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第11話 掠奪


「ま、あそこまでされて生き残る奴ぁいるわけねぇけどな!」

「んだなー」

「………」


 背後に男達の笑い声を聞きながら、狼の亜人――狼人の女は目の前の道に危険がないか必死に調べていた。

 彼女には【罠術】などの技術的な才能もなければ【探索者】といった職業的な才能もなく、これまでの経験だけで探知をしている。

 彼女の体にいくつもある傷のうち、特に足にある裂傷の痕は探索中の怪我が原因だった。


(あ、これは)


 壁石のひとつに、押せば発動する罠を発見する。

 慌てて周りを見回せば、反対側の壁に小さな穴を複数個見つけることが出来た。

 押せば穴から針が飛び出し、傷を負わせる仕掛け。針にはおそらく毒が塗られており、最悪死に至る。


(これを……押したら)


 自分の少し後ろで雑談に興じる鎖の所有者を含む冒険者二人くらいなら、なんとかなるかもしれない。

 そう、少し考えただけで。


「うっ、ぐぅっ!?」


 主人への翻意を察知した隷属の首輪から魔力による締めつけが発動。

 彼女は痛みと息詰まる感覚に目を見開く。


「ああ? なんだ、お前。まーたしょうもないこと考えたのか?」

「あ、が……?」

「ったく、素直に従ってろっつってんだろ。生きてたいんだ、ろっ!」

「ぎゃんっ!」


 女の異変に気づいた所有者が近づき、彼女を背中から蹴り飛ばす。

 辺りを見回し罠に気づけば、男はああ、ああと頷いて、地面に伏せる己の不甲斐ない奴隷を睨みつけた。


「罠を見つけたらちゃんと知らせろ。なんだったらお前を罠の前に立たせて俺が発動させてもいいんだぜ?」

「あ、ひ……うぁ」


 男の言葉に女の尻尾が総毛立った。

 即座に身も蓋もなく所有者の前に土下座して、彼女は必死に許しを請う。


「申し訳ございません、どうか、どうかお許しを……!」

「はんっ。死にたくなかったら真面目にやることだ」


 女の無様な姿に溜飲が下りたらしい男は、彼女に立つよう命じて再び先行させ始める。

 今度こそ翻意を思いもしないよう自分を律しながら、女は自らの役目に必死になった。


(どうして……どうしてこんなことに……)


 自然と溢れてくる涙を拭う。視界が悪くなればそれこそ死活問題になる。

 だが、それでも。


(私、一生このままなのかな……?)


 狼人の女はただ、暗い暗い闇の中にある自分の境遇に希望はないのかと、そう考えずにはいられなかった。


 彼女はソール王国の出身ではない。

 亜人達の国、ベスティア王国の生まれである。

 ソール王国とベスティア王国はこれまで何度も小競り合いを繰り返しており、その度に国境付近の村や町は互いに被害に遭っていた。

 彼女はそんなベスティア王国側の国境近くにあった村の住人で、2年前に起こった小競り合いの最中、ソール王国へと攫われてしまったのである。

 互いに敵対する種族を奴隷にしている国家間の話、連れてこられた彼女の未来もそれに違わなかった。

 人買いに売られ、奴隷商に売られ、彼女は隷属の首輪を取り付けられ奴隷になった。

 そして、多くの苦渋を舐めさせられながら彼女は今、一人の冒険者に買われて扱き使われている。


(このまま扱き使われ続けてそう遠くないうちに、あの男の言う通り、命を落として終わり……)


 希望を求めて考えを巡らせても、辿り着くのは虚無にも近い結論。

 自分ではどうすることも出来ない状況に、女の心はどんどん失われていく。


(ベスティア王国建国の父、解放者レオンの伝説みたいなことは起きない、よね)


 人間の支配から脱却し、亜人が自らの足で立てる場所を作り上げた偉大なる建国王の物語の一節。

 奴隷にされていた仲間を華麗なる手腕で救い出し共に立ち上がることを訴える、王国で劇にもなっている伝説。

 それが都合のいい夢だとは思っても、彼女の心の最後の拠り所として支えになっていた。


「おい、何をぼーっとしてやがる!」

「ひっ!?」


 考え事をしていたせいか足が止まっていたらしい。

 再び叱責され、女は恐怖に怯え慌てて足を踏み出した。

 だから、失敗した。


「あ、れ?」


 突如として口を開く床。

 現れた深い深い落とし穴は足を踏み外した女をあっさりと呑み込んで。


「ばっ、畜生!」

「あ、わっ!」


 傾き落下を始める体を捻り、振り返る。彼女にはまだ、命綱がある。

 自らを縛る首輪から繋がっている鎖。奇しくもそれが自分の命を繋いでくれる。そう思った。


「くそ、阿呆が」

「え……?」


 そこで信じられないものを見た。

 所有者の手から、鎖が手放されていた。

 自分も犠牲になるかもしれないリスクより、手を放して自分だけでも確実に助かる方を所有者が選んだのだ。

 切り捨てられたのだ。


(そん、な……)


