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第10話 ロワン地下迷宮


 冒険者ギルドを有する交易都市ロワンには、ギルドが管理する複数のダンジョン、そのひとつが存在する。

 ギルドによって名付けられたそのダンジョンの名は、ロワン地下迷宮。

 ダンジョン初心者向けの上層、リスクとリターンが跳ね上がる中層、上級者でも攻略難度の高い深層の三つの階層に分かれたそのダンジョンは、特定の期間以外ではその入口を閉じるという。

 開放期間であればギルドの管理維持費という名目の入場料300Gさえ支払えば誰でも挑むことができ、入口が町の郊外ということもあって交通の便もよく準備もしやすいと、多くの冒険者、遺跡探索者に愛されている。

 開放される度に試練神ルイーナによって更新され続けるダンジョンは、今日もまた数多の挑戦者を呑み込み栄光と絶望を与え続けているのだ。


「はいはい。シンヤ・ゴッド、ね。お前さん、本当に一人で行くつもりなのかい?」


 ロワン地下迷宮の入場管理を任されている老年のギルド職員はその日、困惑した顔で冒険者の男に問いかけた。


「ダンジョンの中は治外法権だ。俺達人の領分から離れた理不尽の巣窟だ。そこに一人で挑むなんてのはよほどのプロか馬鹿のやることだぞ?」


 まだ年若い見目の男に、ギルド職員は親切心から忠告する。

 ダンジョン探索は初心者向けを選んでも高難易度、ハイリスクなクエストである。

 役割の異なる4~5人でパーティーを組み、魔物や罠に対する十分な準備をして、ようやくスタートライン。

 それでも不測の事態が起こればあっさり犠牲者が出るし、最悪全滅なんてこともよくある話。

 これらをすべて乗り越えて、それでも最奥の宝を手に入れられるのは一握り。という、そんな場所なのだ。


(だというのにこの若者は、装備こそいっぱしぶってるが手荷物もほとんどなし、観光でもしにいくつもりか?)


 物見遊山なんてのはそれこそ自殺行為。

 なぜなら、ダンジョンの危険は魔物や罠だけに限らず、それ以外にも多く存在するのだから。


「なら俺はそのプロか、馬鹿のどちらかなのだろう。気にせず通してもらうぞ」


 年寄りの気遣いは通じることなく、男は不敵な笑みと共に入場料を支払い、ギルドが管理するゲートをくぐる。


「……あーあ、知らねぇぞ俺はぁ」


 ゲートの先、ダンジョン内へ通じる光の渦へ何事か呟きながら飛び込んでいく背中を見届け、職員は呆れのため息をついた。


「え、今の子一人で入ってったんですか?」

「たまにいるんだよ。ご機嫌なアホがな」


 こうした無謀な挑戦もまた、この世界では日常茶飯事。

 驚く女性職員を追い払い、老年の職員はすぐさま次の入場者の相手を始め、愚か者のことなど忘れてしまった。

 これはそんな、世界にとってはなんでもない、とある日の出来事である。


   ※      ※      ※


 ダンジョンに入ったシンヤを一番に出迎えたのは、魔物の襲撃だった。


「オクトパ~~~~~~~!!!」

「ふっ!」


 上半身が巨大で緑色のタコになっている人型の魔物――オクトマンが伸ばしてきた触手のひとつを、シンヤは冷静に剣で切り払う。

 即座に身を屈め一気に距離を詰め、その間に構え直した剣を振るい、


「はぁっ!」

「オギュドバッ!!」


 股下から真上、逆風にオクトマンを切り捨てる。


「これで……」

「!?」

「終わりだ」

「オギュッ……!」


 体色と同じ青緑色の血飛沫をあげ仰向けに倒れるオクトマンの眉間に追撃の刺突を加え、シンヤはきっちりとトドメを刺した。


「ふぅ」


 一仕事終え息をつき、シンヤはオクトマンの死骸から剣を引き抜く。

 刃に付着した血を拭いながら、石造りの真っ直ぐな通路を彼は睨んだ。


「いきなりな挨拶をしてくれるな」


 入って1分もしないで魔物の襲撃。そうなったのにはこのダンジョン特有の問題があった。


(ロワン地下迷宮の入り口……光の門をくぐってからは上層のどこかへランダム転送。聞いてはいたがリスクがあるな)


