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第13話 楽しいダンジョン探索


 ロワン地下迷宮、中層。

 初心者向けとも評され数多くの冒険者が腕試しに挑む上層とは違い、ここからはまさに決死の探索行である。

 徘徊する魔物の中にも人間と同じく【才能】を有する者が見られるようになり、同じ種であっても違う技を使う可能性を考慮する必要が出てくる。

 幸いにも魔物の場合、それらの個体は色や体の部位などに変化があるため見分けがつき、識者の間で研究も進んでいるため、知っていれば対策することが出来る。

 つまりここからの安全確保は、いかに敵を知っているかの知識量が物をいう領域になってくるのだ。


「ねぇ、ちょっと。これ、本当?」

「ああ、本当だ」


 中層に挑む冒険者は最低でも8人から16人程度でパーティーを組む。それが常識である。


「私、何の才能もないのよ? 戦いだって得意じゃないの」

「ああ」


 だが、そんな彼らがいかに装備を整えようと、いかに研鑽を積んでいようと、一歩間違えれば壊滅する。

 中層は常に危険と隣り合わせであり、上層以上に気を引き締めてかからねばならない。


「じゃあどうして……」


 そんな中層の通路上、大きな盾を構えて白い毛並みの狼人の女が叫ぶ。


「私が矢面に立たされてるのよーーーーー!!!」

「バオオオオオオ!!!」


 狼人の女――カナリアの悲痛な叫びは、通路正面をギリギリまでみっちりとその体躯で埋め尽くしている巨人の叫びと、拳が空を切る音に掻き消された。


「いやーーーーーーー!!!」


 拳を盾で受け止めるも、衝撃に吹き飛ぶ。

 カナリアは非才の身。防御のコツなど閃きもしないその体では盾ごと吹っ飛ぶ以外の選択肢はなかった。

 だが、それで十分だった。


「その隙を待っていた!」


 巨人の腕が伸び切ったそのタイミングで、吹き飛ぶカナリアの下を潜るようにすり抜ける男の姿があった。シンヤだ。

 風のように素早く巨人の懐に潜り込み、硬質的な肉体に刃を擦りつける。

 生中な攻撃では刃の方が断ち折れるだろう鋼の腹に、しかし擦りつけた刃は沈み、赤い線を引く。


「はぁっ!」

「っぐがあああああ!!」


 剣を振り抜いたところで、巨人の腹から鮮血が噴き出した。


「おまけだ。取っておけ!」


 軽やかに身をひるがえしたシンヤが手をかざし、巨人の傷口に手の平を押しつける。


「ウォーターカッター!」


 彼が素早く呪文を唱えた次の瞬間。手の平から放たれた水刃が巨人の胴体を両断した。


「ぐおおおおおおおお!!」


 断末魔を上げ、巨人の上半身が床に落ちる。

 土煙を上げて伏したそれは、もうピクリとも動かなくなった。


「ふぅ」


 血飛沫をあげる巨人の下半身を蹴り倒し、シンヤは浴びた返り血を拭う。

