詐欺師との対談
先を歩いていた光は、噴水の広場を見、剣を捨てなくて正解だったと感じた。彼の眺める先には、巨大な何かが、その腕らしきものを大きく振り上げていたからである。━━骸骨は、無力化などされていなかったのである。
骸骨の周りからは、甲高い金属音が鳴り響いている。金属性のアルジェンタが戦っている何よりの証拠だった。
「どういうことだよ、ジェームさんは何で嘘なんか……。皇帝に丸め込まれたってことか……!?」
しかしながら、光から見たジェームは、自分の仲間が戦っているというのに、それを見捨てて、作戦を放棄して皇帝に降るような人物ではなかった。ともすれば、何か裏があるというのか。
迷っている暇はない、罠に嵌まったとしたならば、そこから抜け出さねばならないのだ。生きんとしている自分にとり、死は避けるべき運命である。例えそれが、避け得ぬものであったとしても、足掻くことを止めてはならない。思考を停止してはいけない。
剣を錬成しては骸骨にぶつけていくアルジェンタが、ちらりと王宮の方を見、そしてそこに立つ自分たちの姿を認識して目を大きく見開いたのが、二人の位置からでも分かった。彼女が、ジェームから何も知らされていなかったことは、この反応から明らかであった。
何故を問う暇は、互いになかった。
骸骨は、二人が現れたことに気づくと、その巨大な身体を揺らし、這いずるようにして、移動を始めた。━━このまま移動していけば、骸骨が噴水から離れるのではないか、と、アルジェンタは思い、しかし頭を振ってその考えを脳の隅に追いやった。それを実行に移すことは、二人を利用しているのと同じことだ。皇帝の野心に、自分の思考が重なるということが、ひどくおぞましいものに感じられたのだ。
「皇帝、謀ったな。」
術者の言葉に、思い当たる節の一つもない皇帝は、ただただ首を傾げた。このような、自分が策に嵌まるような感覚は、ついこの間の諸王侯会議の折に得たばかりである。王族として生を受け、強大な力を有し、不自由なく暮らしてきた彼にとり、思う通りにいかぬことは最も忌むべきものであった。策を弄した人物の心当たりこそあれど、それがどこへと向かうのかは、未だに分からない。暗闇の中で、波に飲まれぬように帆を操りながら、しかし風に流されるより他なしといった状況である。
イヴァンにとっては、術者の漏らす呟きこそ、第一の情報源となっていた。これ以外にもたらされる情報もなく、街の反対で起きている戦闘のことなど知る由もない。
「また出て来おったのよ、何を考えているのか……。」
「二人が、また……。何を狙っているんだ……?」
「……げに口惜しきかな、私が動けたならば、行って喰ろうてやるものを。」
「…………。」
イヴァンは、詐欺師と銃口を突きつけ合っているような心持だった。力こそ均衡を保っているものの、その他の面でイヴァンは術者に遅れをとっている。……詐欺師は、自らのために嘘と真実を使い分ける。銃の弾がどの穴に入っているのかを知っている。術者がどれだけ人を欺く能力があるかは別として、その真偽を確かめることができぬ以上、嘘を嘘とも言い切れないし、真実を真実と断定できない。これを、詐欺師との対談といわず、何といおうか。
幸いにも、術者は二人に対しては、直接の行動を起こせない。ならば、今自分が為すべきことは、彼を長く止めておくことであるのだと、イヴァンは悟った。皇帝である自分に知られぬように、緻密に練られた作戦ならば、この場で戦う自分の動きも計算に入れられているはずだ。まして、その作戦を立てたのが自分の部下であるのであれば、なおさら。━━不本意ではあるが、そう思い直した。
「……行かせないよ、二人は、守られる。」
術者は、不思議そうな顔をした。皇帝の言葉からは、盤上の駒の位置を把握している棋客のような自信が失われていた。それにも関わらず、彼は断言したのだ。
「…………何を根拠に。」
「何故って、ここは僕の庭だからね。」
その頃、結界の内部では、人々が固唾を飲んで、二つの戦いの結末を見届けんとしていた。もちろん、彼らは、彼らの勝利を疑うことはなかったのだが。
「……ねぇ、大魔導師。」
その中で、アルジェンタとメリアとロロ、そして、結界から出て行ってしまった光とアテナの成り行きを見守っていたジェームは、背後から声をかけられて、振り向いた。
「どういうことなの、あれは。……貴女、何か知っているの?」
声をかけた相手、武器庫の管理人のソフィーに、ジェームが問いかける。ソフィーは少々驚いた表情を見せたものの、何かに納得したようであった。
「やっぱり、知らないのね。」
「まさか、まだ、誰かが謀略を。」
訝るジェームに、ソフィーは薄く笑いかけた。
「……ふふっ、貴女が知らないなら、参謀本部の白黒の作戦じゃないってことね。それが分かっただけでも良かったわ。」
「……ま、待って。どういうことなの……?」
ジェームの呼びかけに答えることなく、ソフィーは人混みの中に姿を消してしまった。