 瞬間、高速に回転を始めた頭で彼女は考える。

 落ちたらどうなるのだろうか。潰れるのだろうか。設置された槍か何かにくし刺しにされるのだろうか。それとも待ち構えている魔物に生きたまま食べられてしまうのだろうか。

 どういう形にしろ、自分はここで終わる。

 そう考えると今度は、これまでの自分の人生が走馬灯のように巡り始めた。

 一人っ子だったおかげで両親の愛情を一身に受けて育った。

 友達に恵まれ、村では平和に過ごしていた。

 覚才の儀で自分にひとつも才能がないことが分かったけれど、それでも頑張って親や村のみんなの役に立てる存在になろうとした。

 そして、戦が起こって自分はすべてを失った。

 全部失って、与えられたのがこの結末。

 幸せと不幸せの総量が同じだというのなら、自分の子供時代は幸せ過ぎたに違いない。


(死にたく、ない……)


 地面に衝突した。

 ものすごく痛かったが、女は死ななかった。


「……こほっ」


 血を吐いた。

 地面に打ち付けた背中からも血が流れているのだろう、熱が消え、寒気がし始めた。

 もはや通常の治療では治らないだろうと悟る。

 パーティーに神魔法を扱える人はいないから、万が一助けられても助からない。

 どうやら自分で思っていたよりもずっと早く、彼らの言う通り使い潰されて人生が終わってしまうらしい。

 それを理解した彼女は目を閉じ、静かに死を待つことにした。

 少しでも苦しまずに逝きたかった。


(あ……)