 シンヤが転送されたのは上層にあるどこかの通路上。

 左右の確認をする間にふらふらと徘徊する魔物と出くわし、そのまま戦闘になったのだ。

 中々に運が悪い出だしではあったが、不意打ちでなかっただけマシだろうとシンヤは思い直す。

 ルーブ村からロワンに至るまでに強めの魔物との戦いも経験していた彼にとって、この程度は慣れの範疇だった。


「……そろそろ、準備を整えるか」


 追加の魔物が来ないかしばらく警戒してから、シンヤは探索用の準備を始める。

 普通の冒険者なら斥候を先頭に魔法使いを守るよう戦士達を前後に配置したりと、色々と安全に手を尽くすところだが、彼の場合は少し違う。


「……すぅ」


 静かに息を吸い集中力を研ぎ澄ましてから、シンヤはそれらを唱え始めた。


「インビジブルコート、ウィンドスクリーン、ロックアーマー、プロテクション、ブレッシング……」


 次々と発動していく各属性の魔法達。

 術者を視認出来なくする風魔法インビジブルコート、風の膜で矢弾吐息から身を守るウィンドスクリーン。岩のごとき防御を授ける土魔法ロックアーマー。神の御手により物理魔法問わぬ守りを与える神魔法プロテクションに、あらゆる行為の成功を手助けするブレッシング。事前にかけておいた浮遊能力を得る風魔法フロートと気配感知能力を高めるセンスアップ、それらに暗視能力を得る冥魔法シャドウアイを含めた合計8つの魔法の守り。

 今回唱えたこれらの魔法に限らず、シンヤはこれまで時間の許す限り様々な魔法の習得を心掛けてきた。

 これこそが、防御の才能を選べなかったシンヤの考える次善策。


(魔法や技術による身の守りの強化……!)


 その、成果だった。


「こんなものか。っと、音は消せないんだったな」


 姿こそ見えなくしたがそれではカバー出来ないものに注意を向けながら、シンヤは歩き始める。

 少し進むと再びオクトマンと遭遇したが、それは姿の見えないシンヤが立ち止まっている横を何の疑問も抱かずに駆け抜けていった。


(さて、それじゃあまずはじっくりと、ダンジョン観光させてもらおうか)


