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終わった物語  作者: 大地凛
終末のアラカルト・第一章━━死霊編
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騙し合いの成れの果て

「貴方たち、無事でよかったのだわ。」


 皇帝と術者の戦いを、結界の中から眺めていた光とアテナに、後ろから誰かが声をかけた。そのよく知る声を聞いて、二人は安堵の表情で振り向く。


「ジェームさん!」


 そこには、大人びた童女━━土の大魔導師であるジェーム・シーカがいた。



「……陛下は、術者と戦い始めたようだわね。」


 遠くを見やったジェームは、ぼつりと呟く。その声音に、言い様もない影のようなものを感じた光は、不安になって尋ねた。


「何か、問題が?」


 その鋭い質問に対し、ジェームは一瞬、躊躇した後にゆっくりと頷いた。


「実は、アルジェンタがまた、し損じてしまったのだわ。」


 彼女の言うことには、アルジェンタは、噴水の基部に埋め込まれた聖杯を取り出すことこそ成功したものの、それを守っていた件の骸骨によって自身は捕らわれてしまったらしい。大魔導師ともあろう者が、不甲斐ないとは思うのだけれど。と彼女はつけ加えた。


「えっ、それはまずいじゃないですか。作戦は……。」


 光はジェームの、困ったような、もどかしいような表情を見て、何故、彼女がここに現れたのかを直感した。そしてその感覚は、傍らのアテナにも伝播したようだった。


「……つまり、俺たちに行けと。」


「無理は承知してる、だけど、それしか方法がないのだわ。私は皇帝陛下やアルジェンタの魔力の供給をしなければならないし、住民の安全を守るために、結界からは出るなと、大公に釘を刺されてしまったから……。それに、マナに関しては問題ないのだわ。」


 光には分からなかったことだが、今、城下のマナの水準は、平時程ではないものの、回復してきているという。皇帝が戦いの中で、浄化を行っているからだ。縮合したマナを分解していったために、現在の城下には、数人の人間が活動するには十分なマナがある。とはいえ、煙は吐き出され続けているし、魔力供給を止めれば、皇帝が浄化で発生したマナを使い切ってしまう。


 加えて、この作戦の全体を理解している人間は少ない。ヨハンとカリーニは、姿を消したショーンを探しに王宮の中に入っていってしまったし、カスパーやアトラスは、住民の不安を静めることに手一杯なのだろう。つまり、目的を果たすのに最適な人間が、この二人なのだ。


「幸いなことに、あの骸骨はアルジェンタがほぼ無力化した。だから、貴方たちは聖杯を皇帝のところに持っていくだけでいい。陛下なら、きっとその意味を理解できるから。」



 結局、二人はその申し出を肯じた。乗りかかった船であるし、危険は少ないと考えたのである。……アルジェンタが聖杯を取り出すのを、術者が黙って見過ごしたということは、つまり、手出しができない程に追いつめられているということだ。


 かくして、二人はまたも、城下へと歩み出したのだった。これで皆が、術者の恐怖から解放されるのだと信じて。


(…………ごめんなさい、二人とも……。)


 ジェームは去り行く少年少女を眺めながら、心の中で頭を下げた。皇帝や、それに準ずる者の企てに逆らう実力も胆力も持ち合わせていない彼女は、それに力を貸すより他なかったのだ。



「ヒカル君、その剣ちょっと危なくないですか?」


 城下を並んで歩く少年が、抜き身の剣を引下げているのを、アテナは見咎めた。自分の命を救ったとはいえ、剣は武器である。生物の根幹を絶ち切るためのものである。━━加えて、剣の煌めきを見たアテナの脳裏には、何か悪い記憶が浮き沈みしていた。それが、アテナがなくしてしまったものであるということは、疑いようがない。


 光は、しかし鞘を持っていないのでどうしようもなかった。それに、この剣の放つ淡い金のマナの色が、彼に勇気を与えているような気がしていたために、無下に扱うこともできなかったのだ。


「何があるか分からないから、どうしようもできないよ。……でも、何でそんな……。」


「……いや、理由……、は、ないですけど……。」


 歯切れの悪いアテナの不安を機敏に感じた光は、自らの手元に目線を向けた。もしかしたら、これを持っていたら、アテナを苦しめることになるかもしれないという考えが、首をもたげてきていた。だが、これを捨てたらば、一体何が自分たちを守るのかという気がかりも確かにあったのだ。


 どうすれば正解なのか、彼には分からない。仕方なく彼は、アテナから数歩先を歩き、マナの影響をできるだけ和らげることにした。



「……いない。」


 参謀本部の扉を開けたショーンは、もぬけの殻となった部屋を見回して呟いた。この緊急事態に際し、本部の職員は皆避難している。ところが、その内でも最も重要といえる参謀総長がいないという報告を、ショーンは直属の部下から受けた。心当たりのある場所を回ってみたものの、やはりいなかった。


 参謀総長、ミカエル・アレクセイエヴァ。ショーンにとって、皇帝が敵にしたくない恐ろしい相手なら、ミカエルは、敵にすることが好ましくない、面倒な相手である。常に悪辣といえなくもないような作戦で人を欺く天才である。そしてそれは恐らく、ヨハンたちも同じ印象を抱いているだろう……。とにもかくにも、ミカエルが皇帝に与したという事実に、ショーンは頭を抱えたのだった。

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