ややこしい困り事
(双子ではないし、分身なんて……、まさかできるはずもないわよねぇ?)
人の波を掻き分けながら、ソフィーは思考を巡らせていた。ジェームの行動には、明らかな矛盾が生じていたのだ。ソフィーは、このことを皇帝に伝えようかと迷いながらも、送話器に手をかけられずにいた。恐らく皇帝ならば、この不可思議にも即座に納得できる答えを用意するだろうが、しかし、この情報だけでは不十分であろうと思ったのだ。
代わりに、ソフィーはもう一つ隠し持っていた送話器に話しかけた。その相手も、多少焦っていたようだが。
『……あ、なんだい。今、忙しいんだ。』
「探してるのは、人? それとも物?」
受話器からは、喫驚の嘆息が漏れた。ソフィーは、自分の考えがある程度的を射ていたことに気づき、はからずも鼻を鳴らしていた。
『ははっ、何ていう勘だ。やっぱり君は実践向きだよ。…………参謀総長が行方をくらましてしまってね。』
相手の人物━━ショーンは、驚いて、半ば呆れたような声でそう告げた。それに対してソフィーは、そうなの。とだけ素っ気なく答えた。
「実は、大魔導師様の動きに気になるところがあるのよ。でも、ようやく分かったわ。……誰が裏にいるかはさておき、あのジェームの正体が分かった。」
『……あぁ、そうか。今、心当たりのある場所を一つずつ回って探しているんだ。見つけ次第連絡するよ。』
そう言って、通信は切れた。ソフィーは手の中の機械を弄びながら、再び深い思案に沈んでいった。
王都に響き渡るのは、無尽の交戟の音。その間を縫って、光とアテナはひたすらに逃げる。巨大な骸骨は、幾人かの予想を裏切り、噴水から動くことはなかった。
「はぁ、まさか術者がここまで予想していたとはね……。」
アルジェンタは視界の端で動く二人を伺いつつも、骸骨の外郭を削ぎ落としていく。マナの供給がないために、その魔力は無尽蔵ではないものの、やはり自分一人の力では倒せるはずもない。もし、自分の能力を最大限まで引き出すことができたとしたらば、倒すことができるかもしれないが、しかし、引き換えにこの市街地を吹き飛ばさねばならない。何より、マナが足りなかった。
ただ、だからといって攻撃を止めることはない。アルジェンタが攻撃を続ける限り、骸骨の狙いは少しずつずれていく。二人が攻撃を逃れる隙が生まれる。もっとも、この場にいる人々に、噴水の広場から逃れることは許されていない。光とアテナを閉じ込めるために作られた高く厚い壁がそれを防いでいるのである。
「見つけたぞ、ショーン。」
扉の取手に手をかけたショーンは、背後から名を呼ばれて、思わず肩を震わせた。そこにいたのは、突然消えた彼のことを探していた、ヨハンとカリーニだった。
「聞かせてもらおうか、なんでまたいきなりいなくなったりしたのだ。」
「どれだけ探し回ったと思ってるんですか……。」
二人の様子を見たショーンは、彼らが自分の敵として動いていないことを確認した。情報が錯綜し、予想外の出来事が次々と起こる中ではあったが、彼らに他意はないのだろうとはっきりと感じたのだった。
「教えてくれ、一体そこに何があるのだ。」
「多分、君も探してる人……。このややこしい状況を作り出した犯人ってところかな。」
扉の先には、石造りの螺旋階段がある。小窓から漏れる外光が、暗い空間を切り取るように照らしていく。三人の足が、硬い音を響かせる。会話のない、ひたすら歩くだけの時間が、カリーニにとってはとても長く感じられた。しかし、前を行く白黒の男たちは、この階段をどんな気持で登っているのだろうか。
この階段は、城郭の中枢にある王宮の四隅に立つ、見張りの塔を兼ねた鐘楼のものである。ショーンがこの鐘楼に登ることを選んだのは、一重にこの鐘楼の屋上からは、王城下がよく見渡せるからである。城下の形勢を伺うのに、ここは最もおあつらえ向きの場所であるのだ。
そして、そこに彼女はいた。
「やっと見つけました。よくもまぁ、ここまで状況をややこしくしてくれましたね。」
「私だって、こんなことはしたくなかったよ。だけど、ほら、皇帝の命令とあらば、断れないじゃないか。そうだろう?」
そこにいたのは、ジュゼッペに替わって参謀総長に就任した人物、ミカエル・アレクセイエヴァであった。いつも被っているフードをとって、水色の髪を風に踊らせている彼女は、寂しそうな顔をしてはいたものの、その心の奥底では何を考えているのか、三人には量りかねた。しかし、彼女のことだ、その表情すら心情を予測するヒントにはなり得ない。
『転身』、これが彼女の能力の名前である。彼女は自らが触れた相手の容姿から能力まで、全てを取り込み、模倣することができる。それを見破るのは至難の業、マナの色まで似せることができるので、有力な魔法使いでさえも、本物か偽物かは分からない。
つまり、光とアテナに城下へ行けと命じたジェームの正体は、ミカエルだったのである。目の前に首をもたげた術者という危機に対し、参謀総長、ミカエルの存在はまったく気にかけていなかったことに、ヨハンは猛省した。彼はミカエルと正対しながらも、頭の中では城下の二人のことを常に案じていたのだった。




