自分に利する形で得る勝利の方が断然価値がある。


(強い力が欲しいと思っていたが、とりあえずひとつは手にしていたんだな)


 命の危機をとりあえず回避したと分かってか、へなへなと脱力して泣き崩れるカナリア。

 そんな彼女を見下ろしながら、シンヤはこれからどうするべきかを考える。

 冷静になった分、思考はより冴え渡っていた。


「自分で言ったんだ。覚悟は決まってるんだな?」

「……うん」


 問われたカナリアは顔を上げる。彼女の瞳からはもう涙は出ていなかった。


「なら協力しろ。お前の力が必要だ」

「……分かった」


 シンヤの差し伸べた手を取って、カナリアはしっかりとした足取りで立ち上がる。


「私の命、今だけ預けるから。ちゃんと活用して」

「任せろ」


 窮地の中見つめ合う二人には、主人と奴隷というだけでは収まらない、新しい絆が生まれ始めていた。


   ※      ※      ※


「盾の使い方には慣れたな? それは前に持たせていた奴と違ってサイズが小さいが、魔法に対してもある程度抵抗出来る造りになっている」

「うん……」

「深層でお前の前衛能力にはもう期待していない。お前が気をつけるべきは後衛からの攻撃だ。しっかりと敵の攻撃の軌道を見て、そこに合わせて盾を向けろ。自分の身は自分で守れ、いいな?」

「うん、分かった」


 探索を再開する前に、シンヤとカナリアの二人は綿密に打ち合わせをしていた。

 シンヤは彼女の学習能力を信用し、自分が知り得た情報や知識を惜しげもなくカナリアに与える。

 カナリアも生き残るために必要なことだと、向けられた期待に対して全力で応えた。

 長めの休憩も兼ねたミーティングを終え、二人は遂に出発する。


「出来る出来るやれば出来る頑張れ頑張れ出来る出来る私は出来る……」


 これまでとは挑む難易度も、求められる行動のレベルも違うとあって、カナリアは緊張している。

 そんな彼女に対してシンヤは支援魔法を重ねがけしながら、不意打ちに彼女の尻を叩いた。


「わひゃんっ!?」

「ほう」


 思っていた以上に愛らしい声が出て、シンヤは唸る。


「な、なななななな!?」

「なるほど、これはいい声で鳴いてくれそうだな」

「ちょ、本気で何言ってるのよ!」


 顔を真っ赤にして耳も尻尾も総毛立たせるカナリアに、シンヤはますます彼女のことを気に入る。

 とにもかくにもからかい甲斐があるこの狼人を、時間をかけて自分好みに仕立て上げるのも悪くない。

 今のシンヤはそんな未来を思い描くくらいには思考に余裕を持てていた。


「っていうか、シンヤって妙に手慣れてない?」

「お望みなら手解きしてやってもいいぞ?」

「っ! い、いらないから!」


 もはや完全に優位に立った物言いに、カナリアが顔をますます赤くしてじたばたする。

 それはこれから困難に立ち向かおうとするにしては余りにも気の抜けたやり取りだったが、二人共に調子を取り戻したがゆえの動きだとも言えた。


「俺に落ち着けといったのはお前だ。お前が落ち着かなくてどうする」

「シンヤの分まで私が落ち着かなくなってるの。か、感謝しなさい!」

「景気づけに一発、躾はいるか?」

「い!? いらない!!」


 口論しながら、けれど油断なく回りを確かめ歩みを進める。

 ほどなくして先程撒いたマージ達を発見し、二人は顔を見合わせ頷き合った。


「3、2、1……行くぞ!」


 合図と共に駆け出す。

 敵の視界に躍り出るまま一気に距離を詰め、武器の届く間合いに入る。


「! 火の矢」

「土の矢」

「氷の矢」


 気づいた敵が即座に魔法で応戦してくる。

 迫り来る魔法の矢を、シンヤは張り直した防御魔法の硬さに任せて突進する。

 ただの矢弾なら逸らすことの出来る風の膜も、魔法の矢相手では効果を鈍らせ貫かれる。

 チリチリと火に焦がされ、氷に切り裂かれ、飛び散った土くれに痛みを覚えながらもシンヤは駆ける。


(距離を詰めてしまえばこいつらは敵ではない!)


