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終わった物語  作者: 大地凛
終末のアラカルト・第一章━━死霊編
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血の通った駒たち

 目を瞑ったジェームの手を握ったのは、術者のものではない、暖かい血の通った手だった。


「…………?」


 ゆっくりと目を開けた彼女がまず見たのは、無骨な手甲。そこから腕、体、顔を順に見て、ジェームはそれが誰なのか分かった。


「大魔導師様、大丈夫ですか?」


 それは、ショーンの頼みで単独行動をしていた、アトラス・コニーチュクだった。



『大魔導師様はご無事だ。流石に分身がいるとは思わなんだが、まぁ、壁と一緒に叩き切った。問題ないだろう。』


「…………君もよくやるね。」


 ショーンは、自ら頼んだことながら、やや呆れたような口調で応じた。彼が先程、アトラスに告げた作戦。その大前提として、大魔導師は欠かすことができなかった。そして無論だが、そのことについて大魔導師が知っている訳がない。アルジェンタが脱出し、ジェームが取り残されたことは、計算外のことであった。


『……事情は分かったのだけれど、これからどうするつもりなの?』


「……実は、協力者が何人かいるんだけれどね。作戦自体は彼らがしっかりと動けば大丈夫なんだけれども。問題はヒカル君とアテナさん、それに、……頭が痛いがヨハンたち、皆どう動くか分かったものじゃないんだ。下手を打てば、共倒れになる。皇帝陛下も含めてね。」


 ジェームは頷いた。全体が脆い、何か不測の事象が一つでも起きれば、均衡は瓦解し、帝国の根幹に届きかねない傷がつけられる。そうなる前に、手を打たねばならない。他社の出方をうかがいつつも、均衡を崩さない、微妙の手を。


『ヨハネスと連絡は取れないのね?』


「ん、どうやら嫌われてしまったようでね。」


『…………。』


 腕組みをして考え込むショーン。終着点は見えているのだが、そこへ向かう道が分からない。むしろ、それが存在するのかも疑わしかった。夜闇の中を手探りで進む彼にとっては、剣と松明がどうしても欠かせないのだ。では、他の旅人は、目的地にたどり着くために、何をするか。


 それさえ分かれば、旅路の道程で、合流することもできる。別れて移動するよりも集まっていた方が安全なのは、自然の摂理であった。


『簡単な話だ、ショーン。ヨハンを見つけて、話して聞かせればいいだけなのだから。』


「…………そうだね。或いは、あの二人と先に合流するか……。でもなぁ、ヨハンが何かしら吹き込んでるかもしれないしなぁ。」


 ショーンは、そう言いながらも、朗らかに笑っている━━。少なくともアトラスは、受話器から聞こえてくるショーンの口調からそう感じた。信頼しているのか、疑っているのか、奇妙な関係である。さもありなん、とアトラスは目を伏せた。


『じゃ、ヨハンと先に会おうってことなのね……。それじゃあ━━。』


 ジェームの言葉を遮るようにして、轟音が響く。その怪音の正体は、黒い煙が地中を伝い、そして石畳を割って吹き出す音であった。ジェームとアトラスのいる区画は煙の壁に囲まれ、孤島のようになった。


 その轟音を最後に、通信は切れた。悪性のマナによる伝達障害によるものである。


「…………。」


 ショーンは突然切れた受話器を、しばらく呆然と見つめていた。が、やがて、今はなすべきことをなさんと思い直し、ヨハンを探すために外へ向かったのだった。



「ジェーム……。」


 王宮内に逃げ込み、身を安んじたアルジェンタは、切り払われ、そして再建された煙の壁を見つめていた。恐らく、ジェームは脱出のために一度煙を払ったものの、自分が先に脱出していたために警戒を強められたのだろうと、アルジェンタは考えていた。ともすれば、その責任の一端は自分にある。一刻も早く魔力を回復し、術者を打倒し、ジェームを助けなければ、という念が、彼女の中で強くなっていった。


 ━━だが、皇帝はそれを肯んじなかった。


「駄目だ。」


 皇帝は、再び市街へと出撃しようとするアルジェンタの訴えに、にべもなく首を振った。というのも、二人の大魔導師が倒れれば、王宮を囲う結界が大幅に弱体化するからである。ただでさえジェームの離脱で脆くなった結界である。万が一、破られたときの対策のために、皇帝はアルジェンタを手放す訳にはいかなかったのだ。


「でも、ジェームを助けなきゃ……。彼女の能力の得難さは、陛下もご存知でしょう?」


「それがどうしたというのだ。」


 イヴァンは、低い声で答えた。周りにいる者に聞こえぬように、彼はアルジェンタにのみ語りかける。


「分かっているとは思うけれども、指導者というものは、時として全体の利益のために一部を切り取らなければならないのだよ。」


 アルジェンタは言葉を失った、彼は、彼の作戦を放棄するということだ。ジェームを見捨てて、またすぐに新たな作戦を講じようとしているのだ。そこになんら迷いやためらいの類いが見受けられないのは、彼の皇帝としての権威や自信によるものか、それとも、彼個人の性情によるものなのか。切り捨てることを厭わないその姿勢に、アルジェンタは身の毛のよだつ思いがした。そのどちらにしても、彼がジェームを駒のように捨てようとしていることに変わりはないのだから。

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