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終わった物語  作者: 大地凛
終末のアラカルト・第一章━━死霊編
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術者との取引

「あーらら。」


「……厄介だわね。」


 高密度の魔力の壁を前に大魔導師たちはたじろいだ。下手を打てば、つまり、この壁の突破に失敗し、魔力が尽きれば、自分はここでの垂れ死ぬことになる。例えここを乗り切っても、相手の魔力は大量にある。大魔導師たちが出した決断は━━。


「またハンマーを使うしかないね。」


『何故そうなったのか、分からないのだわ。』


 ジェームが呆れ返ってため息をつく。もちろん、アルジェンタも危険性は理解していたし、先程捕らわれたことも十分分かっていた。だが、それでもアルジェンタはひたすらに、不意をつくことの重要性を説き続けた。ここまで熱を帯びた言葉を吐くのも珍しかったので、ジェームは真剣にそれを聞いていた。成功率は低いが、アルジェンタの策は、最終的、結果的には最善の策となると思われた。だが、その策の弱点について、アルジェンタが触れなかったので、最後にジェームは問うた。


『それで、貴女、動けなくなったらどうするの。』


「え、助けに来てくれるでしょ?」


『……はぁ?』


 アルジェンタには、焦りがあった。ここで魔力を消耗し切ることを恐れていたために、彼女は王宮に戻り、魔力の供給を行いたかったのだ。そのためには、こんなところで倒れてはいられない。口では先のように言ったが、彼女は恐らく、ジェームの手を煩わせることもないであろうと考えていた。



 マナの揺らぎが、術者の頬をなぜた。まさか突破を図るとは思っていなかったために、少々以外に思ったのか、対応が遅れた。自身の壁が、駆ける大魔導師の背後に林立していくのが分かる。術者は、一杯食わされたと苦笑いした。壁を突破し、魔力を大量に消費したのにも関わらず、大魔導師の動きは俊敏であった。素早い動きに翻弄され、術者はアルジェンタの帰還を許したのだった。


「鳥が篭から逃げたか。まぁいい、もう一匹はまだ手の内にある。」


 術者は指を振る、すると、ジェームの前にある壁が低く唸った。



 一方、時を同じくして……、ジェームは、もう一人の大魔導師が大きく動く気配を感じていた。


「本当にやったの、アルジェンタ。なんでああも無茶をするのかしら。」


 轟音と共に造られていった煙の壁が、大気へ帰っていく。ジェームはそれを見て、アルジェンタの脱出を確信した。━━これで、自分の包囲は、単純に考えて倍になる。まずいな、と感じていると、目の前の壁が突如として胎動し始めた。後ろに下がって距離をとるジェームの前に、煙に覆われた人のようなものが現れた。


「…………何?」


『…………。』


 出現した煙の塊は、他の煙とは違い、はっきりとした形を持っていた。その姿形は、遠目に見た術者に似ているように感じた、つまりこれは、術者が自らの操る煙で作り出した分身のようなものなのだろう。


『そ……なた…………の、そな…………た……の、い……のち……。』


 ぼそぼそと口にした言葉に、ジェームは身震いした。この化け物は、一体何を言うつもりなのか、もっとも、おおよその予測は立ったのだが。


「はぁ?あげる訳がないでしょう。」


 ジェームは術者の分身を睨みつけた。術者の分身に、言葉を認識する能力があるかは分からなかったが、それが歯を見せて笑ったので、少なくとも感情のようなものは再現できるのであろう。


『……残念……だ、み……ん、衆を、危機に晒すとは……。』


「危機……?」


『結界さえ除けば……、所詮……、烏合の衆、我々の数……の、敵ではないのだから。』


 ジェームは、やっと悟った。それの狙いは、ジェームの命というより、ジェームの輝石、能力、魔力なのだ。自分がここで煙に食われれば、或いは先のアルジェンタのように操られてしまえば、結界の力は半減する。


 ━━否、結界そのものがなくなる。


 ジェームは、王宮を囲む結界の力の明らかな弱まりを感じた。術者は恐らく、アルジェンタを捕らえたときに、彼女の結界を司る部分を抜き出したのだろう。今の今まで、アルジェンタの代わりに結界を展開させていたことを、彼は隠していたのだ。ジェームと一対一で交渉するときの材料とするために━━。


「私が貴方に輝石を差し出せば、皆を助けるとでもいうの?」


『……その通りだ、流石は大魔導師、話が速い。』


「嘘よ。」


 ジェームは、口角を吊り上げて笑うそれに、きっぱりと言った。それもそのはずである。約束を反故にしたとて、この状況で誰が気づこうか。まさか、そこら中に耳がついている訳ではあるまい。


 『では、逃げ出してみるか?』


 そんなことをしても無駄だという含みを込めた発言だった。それが本当に無駄なのか否かはさておき、術者に、絶対に逃がさないという自信を見てとったジェームは、慢心につけいることも厳しいように感じた。自分がどう動こうと、自分の命は術者の掌上にある。━━あの二人の命が、皇帝の手に握られているのと同じように。


「お願い、王宮には手を出さないで……。」


 進むことも戻ることもできない、無力な大魔導師。悪性のマナの塊と相対していたために、予想以上に魔力の減りが速い。頼る柱が沈む感覚に、彼女はただ、自らの敵に対して懇願するより他なかった。気丈な彼女の頬は、いつの間にか濡れていた。煙の影響で黒くなってゆく石畳に、黒いマナではない点が、いくつもついていた。



 術者の分身が、ゆっくりと手を伸ばす。それに触れればもう、助かる道はない。だが━━。


「わ、……私はワルハラ帝国の大魔導師、ジェーム・シーカ。……帝国の守護者……。民衆のために私の輝石、投げ出せるなら本望なのだわ…………。」


 彼女は、その手に触れる瞬間まで、気丈であらんとした。誰が見ている訳でもなかったのだが。

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