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第01話 転生

割かし鬼畜な男による異世界転生英雄譚、開幕です。


 その日、一人の男が路地裏で倒れた。

 男の管理する組織の部下との会談の帰り道、敵対する組織が放った暗殺者に銃で撃たれたのだ。

 溢れ出る血は急速に男の体温を奪い、意識を混濁させていく。

 銃撃音を聞いた者がいれば助けもありそうなものだが、その日の天候は強い雨で、それも望み薄だった。


「くそっ!」


 男は血を流しながらも這いずり、動き続ける。

 彼は最後の最後まで生に執着し、是が非でも助かろうとしていた。


「こんな、俺はこんなところで終わるような男じゃないはずだ……!」


 苦々しく声を発するも、口の中に感じる鉄の味に顔をしかめる。

 ごほっと咳をすれば、血を吐いていた。


「まだ、まだ俺は、足りない」


 男は生まれてこの方、好き勝手に生きてきた。

 自分が正しいと思えば曲げず、したいことがあれば必ず行ない、その際には他者をほとんど顧みなかった。

 それ故に男は表立った社会では生きて行けず、日陰の世界にその身を置いた。

 日々を過ごすうちに彼の独善と行動は人を呼び、力となり、金になった。

 男の元に集まった者達は彼をカリスマと呼び持て囃した。

 いつしか彼らは、男を主とする組織となっていた。

 配下を手に入れたことにより、まさにこれから彼の世界は広がっていくはずだった。


「俺は、何も間違っちゃいない」


 もう少しで路地裏を脱するところまできた。

 後は誰かが見つけて救急車でも呼んでくれれば、自分は助かる。


「助かったら、俺に歯向かった奴らを叩き潰す……!」


 出る杭を忌み嫌い、その価値も理解せぬまま潰しに掛かった愚か者にはその行動の対価を払わせる。

 男の瞳は死中にありながら、その輝きを全く損なっていなかった。

 だが、瞳の強さとは対照的に、肌は真っ白で、熱を持っていなかった。


「お、れ……は…………」


 心とは裏腹に、体に限界が来る。

 通りに出るまであと2m。そこが彼の体の限界だった。


「……くそっ」


 どうしてこうなったのか。

 なぜ自分がこんな目に遭わなければならないのか。

 すべてが間違っている。

 男は今際の際にそう断じた。

 間違っているのは世界で、己を認めない社会で、何よりも無力な自分こそが間違いだと断じた。


「こんな世界じゃなければ……俺は……」


 それが、男の最期の言葉だった。


「………」


 動かなくなった男の体に、冷たい雨は容赦なく降り注いでいた。


 こうして彼、伍堂慎也ごどうしんやは志半ばでその生涯を終えた。

 享年23歳だった。


      ※      ※      ※


「お目覚めを。伍堂慎也」

「う……」


 声を聞き、慎也はゆっくりと目を開いた。


「っ」


 急に差し込んできた強い光に一度目を閉じる。

 光に慣れるまでしばらく時間をかけてから、改めてハッキリと瞳を凝らす。


「私の姿が見えますか? 伍堂慎也」


 再び聞こえてくる声。女の声。

 音を辿って慎也が顔を上げると、そこには光があった。

 まばゆいばかりの輝きを放ちながらも、どうしてだか直視でき、温かみすら感じる不思議な光だった。


「見えましたか、伍堂慎也。初めまして、私は神の使いです」

「……は?」


 突然のことに頭が追いつかない。


(このなんだかよく分からない物はなんだ。神の使いだと?)


 慎也は疑惑のまなざしで光を見る。


「疑うのも無理はありません。私は常ならぬ者。貴方の常識の埒外にいる存在なのですから」

「………」


 こちらの心を読んだかのように言葉を返す光の何某に、慎也は今度は自分の頭を疑った。

 これは夢か何かなのでは、と。


「夢ではありません。伍堂慎也。ここは輪廻の外、世界の境界線上にある空間です」


 真っ黒な世界にただひとつある白が、やはり理解しがたい言葉を紡ぐ。

 夢か現かは変わらず分からないが、時間の経過と共に慎也の心は落ち着き始めていた。


「神の使い、常識の埒外、輪廻の外、世界の境界線……」


 光が話したいくつかの単語を自分でも口に出し、頭をフル回転させていく。

 理解するのに数秒、とりあえずの納得をするのに数十秒。延べ1分弱の時間を使ってから、慎也は口を開いた。


「神とやらは、俺に何をさせたいんだ?」


 すぐに返事は来なかった。


「……話が早くて助かります」


 ようやく返された言葉から、慎也は光が喜んでいるのだと確信した。


「神は貴方に、自らの創造した世界への転生を望んでおられます」

「ふむ、それで?」

「貴方には貴方であったという記憶を引き継いだまま、神の世界で思うがままに生きて頂きたいのです」

「それはまた、俺に都合のいい話だな?」

「ええそうでしょうとも。神は貴方を、貴方を縛り捕らえていた世界から引き抜きたいのですから」


 誇らしげな声音で朗々と語る光を見つつ、慎也は思考する。

 常識で測れない状況にいる今、話の胡散臭さに対するなぜなには棚に上げる。

 今考えるべきは、この謎の光が口にする神なる者の目的だ。


(そいつはある世界の創造主で、別の世界で死んだ俺を引き抜いて自分の世界で好きに生きさせたいらしい。引き抜きという言葉を使う辺り、相手は俺のことを気に入っているように感じる)


