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終わった物語  作者: 大地凛
終末のアラカルト・第一章━━死霊編
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少年の決意

「いた、ヨハンさん!」


 遠くから声を上げて近づいてくる少年に、ヨハンは顔をしかめた。ショーンと別れたヨハンはすぐ後に、光と連絡をとって、会う約束をしていたのだった。用件が用件だけに、あまり大きな声を出して、誰か、特に皇帝やその側近に見つかるのは好ましくなかった。


「声が大きい、状況は分かっているのか?」


「……一応は。」


 ヨハンは、ショーンとの会話で気づいたのだ。思えば、彼はずっとヨハンに、対策本部の二人に危険が迫っていると教えてくれていたようにも思えてくる。皇帝の企みを漏らすという危険な行いは、知己への温情によるものか、だとすれば、余計なお世話だと、ヨハンは面と向かって言ってやりたかったが、今はその時間も惜しい。



 そう、光とアテナは、膨大なマナを利用した囮にされようとしているのであると、ヨハンはこっそり、光に教えていたのだ。


「陛下は、お前たちの能力が覚醒するのを速めようと謀ったのだ。つまるところ、マナの循環を強め、その刺激を利用しようと……。それに、……これはまったくの憶測なのだが、アテナは、恐らく何らかの形で事件に関わっていると、皇帝に思われている。」


「はぁ……?」


 ヨハンの言葉は、光の琴線に触れた。


「……なんでそうなったのか、分からねぇ。…………いや、大体予想はつくけど。でも、墓所に行ったのはオリバーさんに頼まれたからだし、アテナは名前も知らない誰かのために頑張ってるだろうに……。」


「そうだな、私もそう思う。そうすれば、くくっ……、犯人はオリバーだな。」


 ヨハンの特徴的な含み笑いは、相変わらずだった。だが、すぐに真面目な表情に戻ると、光の目を見据えて、言った。


「下手をすれば、命を落としかねん。悪いことは言わぬから、逃げた方がいいと思うのだが。」


 光は、長い間黙っていた。脳内には、ヨハン、オリバー、皇帝、メリア、ロロ、ジェームとアルジェンタ、そしてアテナ。様々な人の顔が浮かんでは消えていった。長考の末、彼は大きな決断を下した。


「……何もしなければ、皇帝の思う壺、手のひらの上ってことか。俄然やる気が沸いてきた。」


「話を聞いていたのか貴様。」


「だって、どう転んだって、結局ヨハンさんだって力を貸してくれるんでしょう。どのみち囮にしようってのが皇帝の意見な時点で、もう王宮からは逃げられないじゃないですか。それに、……やらなきゃいけないことがあるのに、こんなところで倒れたりしたくない……。」


 その考えはもっともだった。兵士の数はそう多くないが、変な動き、つまりは城下へ向かったり隠し通路から脱出しようとすれば、確実に捕まえられ、()()()後方へ下げられてしまう。その後でどうなるかは、想像に難くない。


「ヨハンさん。囮になるのは人形じゃありません、俺、皇帝の操り人形には、絶対なってやりませんから。必ず失踪事件の真相を明らかにするって、ここまでやってきたんですから。」


 その目には、失踪事件を解決するまでは、死なないという、強い意志が宿っていた。いや、それは反骨心であったかもしれない。だが、一ついえることは、光という少年の中で、何らかが変化してきているということであった。


 ヨハンは、この変化さえも、皇帝の掌上の出来事なのではないかと、不安に感じていた。知己をも疑う彼は、この少年に一種の希望を見出だしかけたが、それもまた、皇帝の思惑の内なのだろう。過度の期待や時勢の移りによって行動を支配し、困難な道へと誘導し、強制的覚醒を行う。その気配を感じとったヨハンもまた、皇帝に逆らう覚悟を決め、この少年を助けようと意志を固めたのだった。


 ただし、それは生半可なことではなかった。皇帝に逆らいつつも、最終的な勝利を手にしなくてはならない。それはつまり、二人が命をつなぎ、かつ誰かが術者を倒すということである。


 ヨハンは、懐から一枚の紙を取り出して、光に渡した。触ればすぐに分かる程、上質な紙だった。その紙が空中に浮かんだかと思うと、勝手に折れていき、小さな人のような形になった。


「……それは、魔法?」


「護り紙なのだが。」


 ヨハンは、光の疑問には答えず、その紙を差し出した。紙は、すぽりと、光の服の中に入ってきた。


「それは、私の操る紙人形なのだが、もしお前やお前の同僚が危機に瀕したときは、助けになるはずだ。」


「こんなの、役に立つのか……、いてっ……!」


 頼りないなぁ、と感じた光だったが、それに怒るかのように、紙人形はその角で、光の背をつついたのだった。


「…………やるぞ……。」




 立ち上る煙を、人々はそれぞれの思いを抱えながら見つめている。ある者は不安を、ある者は期待を、ある者は憎悪を、ある者は敵愾を。それらを王宮の窓から眺めるのは、冷めた瞳の少女。まるで何も見ていないかのような、偽物のような両眼には、全てが映し出されては消えていく。その、圧倒的な意志の奔流の中、少女は帝国の進むべき方角を見定めていた。


 扉が開き、男━━皇帝イヴァンが、少女の名を呼ぶ。


「どうだい。」


「…………。」


「黙っているということは、変わりない、ということでいいかな。」


 皇帝は、少女の目線の先を見つめた。そこは何もない、中空である。皇帝は、少女の目には何が見えているのだろう、と考えたが、すぐにやめてしまった。自分には理解し得ない複雑な景色が、そこにはあるだろうから。


「━━━━。」


 少女は、皇帝にだけ聞こえるように、か細い声で呟いた。皇帝の表情は、一瞬強ばったが、すぐにいつもの温和そうな、完璧に温和を取り繕った顔に戻った。


「……心配するな、誤差の範疇さ。」

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