 弾幕を掻い潜り、遂にはマージ達の懐まで踏み込みきって、シンヤは吼えた。


「おおおお!!」


 横断する。

 踏み込んだ左足を軸にしてしなやかに腰を捻る。大きく振るわれた刃がマージの纏うローブを切り裂いていく。

 ローブの中は空洞で、しかし確かに何かを切り捨ててシンヤの剣は振り抜かれる。


「ギヤアアアアア!!」


 火の矢を放っていた1体が断末魔を上げて煙になった。

 仲間を殺され、残るマージ達の狙いが一斉にシンヤへと向けられる。


「わあああああ!!」


 そのタイミングでカナリアが叫び声をあげ突進した。

 意識をシンヤに向けていたマージ達は突然のことに驚き、反射的にカナリアを見る。


「やはり思考は単純、だな!」


 それだけあれば、シンヤが返す刃でもう1体を切るのに十分だった。


「ギヨオオオオオ!!」


 背中からバッサリと切り裂かれ、土の矢を放つマージが煙になる。

 残るは1体、氷の矢を放つマージ。


「氷の矢!」


 それはシンヤが1体を屠る間に、カナリアに向かって矢を放っていた。

 が、


「んっ!!」


 それをしっかりと見ていたカナリアは、迫る魔法の矢に向けて手にした表面に文様の刻まれた盾を構える。

 それは魔法に反応し文様を輝かせ、矢を受け止めた。


 パァンッ


 派手な音を立てて、受け止められた魔法の矢が弾かれる。

 盾の効果で抵抗され、氷のマージの一撃はなんの成果も得られない。


「シンヤ!!」

「おおおおお!!」


 氷のマージに次の行動は許されなかった。


「終わりだ!」


 袈裟切りにされた氷のマージは、練り上げる最中だった魔力を大気に散らせながら、他の2体と同じように煙になった。


「ふぅ……」

「やったの?」


 駆け寄るカナリアは無視してシンヤは周囲を油断なく見回す。

 こういう時にこそ不意打ちを警戒しなければならない。ここの敵はそういうこともしてくると予想しての動きである。

 だが、彼の考えているような状況にはならなかった。


「どうやら、勝てたようだな」

「本当に、勝っちゃったんだ……」

「ちゃんとした作戦があって状況が選べるなら、そも負ける道理はない」

「へー」


 シンヤの言葉をいまいち理解していない様子のカナリアだったが、不意にふにゃりと笑って頷く。


「やったね」


 それは純粋に勝利を喜ぶ言葉だった。


「……そうだな」


 シンヤとしてはこの状況で気を抜くなと言いたいところだったが、不思議とその言葉には悪い気がしなかった。


   ※      ※      ※


 マージ達との一戦以降、二人は正しく連携するようになり、深層の敵と渡り合っていく。

 急ぎ過ぎず、一歩一歩。歩調を確実に合わせていきながら、危なげなく探索を続けていく。


 そうして一日が過ぎた頃、二人はそこへと辿り着いた。


「これは……」

「だ、大丈夫!?」


 高さ3mはあろうかという大扉の前で、4人の冒険者が座り込んでいた。

 皆それぞれ立派な装備を持ち、いずれも経験豊富そうな、熟練の気配を感じさせる風貌の者達である。

 だがしかし、彼らの表情は一様に暗く沈み込み、絶望に染まっている。

 ただ事ではないと思いながらも問いかけたカナリアに対して向けられた視線も、どこか虚ろだった。


「キミは、亜人の奴隷。なのか?」

「そういうのは今いいから! 何があったのふわうっ!?」

「俺がこいつの飼い主だ。扉の向こうで何かあったのか? 教えろ」


 ややこしいことになる前にカナリアを押さえつけ、シンヤが問い質す。

 鋭い眼光に睨まれてわずかに正気を取り戻したのか、問われた戦士風の男はぽつりぽつりと語り始めた。


「俺達は今回、16人編成で最奥の探索に挑んだんだ。だが、この扉の向こう。そこに居た奴にやられて、このザマだ」

「4人しかいないな?」

「ああ、残りの12人はみんなこの扉の向こうさ」


 その言葉の意味することは言われずとも分かる。

 言葉を失い扉を見つめるカナリアをよそに、シンヤは聞くべきを聞き続けた。


「どんな奴だった? 何をしてきた? どういう被害に遭った? 詳しく話せ」

「どでかいゴーレムだ。だが、鈍重で硬いだけの奴じゃない。そいつは離れた場所からも攻撃してきたんだ」

「遠距離攻撃か」

「ああ、そうだ……」


 シンヤは男から可能な限り話を聞いた。

 この如何にもな扉の向こうには恐ろしい化け物がいて、大勢の熟練冒険者を蹴散らしたという。

 その攻撃手段も多彩。殴る蹴るに限らず肩からある程度の追尾性を持った弾を放ち、モノアイからは光線を打つ。まさしく1体で兵器と呼ぶにふさわしい暴れっぷりだ。

 実際に体験した男の言葉には重みがあり、その表情からどれだけ絶望的な存在なのかはよく分かった。


「俺達は、そこの女神の手から脱出しようと思う」

「現実的だな」


 大扉のあるこのフロアには、図ったかのように女神の手が、それも分かりやすく中央に設置されていた。


(如何にも、無理なら逃げていいのよ、といった風だな)


 もはや戦える状態ではない4人の冒険者には何も出来ない。

 彼らは今噛み締めている苦汁を、敗北感を土産に撤退するのが賢い選択だとシンヤは判断する。

 生きてさえいれば、再起の目はあるのだから。


   ※      ※      ※

 

