対談
「……おっと、ヨハンさんだ。」
通信用の鉱石の反応を感じた光は、ロケットを取り出して蓋を開ける。彼の声は、とても小さく、周りに漏れぬよう配慮されていた。
「どうしたんですか。」
『……どうしたんですか、ではないのだが。呑気なものだな、少しは知恵を絞れ。』
「知恵を絞って、状況をひっくり返せないって思ったんですよ。無茶苦茶言わないでください。」
さっきまでの威勢はどうした、といわんばかりに鼻を鳴らすヨハンに、光は、口を尖らせて不快感を示す、もっとも、その様子は伝わるはずもないのだが。すると、その会話を聞きつけたアテナが食いついてきた。
「すごい、伝達鉱石だ、初めて見た!!」
『……あ、アテナちゃん無事ね。二人ともなんともなくて良かったぁ~。』
『現在進行形で窮地にいるけどね、生きてるだけで万々歳さ。』
次々と交わされる会話に、光は、自分以上に呑気な人たちがいるではないか、と頭を抱えた。もちろん、向こうでも同じことを考えている人はいた。その人物━━ヨハンが咳払いをし、話を本題に戻す。
『もういいだろう、作戦を言うぞ……。』
そこで語られた作戦というのは、光とアテナにとって、驚くべきものであった。
一方その頃、光たちとは少し離れた人々の輪、皇帝を中心とした輪には、動揺が広がっていた。なぜなら、今までとはまったく違う動きを、術者が見せたからである。
「…………。」
人々は、煙が素早く広がり、それが結界に沿うように登ってくるのを見た。ざわめきが人々の間で起こるも、焦ることはない。彼らは皆、大魔導師と彼女らによって作られた結界を信頼している。━━その信頼は、力を使い果たしかけたジェームの死によって、崩れ去ることとなろう。その事実を人々は知らない。むしろ、皇帝や魔術師団への盲信は、この状況さえも策の内であると民衆に思わせるのには十分であった。不動を貫き、顔色一つ変えぬ皇帝の態度は、その考えを補強していた。実際は、彼の動揺によって人心が離反することを、一重に恐れていただけなのだが。
煙は、先程ジェームの前に現れたものと同じように、術者本人の形でもって顕現した。固唾を飲んで見守る人々を睥睨しながら、術者の分身は重たい口を開いた。
「王都の民よ……、私を畏れぬのか。」
その言葉の持つ意味は、分かっているはずだ。だのに民衆はそれを聞いても、皇国への信頼を手放しはしなかった。それほどまでに、イヴァンという男は慕われ、または畏怖されているのかと、術者は極めて自然な驚きの感を抱いた。つまり、それを打ち砕くことは、人々を、孤峰から千尋の谷へと突き落とすことに同義である。
「君が一連の事件の首謀者か、目的は一体何なんだ。」
術者に対して、イヴァンは叫ぶ。帝国の主に相応しい、威厳ある声に、しかし、術者はまったく物怖じしなかった。
「……まさか、ここまでやり込められるとは思わなんだろう。無辜の民を六人も見殺しにして、尚も我が前に立つか。」
「見殺しとは……、下手人が何を言うんだ。」
皇帝は、呆れたように返す。だが、皇帝に近い人物たちは気づいていた。ここで彼が弱気な態度を見せれば、この場においては術者が優勢になる。━━民衆に、一連の事件への対応が、後手に回っていたことを、ことさらに印象づける結果につながりかねない。近臣は、ただただそれを恐れていた。民衆が反旗を翻すようなことがあっては、皇帝だけではなく、自分たちもまた、ただではすまないのである。
「そうだ。これ以上の人死になど、誰も望んではおるまいて。イヴァン皇帝よ、汝もそうであろう。」
当たり前である、と皇帝は頷く。術者はそれを、満足気に見届けた。
交換条件か、とイヴァンは予測した。魔術儀式に、死霊の召喚だけでなく、民衆に対する示威行為の側面があったということは、つまり、死の恐怖を払い、皇帝の威信を回復することと引き換えに、術者は何らかの見返りを要求しようとしているのだ。皇帝の譲位や政体の変革、或いは革命分子の解放、イヴァンは考え得る限りの、自らに突きつけられるであろう要求を考えた。そのいずれもが、王都のみならず、帝国全体に影響を与えるものである。それらをはかりにかけながら、帝国の未来を見据えつつ、慎重に選ばねばなるまい。
しかし、術者が口にした条件というのは、皇帝の予想を裏切るものであった。
「王都の安寧を取り戻し、民衆を救いたくば、失踪事件調査本部の少年少女を、私に差し出すのだ。」
「なっ……っ!」
イヴァンは、その言に、信じられないという表情を浮かべた。これほどの事件を起こしながら、その見返りとして、たった二人の子供を差し出すことを要求する、帝国内において、絶対の権力を持つ皇帝ならば、大抵のものは用意できると言っても過言ではない。それを、まさか光とアテナを要求するとは、誰が思っただろうか。
いや、煙が術者によって作られたものである以上は、術者もまた、強力な能力者を欲していても不思議なことではない。問題は、二人は皇帝が最も手離したくない宝の一つであるということだ。だからこそ、その存在を秘匿して、特命の政府機関として扱おうと考えていたのに、それが術者に知られてしまっていたのだ。皇帝の頭に、再び内通者の存在の可能性を考えた。ふと、周りを見回すと、皇帝と同じように術者を見つめる近臣たち。この内の誰が、裏切り者であるのか、はたまた、何か別の可能性があるのか。
いや、そんなことはどうでもよいのだ。皇帝は、皇帝として、いや、人としての禁忌に触れかけた。はかりの一端には、少年少女が、そして、もう一端には民衆が。━━イヴァンは、自分のことながら、人の道を外れていることだと、自嘲気味に笑った。
そして、彼が決断を下そうとしたとき━━。
「大変です、陛下!!」
鋭い声が響いたのだった。