 考えを巡らせながら、慎也は光へ問いかけた。


「俺がそれに従うことで、神とやらは何か得するのか?」

「はい。神は自分の世界が揺さぶられることを望んでいます。例えるならば、貴方は世界という湖に投げ込まれる石なのですよ」

「……なるほど」


 敢えて異分子を投げ入れることで、自分の世界にどんな変化が起こるのか見てみたい、と。そういうことらしい。

 それを理解した慎也は、次いでもうひとつ質問を投げかける。


「なぜ、俺なんだ?」


 視線の先の光が揺らぐ。

 慎也にはそれが、光の妖しげな笑みを浮かべる動作であるように見えた。


「それは……」


 わずかな溜めの後、光が告げる。


「貴方の魂が、神にとって好感の持てるものだったから……です」

「都合がいい、ではなくか?」

「いえいえとんでもない!」


 即座の指摘に、即座の返答が返ってきた。


「神は本当に貴方のことを気に入っておられます。貴方のまばゆいばかりの自己愛を」

「自己愛、か」

「貴方ならきっと、私の期待に応えてくれる。そう神は仰られました」

「なるほどな。つまりその神とやらは、俺の手で世界が滅んでも構わないと、そう言うんだな?」


 言いながら、我ながら厚顔不遜な物言いだと慎也は自分を嗤う。

 だが同時に、自分に好きに生きていいということはそれも踏まえて貰わなければとも真剣に考えていた。


「どうなんだ?」

「………」


 果たして、光からの返事は。


「……構わないそうです。神は、貴方が思うがままに振る舞うことに期待しています」

「ふん」


 出来ないと思われているのか、出来たとしても何かあるというのか。


(懐の深さは、伊達に神を名乗っていないということか……)