 中層でも凶悪な攻撃力を持つといわれている巨人の魔物――ギガンテンを、たった二人で討伐する。

 そんな大戦果を手にして満足げに笑う彼は。


「なんで、なんで私生きてるの!?」

「あれだけ守りの魔法を重ねがけしたんだ。ここくらいまではなんとかなる」


 目の前の現実を未だに受け入れきれていない自らの奴隷に、にやりと意地の悪い笑みを浮かべていた。


 ロワン地下迷宮の中層を、たった二人で探索する。

 そんな熟練の冒険者も真っ青な無茶に過ぎる強行軍も、こと彼にとっては楽しいリスクゲームのようだった。


   ※      ※      ※


「未だに信じられないわ……」

「未だにか? さっきので実感しただろうに」


 ギガンテンが塞いでいた道の先を二人並んで歩きながら、ぶつぶつと言葉を零し続けるカナリアにシンヤは苦笑する。

 彼女が考え事をしている時、その耳と尻尾が動き続ける癖を見つけてからは、それを見るのも中々に楽しかった。


「私、あなたが色々な属性の魔法唱えてる時、出来もしないことをとりあえず言ってるおまじないか何かだと思ったもの」

「なるほど」


 シンヤの【万能魔法】を駆使しての支援魔法の連発は、普通では考えられない状況である。

 才のない者が同じことをしようとすれば、その習得のためだけに人生の大半を捧げることになる。

 今年で16になるカナリアの、そのひとつ下の彼がそれを容易くやってのけている現実に、彼女はただただ困惑していた。


「それにこの盾。いきなり取り出された時はびっくりしたわ。アイテムボックス、だっけ?」

「ああ、これだな。アイテムボックス」


 カナリアの問いかけに応え、シンヤがそれを実行する。

 無造作に伸ばした手の先が、突如として宙に波紋を作り水の中に沈むかのように視界から溶け消える。

 時間にしてほんのわずか。再び波紋を作って引き抜かれた手には、真っ赤に熟れたリンゴが握られていた。


「ん」

「……これ、食べても平気なの?」

「買ったのは4日前だが大丈夫だ」


 そう言うとシンヤは、カナリアの目の前でリンゴをガブリと大口で噛んでみせる。

 シャキシャキとした新鮮な物が出す音と、甘い香りがカナリアにも届けられた。


「入れられる物の大きさに制限こそあるが、それさえクリアすればいくらでも物が入る便利な魔法だ」

「そうね。覚えられたらすごく便利でしょうね」

「そうだな。人や動物も入れられたらよかったんだがな。アイテムボックス(こいつ)には好みがあるらしい」

「うんー聞こえないー」


 無属性魔法、アイテムボックス。

 これに限らず無属性魔法というのは習得が難しいと、カナリアは以前聞いたことがあった。


(マテリアルの6属性どころか無属性魔法すら操るなんて、やっぱりこいつ、才能あるのね)