「お前も、仲間達が合流したら撤退をした方がいい。この奥にいる奴はどうしようもない相手だ」

「……そうか」

「ああ、くれぐれも、若い命を投げ出すことのないようにな?」

「そうだな」


 親切心から助言してきた冒険者に生返事を返しながら、シンヤは撤退する4人を見送る。

 女神の手はひとつのパーティーを転送し、その姿を消した。次に復活するには30分ほど時間がかかるだろう。


「………」


 カナリアと二人、ダンジョンの中に残されて。しばしの沈黙がフロアを包む。


「……ねぇ」


 沈黙を破ったのは、カナリアだった。


「一応聞くけどさ」

「ああ」

「女神の手が復活したら、帰らない?」

「断る」


 即答され、カナリアはもう反論する気力もない様子で深いため息をつく。


「……行くの?」

「ああ!」

「なんでそんな、目をキラキラさせてるのよ?」

「そりゃ、間違いないからだろう」


 心底嫌そうな顔をして尋ねるカナリアに、シンヤは嬉々として答える。


「そのゴーレムを倒すか、あるいはその先に。間違いなくこれまでで一番価値のある物が眠っているからだ」

「そりゃ、そうだろうけどさぁ……」


 予想通りの答えにカナリアはへにゃりと地べたに座り、足を揃えて折り曲げ膝の間に顔を埋める。

 力なく尻尾が揺れ、黄金色の瞳がちらりとシンヤを見上げた。


「勝てるの?」

「分からん。が、勝つ」

「今度こそ本当に死んじゃうかもしれないのよ?」

「こんなところで死んでたまるか」

「いやいや、普通に人手も足りないし死んじゃうって」

「俺はそうは思わんな」

「……なんで?」

「おそらくだが、そのゴーレムとやらと俺は相性がいい。なんなら一人でも勝てる気がする」

「ええ」

「だが万が一、俺が死の危険に瀕した時のフォローが欲しい」


 シンヤがカナリアの前で屈み、じっとその目を見つめて言う。


「手を貸して欲しい」

「う……」

「カナリアのフォローがあれば万にひとつは億にひとつになる」

「う、ぐ……」

「お前にしか出来ないことなんだ。俺を助けてくれ」

「うう~~……」


 丁寧に、そして真摯にお願いされ、カナリアは歯を食いしばる。


(こいつのこれ、間違いなく私に通じると思ってるからやってるのよねー……)


 シンヤの行動から感じる打算が、彼女に素直にうんと言わせられないしこりになっていた。

 だが。


「……私、死なない?」

「当然だ。その証拠に、これをやる」

「え……これって」


 シンヤに渡された物を見て、カナリアの目の色が変わる。


「転送石……!」

「いざとなったら迷わず使え。俺が死んだらお前は自由だ。こんなところにいる必要はないからな」

「そん……!」

(そんな言い方、しなくていいじゃない!)


 言いかけて、押し黙る。


(あっぶない。今のじゃ、私こいつの手助けしたがってるみたいになるところだった!)


 逃げられるなら、自由になれるなら、それに越したことはないのだ。

 本当なら今すぐに使いたかったが、転送石が効果を及ぼすのはパーティー単位。主従を結んだ相手が近くにいる以上、自分が使えばシンヤにも効果が及ぶ。

 彼がピンピンしている時に使ったら、後が怖い。


「……本当に、いざとなったら使うからね?」

「それでいい。それがお前を一番有効活用出来る方法だからな」

「………」


 彼は自分の身を案じてくれているのだろうか。カナリアは訝しむ。

 だが考えたところで、自分の頭ではすぐには答えが出せそうになかった。


(忘れちゃダメよ。こいつは悪い奴。私を助けたフリして奴隷にしてこき使ってる奴なんだから!)


 話し込んで、連携を重ねて、シンヤの人となりに触れはした。

 だがまだ、いやだからこそ、彼の中の悪性をカナリアは理解し、警戒する。


「っていうか、本当に挑むの?」

「もちろんだ」


 無邪気な瞳で大扉を見つめる姿は、何も知らない者が見れば未知の冒険に挑む勇気に溢れた若者に見えるだろう。

 だが彼女は知っている。彼が見ているのは冒険ではなく、その果てに手に入る物品であることを。

 そのためとあれば、他者を使い潰すことすら迷いなくしてみせるだけの我欲があることを。


「……分かった」


 それでも、カナリアは承諾する。

 どうしようもなく悪い人だと感じていても、その人が正道を行き命を張るというのなら見捨てられなかった。

 無謀に思える挑戦にも、自分が役に立ちそれが成功の一助になるというのなら、やるべきだと思った。

 臆病だが彼女はやはり善人で、それゆえに、シンヤに利用されていた。


「よし、なら行くぞ」

「うん」


 こうして二人は、無謀の極みともいえる挑戦をする。

 ロワン地下迷宮深層、そのボスに、たった二人で立ち向かう。


「せーのっ」


 二人で大扉をゆっくりと押し開き、中へと入っていく。

 あるいは堂々とした、あるいは震える二つの背中が部屋を跨ぐ境を越えた、その直後。


 ―――フォンッ


 女神の手は図ったかのようにその姿を現し、再び己の職務を再開するのだった。

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