登場人物たちの葛藤
王都に、高らかに術者の詠唱が響いた。低く、くぐもっているが、砲声のように大きな声で。そうして、術者の術は、完成へと近づく。
「……お、おい、あれを見ろ!」
最初にそれに気づいたのは、衛兵の某であった。地下の霊脈から漏れ出してくる煙の量が増える中、城門から吹く不気味な風に顔を向けたとき、彼は見たのだ。
王都の中心部、大通りが交差する、巨大な噴水の広場のところに、ぼんやりと見える人影。紛れもなく術者なのだが、その背後の煙が、だんだんと形をとっていく。それがやがて一つの実像を結び、真の姿を晒す。
━━それは、巨大な黒い人骨であった。
「……うわぁ、怖すぎでしょ。」
「人の形に変化していたのは知っているけれど、まさか人骨が完成形とは……。悪趣味にも程があるというものだわ。」
軽く流そうとする大魔導師の二人であったが、それがどれ程まずい事態であるかは、その二人が一番理解していた。マナが一つの形を為すには、相応の力が必要である、それが、人の背丈の何倍もある骸骨の形をとったということは、悪性のマナであるということも含めると、輪をかけてまずいことである。
「とりあえず、すぐに陛下にご報告を……。」
通信用の鉱石を探そうと手を懐に伸ばしたアルジェンタを、ジェームが片手で制した。
「それには及ばないと思うわ。」
もう片方の手で彼女が示した先には、王宮の最上階の窓、そこには、イヴァン皇帝の姿があった。
「陛下、もう私も、とやかくは言いません。二人を贄にするのであれ、別の策を講じるのであれ、もう時間がございません。ご決断を。」
アーネストに急かされ、イヴァンは横目で彼を睨んだ。
「煩い、意は既に決まっている。問題は、いつ命を下すかなのだ。……そのためにも、カスパーの目が頼りだ……。」
カスパーは、先程から、片目で皇帝を、片目で術者を見ている。彼にとって、より警戒しているのは、むしろ皇帝であったが。しかし、皇帝の命を蔑ろにして、術者の警戒を怠っているという訳ではない。ただ、なんとか対策本部の二人を危険から遠ざけようと、考えを巡らせていたために、いくらか注意力が削がれていたの感はあったが。
ざわめきを聞きつけて、ヨハンは、とうとう事件の全てが佳境に迫ったのだと直感した。膨らみ続ける魔力に、王宮の人間は太刀打ちできるのか、それは分かったものではない。ヨハンは、この事件が終わる頃には、自分が、暇乞いすら告げずに光と別れることになるのではないかと、そのことがしきりに気にかかっていたのだった。
そんな気持を、人差し指を軽く動かして振り払う。微かな反発は、ヨハンの作った紙の人形が動いた証拠だ。ヨハンは、例え自分がその場にいなくとも、二人を守ろうと、決意を新たにしたのだった。
参謀本部では、ティーカップを片手に持ったショーンが、ヨハンがそのまま残していった王都の地図を眺めていた。彼は、どこに対策本部の二人を置けば、被害を最小限に抑えられるかを考えていた。
「誰も犠牲なんて望んじゃいないよ、ヨハネス。……ただ、僕が君だったら、多分他のやり方をとっただろう、それだけの違いなんだ。」
何本かの線を引いた後、ショーンは壁にかかった送話機の一つを取ると、そこに向かってはっきりと言った。
「アトラス、君にようやく借りを返す機会が回ってきたぞ。」
「…………なんだと、それは、今必要なことか?」
『もちろん、君にしか頼めない。』
通信の相手、アトラスは、多少迷惑そうに答えた。だが、ショーンにとっては、そんな反応はどうでもよかったのだ。ショーンは、素早く次の句を放った。
『僕のために、ヒカル君とアテナ嬢を守ってほしい。』
「お前のため……、それは、皇帝陛下や国のためでも、彼らのためでもなくて、お前のためにと言いたいのか?」
そういうことだ、と返すショーンの考えが、アトラスには読めなかった。しかし、一つだけ、思い当たる節があったので、そのことに関係しているのかとも思ったが、あえて確認しようとも思わなかった。それがショーンを傷つけることになっては、申し訳ないというより、単に今以上にややこしい事態となることを避けようとしたからである。
「分かった。陛下からは、逆に彼らを守ることを禁じられている。……なるべく勘づかれぬように、やらせてもらおう。」
『……すまない。』
そうして、通信は切れた。アトラスは、今のやり取りに後味の悪さを覚えたが、やると言ったからには、やるしかないのだと、気を引き締めた。
「新入り、どうやら役目が回ってきたようね。」
「避雷針としてつっ立ってりゃいいってだけなんだけどな。」
光の表情は、苦々しい。皇帝の思惑も彼らの知るところとなり、命の保証をもなくしたのだ。しかし、ヨハンからの情報がない以上、アテナはその重要性を理解していない。
「教えてあげないなんて、ずいぶんとひどいじゃない?」
ソフィーの言葉に、光は首をふった。
「それでも、王都の人を守るためって言われたら、アテナはそうするだろうから。なら、変に不安にさせたくない。」
「……それがどう転ぶかなんて、知ったことじゃないわ。」
ソフィーは、吐き捨てるように言うと、踵を返して行ってしまった。