 だが少なくともこれで言質は取れたと、スーツの乱れを今更ながらに整えながら慎也は頷く。


「これが俺の死の間際に見た走馬燈だとして、それが80年続く走馬燈だというのなら、乗ってやる」

「これから向かわれる世界であれば、やりようによっては100を超えても若々しくあり続けられますよ」

「ほう、それは魅力的だな」


 自分は確かにあの日、死んだ。

 あの世界ではやりたいことも出来ず、何も果たせぬままに命を落とした。

 新世界ならあるいは、自分の思うままにすべてをやり遂げられるかもしれない。

 そんな期待が、慎也の心を動かす決定打になった。


「神とやらに注文は出来るのか?」

「物によりますが……」

「力を寄越せ。その世界で生きていくのに十分以上な力を、だ」


 前向きになった以上、得られる物が多いに越したことはない。

 第一に、転生とやらをした先で虚弱な人間にされても面白くない。

 慎也の要求に、光は一度明滅してから答え始める。


「神の創造された世界では、力を量る大きな指標として【才能】が実物化されています」

「ほう?」

「ひとつの新たな命に与えられる才能は三つまで。それも、目覚めさせてから育てる必要があります」

「だったらその才能を四つ……」

「3つまで、です。それ以上は器がもちません」

「……ならそれでいい。三つ寄越せ。後は俺が手ずから育て上げてやる」

「はい」


 慎也の言動は変わらず不遜だったが、光はそれを咎めはしなかった。

 ただしばらくの間体を揺らし、それからゆっくりと慎也の体の周りを周回し始める。


「おや、神の世界と照らし合わせましたところ、元の世界であなたが持っていた才能がひとつあります」

「それは?」

「カリスマ、【支配者】の才」

「………」

「お心当たりありましたか?」

「まぁな」


 わずかな間、慎也は生前に完成しかけていた自分の組織を思い出す。

 己が死んだことで彼らはどうなったのか。霧散したか、あるいはこちらの死すら利用して立ち上がったか。

 考えても詮のないことだと、慎也は頭を振った。

 自分の手の届かない場所にある物など、もはや関心はない。


「ならその【支配者】の才とやらは継続だ。後の二つ、何を選べる?」

「各種道具を扱う技術の才能に、各種魔法を扱う才能。そのものずばり生存に特化した【防御】の才や、他にも生産に関わる物や、家事、交渉事に関わる才能などもあります」

「待て」


 つらつらと並べ語られる言葉の中にあったある単語に、慎也はぴくりと反応する。


「魔法? そうか、魔法があるのか」

「あまり驚かれないのですね」

「お前の存在自体が魔法みたいなものだからな」

「ごもっともです」

「最も、そんな夢物語の話にはあまり縁がなかったがな」

「ははは」

「しかし魔法、魔法か……」


 やり取りもそこそこに、慎也は思考する。

 彼の頭は今、どうすれば己の望む最上を得られるかに集中していた。


「確認だが……」


 思考と共にひとつひとつについて詳細に尋ねては、時間をかけて模索する。

 道具を扱う技術とやらの分類には、戦闘を行う武器を取り扱う技術も含まれているということ。

 それらと防御が分けられているのは、防御の才に毒や病気、果ては魔法などへの耐性も含まれているからだということ。

 魔法には火、水、風、土、神、冥の六つの属性とその他に分類されるものがあり、これらは世界を構成する六つのマテリアルなるものに対応しているのだということ。

 例え才能がなくとも鍛え方によってはそれなり、あるいはそれを凌駕する可能性があるということ。

 聞けば聞くほどにテレビゲームか何かの世界の模倣のように思えてくる説明の目白押しだった。


 そうした細かな説明を一通り受けてから、慎也は光に問いかけた。


「俺の持つ【支配者】の才についてさっきの説明にはなかったが、これは交渉の才に含まれるのか?」

「………」


 返事はない。

 光は、どう言葉を返すべきか悩んでいるようだった。

 代わりに慎也が口を開く。

 この時点で、彼にはひとつの推論が浮かんでいた。


「察するに【支配者】の才というのは、先ほどの選択肢のどれにも含まれない才能なんじゃないか?」

「……………仰る通りです」

「そうか。なら、もうひとつ質問だ」

「はい」


 光の返答から、慎也は確信をもって問う。


「さっきお前が例に挙げた才能はあくまで基本。神の作った世界とやらにはそこから派生、あるいは発展、あるいは変異した特別な才能がある。間違いないな?」


 光は慎也の周囲を回るのを止め、彼の正面で浮遊する。

 そして、ほぼほぼ確認のためになされた慎也の問いに、


「仰る通りです」


 肯定を返した。


「そうか」


 情報を隠されていたことに思うところはあったが、慎也はそれを口にはしない。

 そんなことより、掴めた尻尾をいかにして使うかに彼は思考を割いた。


「だったら、これはあるか?」

「それは……」


 ならばと尋ねた慎也の求めに、果たして。


「……あります」


 彼の望んだ才能は、確かに存在していた。


「なら残る二つの才能はそれにすると、お前の神に伝えてくれ」

「……分かりました」


 光はしばし沈黙し、その場でゆらゆらと惰性で浮かぶ。


「貴方の申請は神の名の元に受理されました。同時に神から貴方へお言葉を頂きました」

「なんだ?」

「『それだけやるのだから、つまらない生き方などするな』。以上です」

「……それだけか?」

「はい」

「そうか」


 この時になればもはや、慎也は現状を微塵も疑ってなどいなかった。

 なるようになれ。己の記憶、意識が残るというのなら、二度目の人生とやらを堪能するだけだと覚悟する。


伍堂慎也おれという人間を見出した神は、どうやら退屈を疎んでいるらしい。ならば精々、今は道化を演じてやろう。神とやらを楽しませる、極上の駒のひとつにだってなってやる)


 だが、慎也の考えはそこで留まらない。

 なぜなら彼は、己こそが正義と思えばそれを曲げない男だからだ。


(世界が誰かの手によって創造されたというのなら、それが俺に出来ない道理はない)


 神なる者と等しい、あるいはそれを超える力があれば世界は創れると知った。

 ならば、自分で創ってみたい。

 そのための一番の近道を考えれば、答えは明白だった。


(まず手始めにこの神の世界を手に入れる。そして、神の力も手に入れる!)


 例えその途中で神と対立しようとも、一向に構わなかった。


「……準備はよろしいですか?」


 心が定まったところで神の使いに声をかけられた慎也は、静かに頷き、獰猛な笑みを浮かべた。


「では、貴方の新たな人生が大いなる波紋となりますよう祈っております」

「ああ。っと、そうだ。伝言を頼む」

「はい」

「俺はいつか、お前に直接会いに行く、と」

「………」

「頼んだ」

「はい」


 神の使いの返事とほぼ同時に、慎也の体は足元から金色に輝く粒体となり始める。


「転生、一応向こうの世界では別人になるのか……」

「そうなります」

「これはただのワガママだが」


 消えゆく瞬間、慎也は笑う。


「新しい俺の名前もシンヤがいいな」


 言い終えると同時に、慎也の体は完全に消滅した。


   ※      ※      ※


 そうして伍堂慎也の魂は、新しい器へと降ろされた。

 次に彼が意識を取り戻すのは、新しい器が齢三つを数える時だった。

 濃い青色の髪と金茶色の瞳を持つその器の名は、シンヤと名付けられていた。

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