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終わった物語  作者: 大地凛
終末のアラカルト・第一章━━死霊編
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涙と笑顔

 荒ぶる波濤が、黒い奔流が、束となって光とアテナに迫る。だが、それらは雷火によって即座に打ち消されていく。


「皇帝が、本気になったんだ。」


 事実、煙は全く二人に届いていない。術者が二人を捕らえようと本腰を入れ、皇帝もその能力の真髄を発揮している、それらが相殺された結果として生まれる、微妙な均衡が二人を守っている。


 だが皇帝は、使えるマナがない城下へと出ていくことはできない。一方の術者は、ゆっくりと、だが確実に、二人との距離を詰めてきている。魔法や能力は、空気中を伝わるという点では音や熱と同じで、近づけば近づく程にその力が強く伝わる。煙がほぼ無尽蔵に湧き出してきている以上、時間が経てば経つ程に、光とアテナは不利になる。皇帝が術者を追い詰めるためには、もう一つの鍵が必要であった。


「……、どんどん煙が近づいてきてませんか?」


 じりじりとした殺意、敵意を感じた光は、それに応えることもできなかった。息が詰まる。ただ、暖かな、自らに注ぎ込まれているマナの感覚だけが、自分の緊張をほぐし、安心感を与えてくれる。もしそれがなければ、足を一歩踏み出し、駆けることも困難であろう。


『大丈夫か!?』


 通信用の鉱石から響くヨハンの声に、光は何とか返そうと口を動かす。大丈夫だという内容を伝えるだけなのに、随分と時間を割いたように思われた。


「大……丈夫です……。」


『そうか、今、西の区画では計画が進んでいる。それまで耐えてくれ。』


 二人は、煙━━徐々に間を詰めてくる煙を見つめた、否、睨みつけた。死なぬという硬い意志と、野望へと立ち向かう決然たる態度が、二人に力を与えていたのだ。



「陛下、鳥の目で確認いたしました。生死こそ不明ですが、土の大魔導師様は術者に取り込まれてはいない模様です。」


「そうか、誰が一緒にいるんだい?」


「……っ、コニーチュク教官です。」


「やっぱり、何となくそんな予感はしていたよ。」


 カスパーは、皇帝の洞察力に舌を巻いた。アトラスがジェームの救出に動き、逆に捕まってしまった事実は、皇帝が知るはずもなかったのである。しかし、皇帝はマナの流れや王宮内の人々の動きから、その結論を導き出したのだ。カスパーは、自分のことにまで触れられなくてよかったと、腕組みをして考えていた。


 つい先刻、光とアテナを監視、もとい見守っていたカスパーは、その側に立つ、珍しい顔━━参謀本部のショーンの姿を見留めたのだった。彼の目配せを見たカスパーは、彼が、自分に伝えたいことがあるのだと悟った。


 じっと目を凝らすと、ショーンは、口をパクパクと動かして、何かを言っている。千里眼では、音までは聞こえないために、少しでも多くの情報を手に入れるために、カスパーは読唇術を身につけていたのだが、ショーンはそれも知っていたらしい。


(二人が囮になるから、術者を倒すよう、陛下に伝えてほしい。)


 カスパーの驚愕の表情が見えているかのように、ショーンは悪戯っぽい笑みを浮かべた。かくして、それを(うけが)ったカスパーは、皇帝に対する反抗の片棒を担ぐこととなったのだった。


 一方、術者の移動によって、王宮の南西、ジェームとアトラスがいる区画は、煙の出が収まってきていた。しかし、依然としてその煙の壁は厚く、中にいる二人に、それを切り払う力はなかった。アトラスは、僅かばかり残った自分のマナをジェームに流し込むことで、結界を保持させていた。


「……私の方が、マナの循環効率が悪いのに、貴方らしくない……。勝利のための最善の策をとるのが、貴方ではなかったのかしら。」


「…………自己犠牲の精神は、私は、思考の放棄だと教えています。他者だけでなく、自分を救う方法を探さずに、ただただ自分の身を切るのは、簡単な方法に逃げただけだと……。」


 アトラスは、口から出かかった言葉を飲み込んだ。ジェームが大粒の涙を溢したのだ、悲しみや恐怖からくるものではなく、怒りや悔悟の念からくるものであった。


「……私を切り捨てて、お願い。貴方だけでも、せめて貴方だけでも生きて……、陛下をお守りして……。」


 そのジェームの言葉は、貴方の信念に反してまで私を助けるのは、馬鹿らしいからやめて、と暗に伝えているのである。だが、アトラスにとって、自分の行いは、━━自己犠牲には違いないのかもしれないが━━勝利のために必要なことだと割り切っていたのであった。術者を倒すには、やはり大魔導師の力が不可欠なのである。


「いざとなれば、陛下から下賜された笏杖がある。この神器を解体すれば、十分命をつなげる。」


「何故………………。」


 ジェームの消え入るような声に、アトラスは危機感を覚えた。やはり、自分の拙い魔力供給では、伝達がうまくいかなかったのか。ここで彼女が死んでしまっては、元も子もない。やむなくアトラスは、皇帝の杖を取り出し、呪文を唱え始める。


 ━━名器ではあるが、皇国のために使われるならば、本望であろう。


 杖は、金色の光を放つ。マナの結晶でできたそれが、強く反応しているのだ。それに呼応するかのように、ジェームの肌に血の色が戻ってくる。



 そのとき、一迅の風とともに、高らかに声が響いた。


「おいおい、その杖使わないんだったら、俺にくれよ。」


 アトラスは、煙が切り払われた感覚に、思わず目を細めた。二人がかりでも破れなかった壁を突破したのは、ヨハンと一緒にとんぼ返りしてきた男━━騎士団第一小隊長の、オリバー・グラッドであった。


「……遅くなってすまねぇな、助けに来たぜ。」


 彼はそう言って、歯を見せて笑ったのだった。

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