 こともなげにとんでもないことをやり続けるシンヤに、カナリアは苦虫を噛み潰したような顔をした。

 現状どうしたってこの男から、自分が自由を勝ち取る未来が見えなかった。


「そんなに食べたかったのか。仕方ないな……食いかけでいいならやるぞ」

「いらない!」


 いらぬお節介で差し出された食べかけのリンゴを拒絶し、カナリアは先行する。


「あ」


 と、シンヤが口にしたのも束の間。


「えっ」


 ばくんっ。

 イソギンチャク型の魔物による天井からの奇襲に、カナリアはなんの抵抗も出来ず頭から食べられた。


「いやーーーーー!!」

「ああ、見えていなかったのか」

「分かってたんなら教え、もごご! なさいよー! きゃ、何!? やだ!」


 さらにぬとぬとした触手に絡め取られて嬲られ始めた彼女を見上げ、シンヤは感嘆の声を上げる。


「なるほど、これが世に言う触手プレイか」


 彼は、次々と面白いことになる彼女のおかげで、ちょっとだけはしゃいでいた。


「変なこと言って、むご! ないで、ひゃんっ! 助けダメそこはダメーーーーー!!」

「ははは」


 カナリアの悲痛な訴えも空しく、彼女が救い出されたのはそれからしばらく経ってからだった。


   ※      ※      ※


 水に押し流されるトラップが発動した。


「いやー! 溺れるー! がばごぼぼぼぼぼ!!」

「ウォーターブレッシング。……なるほど、これが水の中で息をする感覚か」


 風の魔法を唱える魔物と出会った。


「た、盾じゃ受けられない!!」

「身を屈めろ! 俺が行く!」


 宝箱を見つけた。


「わ、罠はないのよね? ね?」

「ない」


 宝箱は魔物だった。


「もがー!!」

「そのまま奥にある核を抜き取れ。生きたまま抜き取れば高価な魔道具の触媒になる」

「もががもががっもー!!」


 二人のダンジョン探索は順調だった。


「……汚れた、汚されてしまった」

「ちゃんと水魔法で洗浄、風魔法で乾燥させただろう」

「そういう意味じゃないって分かってて言ってるでしょ!? ううー……」


 魔物の不意打ちからなんとか救助されて、カナリアは不機嫌さをまったく隠さずシンヤにジト目を向ける。

 それが今の彼女に出来る精いっぱいの抗議だったが、シンヤはそれを笑って流した。


「カナリア、前を見ろ」

「何?」

「敵だ」

「!!」


 シンヤの指摘にカナリアは、盾を構えながら視線を向ける。


「あれは、ボールジェルね」

「ああ。遭遇したのは3度目だな」

「飛び跳ねられると厄介だから、早いところやっつけてね?」


 ぽよんぽよんと時折球体になりながら通路を転がるゼリー状の魔物。

 その正体を即座に看破し対策を願うカナリアに、シンヤは密かに感心していた。


(生き残るために必死だからか、よく学習している)


 中層に入ってから持たせた盾は、少しでも場が持てばいいくらいに思ってとりあえずで授けた物だ。

 実際のところ、盾を使わずともそこらの攻撃なら付与した守りの魔法で防げる自信があったし、多少の怪我くらいなら癒してやるつもりでもいた。

 だがカナリアは与えられたそれを命綱だとでも思っているのか、盾の扱いを実践の最中懸命に鍛錬し続けた。

 おかげで中層に来てからしばらく、彼女を回復する機会はシンヤの予想をわずかに下回る結果になっていたのである。


(出会った魔物についてもあれがどういう物かをちゃんと学ぼうとして、次からは何かしら手を打とうとしている。こいつは、思ったよりも役に立つかもしれない)


 探索においてはただの弾除け程度に考えていたが、それを改める必要があると、シンヤは感じ始めていた。

 着飾れば良くなる。それだけだと思っていた相手は、中々に面白い研究対象になり始めていた。


「ちょ、シンヤ! シンヤ!! こいつ跳ね回って加速してきてるんだけど! 止まんないんだけど! 押されてるんだけどおー!? 助けてよ、ねぇ! ちょっと! 助けてー!!」

「あ」


 カナリアの訴えに気づいた時にはもう、ボールジェルは壁や天井をボンボンと縦横無尽に飛び回るほどに加速してしまっていた。こうなると面倒くさい。

 ぼっこぼこにされて涙目になっているカナリアをなんとか助ければ、彼女はキッとシンヤを睨みつけた。

 怒気の籠もった声で、訴える。


「また私が苦しんでるの見て楽しんでたんでしょ!? ほんと、死ぬかと思ったんだからね!」

「……いや、今のはすまなかった。こっちの落ち度だ」

「え? あ、うん……」


 まさか素直に謝られるとは思ってなかったのか、カナリアの怒りはシュンっと治まった。

 シンヤからヒールを受ける間も、ちらちらと罰が悪そうに相手の様子を窺う。

 今のは言い過ぎたのではないか。そう思っているのだろうとシンヤは気づき、だからこそ思う。


(これを一番の掘り出し物だと思った理由は、やはりこの、気質だな)


 根が善人なのだろう。カナリアは不平不満を口にするが、芯の部分では人を信じようとしている。

 凄惨な奴隷生活を経験している上でこれなのだから、筋金入りと言っていいだろう。

 奴隷とは基本的に、ただ使われてただ消費されるだけの存在だ。

 命令に忠実であればいいし、そこに飼い主の嗜好を越えた個性などは必要とされない。

 心など、考える頭など、いらないのだ。


(だがこいつはそれだけの日々を過ごしておきながらなお、明確な自我を保っている)


 カナリアの持つある種のしぶとさ。

 タフネスこそは、見た目を除いた彼女の持つ一番の価値だとシンヤは確信する。


(耐久力と学習意欲の高い、それでいて明確に立場の低い善人、か。最高じゃないか)