 しばらくして、冷たくなっていくだけだった体が不意に温かくなった。

 死を司る天使がその魂を迎える際にそうするのだと、聖書に書いてあった通りだった。

 だから彼女はその熱に身を委ね、意識を手放した。


   ※      ※      ※


 物盗りを生業としていた冒険者達の終わりの瞬間は、唐突にやってきた。


「な、あ、え?」


 最後尾に立っていた男は自分の腹から突き出す剣に気づかぬまま、自慢のハンマーを振るうことなく、刃を引き抜かれると同時に絶命した。

 男を剣で刺し殺したのは、誰あろうシンヤであった。


「な、なんだてめぇは!」

「一体どこから!?」


 一気に怒りの沸点を越え大声を出し始めた男達に、シンヤは手をかざし呪文を唱える。


「ファイアーボール」

「なっ!?」

「あ……!」


 次の瞬間、二つの火だるまが完成した。


「ぎゃー!」

「あぢいいい!!」


 暴れ狂う火だるまにシンヤは一人ずつ丁寧にトドメを刺していく。

 1分と掛からずに起こった不意打ちの殺戮劇に、残る4人の物盗り達は大いに慌てふためいた。


「お、お前は何者だ! ま、魔物か!?」

「お前達と同じ冒険者だ」


 リーダー格の男の問いかけに、ようやくシンヤは言葉を返す。

 未だ数では圧倒的に有利な物盗り達だったが、場の支配権はすでにシンヤが奪い取っていた。


「お前達、さっき3人組の冒険者の追い剥ぎをしていたな?」

「なっ、お前あいつらの仲間か!?」

「いや違うが」

「は?」


 即座の否定にリーダーの男は困惑する。

 じゃあなんでこいつは俺達を襲撃したのだ、と。


「分からないのか?」


 その隙をシンヤは見逃さない。

 ほんの数歩で距離を詰め、手に持っていた剣を真っ直ぐに男の腹に突き通す。


「!?」

「俺はただの、追い剥ぎの追い剥ぎだ」

「うぎっ!?」


 引き抜く際に捻りを入れて、シンヤはリーダーの男の腹を裂いた。


「ひぃっ!?」


 親しい者のあまりの惨状に周囲の男達は恐れおののく。

 ある者は逃げ出そうともしたが、大きく開いたままの落とし穴がその退路を塞いでしまっていた。


「この! 食らえ!!」


 ある者が離れた場所から矢を放つ。

 鋭く真っ直ぐにシンヤを狙った必殺の一撃は、しかし、風の膜に狙いを逸らされあらぬ方向へと飛んで行った。


「えっ」

「うおおおおおお!」


 呆けて弓を取り落とした男とは別の仲間が、今度は正面から剣を振り下ろす。

 だがその一撃は不可視の壁に勢いを殺され、届いたはずの刃は打ち据えた腕の岩のごとき硬さを突破出来ない。


「なっ、一体どうなって……!?」

「邪魔だ」


 驚く間にシンヤに腹を蹴られ、男は地面を転がった。

 見事な剣捌きを披露し火の魔法を使った男が、風の、神の、土の魔法の守りを得ている。

 普通なら考えられないそんな理不尽を目の当たりにして、男達は自然とシンヤから距離を取り始めていた。


「ぐぶっ、う……」


 リーダーの男が絶命するのを見届けて、シンヤは他の仲間達に問いかける。


「さぁ、持っている物を全部差し出せ」


 それはこれまで彼らが幾度となく繰り返してきた行為。

 数の利が、計画が、何度となく彼らを保証し守ってきた安全に金儲け出来る手段だったもの。

 だがそれは、突如として現れた圧倒的強者の前に脆くも崩れ去った。


「わ、分かった! 全部、全部出す! だから命だけは!!」

「お、俺もだ! だから助けてくれ!!」

「あわわわ、あわあわわわ……」


 戦意喪失した彼らに抗う力はなく、次々に身に着けている高価な物をシンヤの前に差し出していく。

 中には今しがた冒険者達から奪い取った金品も含まれていた。


「これで全部か?」

「ぜ、全部です! あ、後、俺達の装備は」

「かさばるだけだからいらん」

「で、ですよね……!」


 もはや媚を売ることになんの抵抗もなくなった彼らは、持ち物すべてを差し出した後も床に正座しシンヤにかしずく。

 振る舞いのすべてはこの状況から生き延びるため。彼らは必死だった。


「あ、あの、それで……」


 生き残った3人のうち、一人がシンヤに問う。

 開けたくはないが、開けなければいけない箱に手をかける。


「見逃して、もらえますか?」


 精一杯の誠意を示しながらの問いかけ。

 言葉の裏に逃がしてくださいと乞い願う思いを隠さない決死の言葉。


「………」


 それをしばらく見つめてから、シンヤはひとつ問いかける。


「さっき、奴隷を連れていなかったか?」

「え? あ、は、はい! さっきまで連れていた狼人の女奴隷は、あそこの落とし穴に落としてしまって失ってしまったのです。悲鳴をあげてないところからしてもう死んでしまっているかと」


 即断で命を奪われなかった安心感から、男は饒舌になって説明する。


「そうか」


 その話を特に興味なさそうに聞き流したシンヤは、


「十分だ」

「へあ?」


 無防備な姿を晒していた3人を続け様に切り捨てた。


「あぎゃっ、ああ……」

「い、いでぇ……」

「た、助け……ひぎゅっ」


 その後きっちりとトドメを刺され、物盗りの冒険者達は数分と経たずにシンヤの手により一人残らず駆逐と相成ったのである。


   ※      ※      ※


 戦いとも呼べない蹂躙を終え、シンヤは呟く。


「……半々か」


 床に並べられた宝には目もくれず、シンヤは落とし穴へと歩み寄り、底を覗き込む。


「………」


 背中から打ち付けた体をそのままに目を閉じて大人しくしている狼人の女を見つければ、彼は迷わず穴の底へと飛び降りる。

 フロートの魔法でふわりと地面に舞い降りたシンヤは、女にまだ息があることを確かめると回復魔法を唱えた。


「……ふっ。賭けに勝ったな」


 複数の回復魔法を重ね掛けしたところで女が危機を脱したのを悟り、シンヤはホッとため息をついた。

 体中の傷跡も治療してしまったが、魔法の効果を確かめる上でのいいサンプルケースになった。


「やはり、磨けば綺麗になりそうだ」


 長い髪を染める白は耳の毛や尾も白く染めており、しっかりと世話を焼けば輝きを放ち始めるだろう。

 その体躯は薄汚く痩せ細っているが年相応に膨らみを持っており、扱い次第で化ける可能性を感じる。

 今は閉じられていて見れないが、彼女の黄金色の瞳はそも美しかった。

 そう。物盗り達を襲ったシンヤの一番の標的は、この狼人の奴隷だった。


「さて、と。いつまでもここで寝かせるわけにもいかないか」


 安心した様子で寝息を立て始めた彼女を抱き上げ、浮遊の力で落とし穴から脱出する。

 廊下に寝かせても悪いとは思わないが、より適当に安全を確保出来る場所へと向かってシンヤは歩き出した。


「あそこでいいか」


 先程3人の冒険者が犠牲になった広場まで戻る。

 死体のある場所から離れたところに女を寝かせて、しかしシンヤはすぐには休まず何事か準備を始める。

 それからしばらく、


「……目覚めたら、役に立ってもらうぞ?」


 変わらず寝息を立てる女を見つめ、シンヤは笑う。


「ん、ふ……」


 のんきに眠る女の首に掛けられた隷属の首輪が、鈍く輝いていた。

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