 こうして道中の安全に大きなアドバンテージを得たシンヤの、ダンジョン内とは思えない驚くほどのんびりとした足取りでの探索行が始まった。


   ※      ※      ※


 ダンジョン内では様々な物を見ることが出来た。


「うおおおおっ! ハイスラッシュ!」

「ピギィィィ!!」

「やった……!」

「ピュイイイ!」

「うわぁ!」

「危ない! アースバレットーーー!!」

「ピギャアアア!!」

「おおおおっ!!」


 ゼリー状の体を持った極々一般的な魔物、ジュルを相手に死闘を繰り広げる若い冒険者達。


「う、うう……」

「頑張れ! この先に女神の手がある!」


 何かで深手を負った仲間の肩を担ぎ、必死に脱出口へと向かう者。


「私、今の戦闘で何か掴めた気がする!」

「いや、っていうか剣から炎出てたぞお前」

「うっそ!? うわっ、出た!」


 戦いを通じて大きな成長の機会を得た者。


「グフッ、グフフッ!!」

「あ、やだ、助けっ、ぎゃああ!!」


 哀れにも大型の魔物が振るう鉤爪の前に命を落とす者。


「うおっ! これレアじゃね?」

「希少鉱石じゃん! 黒字黒字~!」


 思わぬ発見に沸き立つ者達。


「うわー、ダメだー!」

「バッカマジで覚えてろお前ーーーー!!」

「なんでこんな目に遭うのよー!」


 発動した罠から慌てふためきつつも見事に逃げ切る者達。

 当事者から一歩引いた位置で眺めるそれらは、さながら人間達によるショーのようで、見回るシンヤを大いに楽しませた。

 そんな中でも特に彼の興味を引いたのは、ダンジョン探索とは少し毛色の違った行為だった。


「ぐっ、畜生……!」

「命があるだけマシだと思いな? まぁ、生きて帰れるかは保証しねぇけど」


 それはとある広場で見かけた光景。

 3人で探索中だった冒険者の一団を、7人で構成された冒険者の一団が襲撃していた。


「剣なし杖なし体はボロボロ。おまけに道具と金も奪われて、なんとか女神の手まで行けたらいいな?」

「う、ううう……」


 いわゆる、物盗りの類である。

 ダンジョン内では誰も生存の保証が出来ない以上、基本的に誰かがその安全に対する責を問われることはない。

 逆に言えばダンジョン内での生死はすべて自己責任であり、そこで発生する人為的な殺し殺されもまた自己責任だと処理されてしまう。

 殺人でこうなのだから、ダンジョン内での物盗り程度ならもはや日常風景のようなものである。


(ならむしろこれは、3人という少人数で探索していた被害者側の落ち度だな)


 フロアに散乱する瓦礫のひとつに腰掛けながら行く末を眺めるシンヤの前で、彼らのやり取りは続く。


「弱いくせにダンジョン舐めてっからこうなるんだよ。勉強になったろ? ぎゃはははは!」

「おいおい、あんまりいじめてやるなよ。かわいそうだろ?」

「ハンマーで容赦なく骨砕いたお前が言うなっつーの」

「それもそうか、がはははは!」

「ううー、ふぅぅー……!」


 この場の生殺与奪を握る物盗り達の笑い声がフロアにこだまする。

 被害者のうち一人にはすでに息はなく、血だまりの中で動かないそれが骨を砕かれた奴なのだろうと当たりがついた。

 残る二人も死相が見え、このまま放置されればもう二度と空を見ることはないだろう。


「じゃ、そろそろ煽るのも飽きたから行くか」

「だな」

「達者で暮らせよ!」


 散々言いたいことを言ってから、物盗りの一団は獲物を求め、再びダンジョンの中を進み始める。 

 中々に興味深いやり取りだったとシンヤも動き始めようとしたところで、彼はもうひとつ、気になるものを見た。


「おらっ! 何とろとろしてやがる!」

「あ、ぎゃっ!」


 地に伏す冒険者達を気の毒そうに見ていた長い白髪の、齢16か7の女が、物盗りの男に引き寄せられる。

 引き寄せる男の手に握られていたのは黒く頑丈な鎖。それは女の首に掛けられた首輪へと繋がっていた。

 だが何よりシンヤの目を引いたのは、女の耳が狼のそれと同じで毛深く三角をしていて、その尻の付け根辺りからふさふさの尻尾が生えていたことだった。


(あれは亜人の、奴隷か)


 この世界の最大多数種族である人間と姿形は似ているが、その種を異とする者達がいる。

 人と同じく道具を扱い知恵を身に着けているが、その見た目において特徴的な違いを有する者達。それが亜人。

 彼らはこの世界において一国を有する力こそ持ってはいるが、他国においてその地位は著しく低い。

 差別と言っていいその分類により、こうして奴隷の身分に身をやつす者もここ、ソール王国では珍しくなかった。


「ったく、お前は斥候なんだから俺らの誰より前にいろっつっただろうが!」

「ひっ、ごめんなさい、ごめんなさい!」


 所有者らしき男から叱責を受け、狼人の女は身を震わせ必死に謝罪の言葉を繰り返す。

 これまで幾度となく躾を受けてきたであろう彼女の体には、みすぼらしいぼろ布では隠せない傷跡がいくつも見受けられた。


「お前は俺達の誰よりも先に死ぬためにここにいるんだ。分かったらとっとと働けこの能無し!」

「は、はい! う、ううう……」


 男の理不尽な命令にも逆らうことは許されない。

 それが彼女の首に掛けられた隷属の首輪の効果であり、これまでの日々で作られた所持者との力関係だった。


「……ふむ」


 物盗り達が去ってからしばらくの後、シンヤは一人ゆっくりと重い腰を持ち上げる。

 被害に遭った3人の冒険者は、全員息を引き取り冷たくなっていた。


「ちょうどいいな」


 死体には目もくれず、独り言ひとつ呟いてからシンヤは歩き出す。

 行き先は物盗り達の向かった通路と同じ道。その足取りを追いかけて彼は進む。


「……ふふ」


 その口元には、嗜虐的な笑みが浮かんでいた。


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