 彼女の持つ大きな伸びしろに、シンヤは一人ほくそ笑む。

 この時シンヤのカナリアを見る目は、頼れる人手を得たというよりも、極上の玩具を手に入れたといった、無邪気な悪意に満ち満ちていた。


   ※      ※      ※


 シンヤがロアン地下迷宮に入ってから3日目。

 中層に潜ってから2日が経過した頃。


「わ、わ、わ……!」


 休憩時間、稼いだ物品の品定めをしている中、並べられる物にカナリアが興奮した声を上げていた。

 それもそのはず、多少なりとも冒険者達と共に冒険をしていた彼女の目には、目の前の品々が持つ物の価値が理解出来たからだ。


「金や銀で出来た装飾品に、古い時代の金貨。こっちは魔物達から採れる素材に……う、ミミックの魔核」


 並べに並べて、普通なら二人で持ちきれない量が並べられて、キラキラした見目に目を瞬かせる。


「これ、換金したら数万Gくらいは余裕でいくわよね?」

「そうだな」

「ひゃー……」

「ちなみにお前があの冒険者に買われた時の値段は?」

「4000G……って、何言わせるの!?」

「はっはっは、安いな」

「安い言うな! もー……本当に……」


 怒る心も、これだけの物を見てしまえば解されていってしまう。


「……ごくっ」


 数万どころかもう一桁上に行きそうな気もする宝の山に、カナリアは語彙を失っていた。

 むしろこれを見定めているシンヤがどうして冷静でいられるのかの方が不思議でしょうがなかった。

 そんなカナリアの視線をまったく意に介さず、シンヤは宝と睨み合う。


(……総額10万200G、か。ここに来るまで俺が情報収集や冒険準備に使い込んだ金額が1万4000Gだったことを思うと、十分な成果と言えなくもない、か?)


 1万4000Gは、シンヤが幼い頃からコツコツと貯めた金である。

 真面目に働く時間のない彼が行なったのは、流通を読んで安く買い高く売るを繰り返しての交易商。

 扱える品数こそ少ないが入れた物が劣化しないアイテムボックスを活用しての、主だっては生鮮品のやり取りで作ったひと財産であった。

 人知れず貯め込み続けたその金を惜しげもなく使い彼は旅をし、情報を集め、装備と道具を整えて今、ここにいる。


(武具屋に売られていた魔法の付与された特殊な武器防具が、確か数万Gで取引されていた。揃えるだけなら十分と言えるが、後のことを考えると金は全然足りないな。最低でも数百万は今、欲しい)

「……よし」

「?」


 宝の山をしばし眺め、シンヤが出した結論。


「深層に行くか」

「は?」


 それは、より多くのリターンを得るために、リスクを負うという選択だった。

 初めてダンジョンに潜った駆け出しの冒険者でなくとも、無謀を通り越して自殺、狂気の沙汰と言える行動である。


「流石にそれは冗談、よね?」

「………」

「いやいやいや、今だって十分稼いでるし、中層の戦いもピンチ結構あったわよね?」

「………」

「そりゃ、シンヤは大丈夫そうだったけど、私はいっぱい死にそうになってたっていうか……」

「………」

「……え、本気?」

「ああ」

 

 シンヤが頷いて、


「や、やだーーーーー!!」


 カナリアが全力で泣いた。


「やだやだやだ私まだ死にたくない! 使い捨てされるのはもういやーーーー!!」

「お前の力が必要なんだ」

「それ絶対危なくなったら自分の命優先で私を切り捨てる奴なんでしょーーー!?」

「お前の力が」

「ただの肉壁扱いじゃないのよー! 嘘つきー! 失ってたまるかって言ったのにー!!」

「………」

「ここでいいでしょ? 中層で十分危ないから! 稼げるから! ね? ね?」

「……はぁ、そうだな」

「そう、そうなの! 無理はしないのが大事よ! だから」

「”躾”」

「うひぁああああ!?」


 カナリアに拒否権はなかった。


「さぁ、行こうか」

「うあああああっ、やめ、いや、あああ、んぁああ!!」


 悶えながらも止めようと涙目で縋り付いてくるカナリアを引き摺って、シンヤは深層へ向かう。


(中層でも見つかるかと思ったが、そう簡単にはいかなかったな)


 彼が求めているのは金だけではない。


(力だ。世界を多少なりとも揺らせる力。道具か、人か。ともかく、見つけ出さなければ)


 例え今回が空振りだとしても、出来ることすべてをしておかなければ気が済まない。

 深層まで行けば何かしらとは出会えるはず。

 未知なる発見を求めて、シンヤのダンジョン探索はまだまだ続くのだった。

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