術式の全うと魔術師団
巨大な骸骨が、その体を引きずるように、ゆっくりと、だが、確実に、王宮に迫ってきている。マナは徐々に力を増し、触れる建物を塵へと還していく。黒いマナが吹き上げられ、それは骸骨へと吸い込まれていく。
「……。」
術者は、巨大な枝のような骨の間から、王宮を見やった。そこには、きっと彼が望む、強大な力を持った能力者がいるはずだ。霊脈から得た魔力によって彼が生み出したこの骸骨の力があれば、必ずやそれらを倒し、膨大なマナを手に入れることができるであろう。
「…………待っていろ、必ず……。」
術者の小さな声は、鐘楼の崩れる音にかき消された。
城壁の内部が、やにわに騒がしくなった。数十人の揃いのローブを纏った男女が、ぞろぞろと集まって来て、隊列を組む。その先頭にいるのは、現在王都を守る、二人の大魔導師である。
「なんか締まらないね、二人だけとは……。あぁー、フォラムがいればなぁ。すぐ片付いて楽できるのに。」
「仕方ないことだわ、それより、また操られたりはしないでほしいわね。」
「……それは、分かってるさ。」
きまり悪そうに、アルジェンタが頭をかく。その態度に、普段通りの彼女を見たジェームは、ほう、と息をついた。
彼女たちが率いているのが、ワルハラ帝国の有する、一流の魔術師集団である。人々は、ワルハラ騎士団や王宮付近衛兵団になぞらえて、これを『魔術師団』と呼ぶ。ここにいるのは、アルジェンタとジェームの直属の部下、金と土のマナの扱いを得意とする魔術師たちである。
「━━じゃあ、皆。任務だよ。」
アルジェンタはそう言うと、フードを被った。すると、不思議なことに、大魔導師に備わっているはずの強大な魔力の気配が消えた。特殊な術によって編まれたこのローブは、それによって包まれた人の力を覆い隠す力があるのだ。ジェームも深くフードを被りながら、はっと思いついたことを口に出してみた。
「……もしかしたら、あの術者は、独力でこのローブと同じ術式を編み出したんじゃないかしら。」
アルジェンタは、口を結んで、何も答えなかった。それもそのはずである。この術式は、ワルハラ帝国皇室の秘伝のものであったからだ。それが漏れ出すとは考えられない。ともすれば術者は、自らの努力によってそれを作り上げたということになる。それは、なんという執念であろうか。その術者が、帝国転覆を企んでいるであろうという事実と、戦わねばならないという恐怖心から気弱になりかけた心を、ジェームは奮い立たせた。
「皆、早くそこから出てきなさい!」
アトラスは、石室の中の人々に向けて叫んだ。不安に支配された人々は、よい知らせを持ってきた訳ではなさそうな男の顔を見て、より不審の念を募らせた。
「どうしたんですか、犯人は、捕まったんですか?」
その内の一人、壮年の主婦らしき人がおずおずと尋ねる。だが、アトラスは首を振って、すまなそうに答えた。
「いや、大魔導師殿が、この石室の中に悪性のマナが噴出する兆候があるとおっしゃってな……。」
その一言は、人々を恐慌に陥れるには十分過ぎる程だった。アトラスをなぎ倒すような勢いの人々に呑まれながら、アトラスは心中の僅かな罪悪感を感じていた。
ほとんどの民衆が石室から出、老人たちの避難を手伝い終えたアトラスが、もう誰も残っていないかと石室を見渡すと、大きな人形を抱えた女性が壁際に凭れかかっているのが見えた。
「…………あ。」
奇妙な人だと、アトラスは思った。
「お嬢さん、聞こえていなかったのかい。悪性のマナが噴出してくると……。」
「ふぅん、どうせ嘘なんでしょ?」
突然、自らの言葉を遮られたアトラスは、片眉を上げた。明らかに女性の抱えた人形が喋ったように見えたからだ。思わず、腹話術かと勘ぐったアトラスだが、そんな訳はないと首を振った。すると次の瞬間にはその人形が、今度は片手を上げた。
「ロロ、再び華麗に登場!」
「…………。」
アトラスは無表情でそれに応じた。どうやらその反応は、ロロにとっては気に入らないものであったようだった。もっと驚いてもいいじゃない。と口を尖らせるロロであったが、アトラスは騎士団のジャックスとガリエノと結びつきが強いため、そのことを知っていても無理はなかった。
「……なぜ、嘘だと?」
「うぅー、だって、ジェームとアルジェンタが言ってたんだもん……。」
その人形の口から出てきた名前に、アトラスは、今度ははっきりと驚かされた。彼女たちもまた、皇帝からの密命を受けていたはずだ。それを漏らしたとなれば、彼女たちもただではすまないだろう。
いや、そうでもないかもしれない。もし、大魔導師が何らかの理由でこの人形を侍らせていたとして、皇帝がそれを見たらどうなるのか。恐らく、先程の自分と同じように、ただの人形として認識したのではないだろうか。聞かせたのではなく、聞かれてしまったのであれば、彼女たちに罪はないと言える。
「……なるほど、どういう訳かは知らないが、知られてしまったようだな。皇帝陛下の思惑が……。」
「あの、二人を囮にしようとしているんですか。」
メリアは、確かな怒りを内在させた声でもって、アトラス、ひいては皇帝に対する敵意を現した。だが、アトラスは、瞬きでそれを否定した。
「皇帝陛下はともかくとして、私は、あの二人の味方のつもりだ。……貴女もそこまで知ってしまったのなら、……協力しては貰えないだろうか。」
「…………。」
メリアとロロは、暗闇に向かって差し出されたアトラスの掌を、じっと眺めたまま、動けなかった。




