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終わった物語  作者: 大地凛
終末のアラカルト・第一章━━死霊編
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檻の中で

(はっ……あっ、くそっ……。)


 皇帝とのやりとりの後、無言で彼を見つめていたアルジェンタだったが、感情の高ぶりを抑えられず、踵を返して逃げてしまったのだ。ジェームを助けにいきたいが、皇帝に逆らえば自分の命はないと考えていい、ともすれば自分は、皇帝が思い直してジェームを救いだそうとするのを、待つしかないということなのか。


 それが我慢ならずに、アルジェンタは逃げた。自分の浅慮では、皇帝の遠望には遠く及ばぬ、さすれば、一体どうすれば、ジェームを救い出せるのか、皇帝を動かすものは、果たしてなんなのか。


「知りたい?」



 考え事のつもりが、つい口に出ていたらしい。そうでなくても、事情を知ってさえいれば、何を考えているのかは分かるかもしれないが。


「えぇーっと、参謀本部の人が、揃いも揃って何をやってるんだい?」


 この問いに、薄く笑む黒髪と、不快そうな白髪は答えなかった。代わりに、秘書官がそれに応じた。


「二人の作戦を擦り合わせているんです。……この状況の打開策を。」


 打開策、という言葉に、アルジェンタは強く反応した。現在の状況を問題に感じている彼らの目指すところは、恐らく、自分の目的━━ジェームの救出とどこか一点で交わるのであろう。それはつまり、皇帝への反抗である。それは、まず不可能なことである。しかし、彼らの策略があれば、或いは。


「なら急がないと、……知ってると思うけど、ジェームが捕らえられてしまったんだ、僕のせいで。手遅れになる前に助けに行かなきゃ。」


「それについては、多分心配ないと思います。術者は、大魔導師様を交渉の材料にしようとしているんだと。」


 カリーニの言葉に、アルジェンタは眉をひそめる。すると、ヨハンが指を立てて持論を述べる。


「大魔導師は、現在王宮の結界の強化を担っている。これを捕らえてしまえば、民衆が煙に呑まれるのも時間の問題になる。しかし、あの煙の性質を鑑みるに、術者の目的は恐らく虐殺ではなく、多量かつ上質のマナを手に入れることなのだが。」


「だから術者は彼女と引き換えに、ヒカル君とアテナ嬢を狙っているのさ。……術者と陛下の企みは、あの二人を通じて合致した。煙に魔法が効くと分かれば、大魔導師様が派遣されることは分かっていたことだし、それを捕らえる機会は、城下にいる間ならいくらでもある。問題があるとするならば……。」


「…………陛下が二人を手離す訳がないってことか……!」


 三人は頷いた。それはつまり、術者と皇帝との交渉が行われるとしても、それが長引くであろうということを意味していた。交渉が決裂する前にジェームを助け、術者を打倒し、かつ二人の命を守る。そのための策とは。


「皇帝を利用するのだ。」


 彼はそう言って不敵に笑った。



 剣による攻撃は先程とは違い、煙に対して全く歯が立たない。アトラスは、ジェームの前に立ち塞がっていた煙の壁は、術者がわざと力を抜いて作っていたのだと悟った。そうでなければ、大魔導師や魔術師団でも払うことが叶わなかったものを、自分のような者が取り去ることができる訳がなかったのだ。


「無駄なのだわ。」


 そう、ぽつりとこぼすジェームに、最早戦う魔力は残っていない。煙にマナを吸われているかのような感覚に目眩を覚えた彼女は、今は地面に座り込んでいる。


「申し訳が立たぬ、未熟だった。」


 深々と頭を下げるアトラスを一瞥したジェームは、嘆息して、そんなことを言っても仕方ないのだと答えた。事実、この二人の命は術者の掌上にある。かつて王都の城壁の中で、全てが皇帝の掌上にあったのと同じように。


「別に……、貴方、魔力鉱石は持ってないかしら。」


 アトラスは首を振った。持っていたのは、大魔導師の救出のための最小限の鉱石だけだった。自分の魔力が尽きたとすれば、結界の強化はなくなる。アルジェンタの結界を司る能力は、今や術者のものであるのだから。


 先程の術者の発言を、ジェームは思い出していた。何故、術者は自分を殺さなかったのか、もしくは、アルジェンタのように操ってから、結界を司る能力を取り出せばいいだけの話だ。そも術者の目的は、あの二人である。その交渉材料として、自分は生かされたのか、皇帝との力による対決を恐れたのか。━━何故、術者はそこまで強力な能力者に固執するのか、それも、能力の開花していない者に。


「……どうしたの?」


「術者が動いている……、お気づきになられませんでしたか。」


 今は自分の体の活動を極限まで抑えて、少しでも結界を長く展開していようとしているために、ジェームは必要以上のマナの授受を行っていない。故に、マナの揺らぎは感じられない。


 だが、頭は動いていた。その行動の意味を理解したジェームの目は、大きく見開かれた。術者が交渉の席に着くための行動を開始したのである。


「陛下は、私のために二人を手離すかしら。」


 アトラスは、ジェームの呟きに応えることができなかった。鈍感な彼とて、皇帝の考えていることは想像できた。その結果が、ジェームにとっていかに残酷かも理解していた。理解していた故に、彼は咄嗟の反応ができなかったのだ。


「……どのみち、あの二人はただではすまない。私がもっと果断だったら、 誰も死ななくてすんだのかもしれないのに……。」


「私は、それでも私は皆を信じている。」


 アトラスは、術者に対してふつふつと湧き出してくる怒りと、自らの置かれた状況による焦りを落ち着けるために、そうジェームに語った。

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