森の町 2
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壁の中は外側とはうって変わり、見渡す限り光で満たされていた。どうやらランプは必要ないようだ。
森の暗闇に慣れていた目が眩み、ヒトとヨフは暫くその場に立ち尽くす。
目がようやく光に慣れたあたりで、ヒトが口を開く。
「ねえ、ヨフ。知ってる?」
「なんだね、ヒト」
「暗いところから明るいところに行く時は、目を瞑って移動してから一気に目を開けると、目の順応が早いらしいよ」
ヒトは背中に当たる尻尾の感触から、ヨフの目が輝きに満ちているところを想像できた。
「もうちょっと早く知りたかったね」
「嘘だよ」
ヨフの「えぇ…」と、言いたげな表情と、うな垂れた尻尾は、見えなかったことにした。
目が慣れて視界が開けると、広大な土地と、それを取り囲む周りの壁が見えた。壁は円を描くように続いていて、壁の内側からだとその様子が一目でわかる。
「凄い大きいね…」
「そうだねぇ…」
そんな異様な空間で一際目を引くのが、中央辺りに雄大に立っている大樹だ。太さは20メルほどだろうか、天辺が見えないほど高く伸びている。
特徴をあげるなら、紅く染まった葉が目を惹く。全ての葉は不自然なくらいに均一に、美しく綺麗な紅色に染まっている。
「あの木が長老かな?」
ヒトの暢気な言葉にヨフは少し唸った。
「長老って、人間の村じゃないね。それどころか、木以外に何もないね。けども……」
「けども……何?」
「うんにゃ、何でもないね」
ヨフはそう言っているが、足裏からヒトの肩に伝わってくる感覚が、少し力んでいる気がした。
そんな会話の後、大樹に近づいてみようかと検討している時。
ーーー不意に音が響いた
『ほぅ…今日は良き日になりそうだ…客人が来るとは珍しい…』
響いてきた方向は大樹。
ヒトとヨフは大樹を観察するように睨みつけるが、大樹は先程と何の変化もないまま鎮座している様に見える。
不可思議な音に、ヒトは体の重心を低くし即座に動けるように構える。
ヨフは警戒してますよオーラで全身の毛を逆立てる。
『初めまして、小さき客人達』
「こんにちは、大樹さん?」
ヒトが挨拶をし、ヨフがそれに「ハジメマシテ」と続く。若干片言なのは警戒しているからだろうか。
『ようこそ森の町へ、お客方…町とは言っても話せるのは私しかいないがね…はっはっは』
大樹は愉快そうに笑ったが、ヒトには笑いどころが分からなかったため、とりあえず頷いておいた。ヨフは大樹から見えないよう、ヒトの後ろで欠伸をしている。
『ハッハッハッ、面白くなかったかね?ともあれ、よくぞ来た客人。……いつまでも客人では呼びにくい、名前を教えてはくれまいか』
「ヨフ」
「ヒトです。ヨフと旅をしています。よろしくお願いします」
ヨフはぶっきらぼうに。ヒトは礼儀良く、他人行儀に挨拶した。
『ヨフにヒト、今日の出会いに感謝しよう。私の名はないので好きに呼ぶと良い』
「では大樹さん。で」
『ハッハッハッ。良いとも』
大樹は、紅色の葉を弾ませながら話し出した。
本当に久しぶりの客人だったらしく、大樹はヒトとヨフの旅の話をなんでも聴きたいと言った。
基本的に話すのはヒト。話の間にちゃちゃを入れて話をするのがヨフ。大樹は2人の話を時に楽しそうに、時に静かに、時に質問しながら聴き入っていた。
雑談が弾み、昼の光が入り込んでいた空間はいつの間にか、茜色に染まっている。
話が一区切りしたところで、大樹が切り出した。
『ヒト、ヨフ。君たちの話、随分と楽しませてもらった。ありがとう。こんなに人と話すのは何年ぶりだろうか……。お礼として、何か私が君達にできることはあるかね?』
ヒトとヨフは長いおしゃべりの間にお腹が空いていたようで、干し肉を焚き火で炙ってちびちび食べている。
「そうですね……では、大樹さんがつける果実とかあれば欲しいです」
ヒトが答えている隙に、ヨフはヒトの持っている肉をゴッソリ音を立てず噛みちぎった。
その頭に、大樹と話しているヒトの拳骨が落ちた。
問いかけられた大樹は先程までより落ち込んだ音で返答する。
『ふむ、私の果実が欲しいとな……すまないヒト、私が果実をつけるには条件があるのだよ。その条件が今は満たせない』
「そうですか……。少し残念ですが、ダメ元でしたから、ありがとうございます」
心なしか、大樹の葉が下を向いている気がする。
しょんぼりした音に笑いを抑えながら、ヒトは「本当に大丈夫ですから」と、話を続ける。
ヨフは、先程噛みちぎった干し肉を咀嚼している。
『本当にすまない。是非見せてやりたかったのだが……』
「どうかしましたか?」
唐突に喋るのをやめた大樹に対して、不思議そうな表情でヒトが問いかける。
大樹はヒトの質問に答えず、枝をぶんぶん振り回し、葉を弾ませ始め。
『やったぞ、ヒト。果実をあげよう』
そう言った。