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終わった物語  作者: 大地凛
終末のアラカルト・第一章━━死霊編
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黒髪の軍師

 ドアを勢いよく開けた音に、中にいた人物が喫驚する。危うく手にしたカップを取り落としそうになった男は、ヨハンと、その後を追ってきたオリバーに言った。


「もう帰ってきたのか、相変わらず速いな。」


「……こんなときに悠長なことはしていられないと思うのだが。」


 ヨハンの言葉を、聞こえていないふりをしてやり過ごそうとする男、帝国陸軍参謀本部、地形測量課長のショーン・ヤラヴァは、空のソファーを手で示した。ヨハンは、棚の上に置いてあった王都の地図を持って、ソファーに腰かけた。



「その顔は、何か思いついたんだね。」


「あぁ。だが、情報が足りない。……ショーン、陛下が直接煙を払ったというのは本当か。」


 ショーンは頷いた。だが、誰も、その雷だけで煙の浄化を行えるとは思っていなかった。威力は十分、集められた煙の浄化に対しては最善策であったものの、やはり城下に徐々に広がりつつある煙全ての浄化には不足であった。


「つまり、煙を一所に集めてしまえばよいのだな。」


 ヨハンの意見は、至極まっとうなものであった。だが、それが分かっていても、煙を集める方法がなかった。皇帝のように、魔法で誘導するという方法もあったが、それをするには、規模が広すぎる。誘導が終わる前に、煙は何らかの方法でもって、その包囲網を脱するだろう。ともすれば、何か他の手段を講じるしかなかった。


「……どうしたものかな、煙の方から集まってきてくれればよいものを……。」


「ヨハン。」


 唐突に名を呼ばれ、はっと顔を上げる。目の前の男の顔には、不安と憂いの色が強く現れていた。彼は、この作戦は、君の矜持に反するものだとは分かっていると前置きして、話し始めた。


「情報によれば、この煙には一群ごとの差はあれど、どうやら強力な能力者を特に狙うという性質があるらしい。」


 彼が真に言わんとしていることを理解したヨハンは、咄嗟に声が出なかった。数秒の沈黙の後、ヨハンは絶望的に、苦しげに呟いた。信頼していた人物の裏切りにあった男の声音であった。


「お前も……、皇帝の考えを(うべな)うというのか……?」



 部屋を飛び出していったヨハンを、扉の側に静かに控えていたオリバーは意外のものと受け取った。これ程に彼が焦るのも珍しく、どう考えても中で何かがあったと考えるしかなかった。


(……。)


 参謀本部の部屋からは、尚も誰かの話し声がする。人が一人しかいない以上は、ショーンが誰かと通話している他に考えられなかった。


「……はい、はい。ヨハンはやはり肯じませんでした。はぁ、……分かり切っていた、と。流石は陛下で御座います。」


(……陛下?)


 オリバーは、この会話から、何かしらのよからぬ匂いを嗅ぎ付けた。もっとも、相手である皇帝の声こそ聞こえなかったが、しかし、自分には理解のしようもないような企みの気配を感じたのだ。


 しかし、扉を開けて、ショーンにそれを問い質すことはしなかった。代わりに彼は、ヨハンを追いかけることにした。確かに皇帝の企みは不気味で、何が起こるとも知れないが、それよりヨハンを放っておくことの方が危険だと思ったのだ。ヨハンの性情の本来の激しさを、彼は知っていたのだ。



 やにわに騒がしくなった騎士団員や衛兵に気づいたアテナは、眉を顰めた。また、何か悪いことが起こるような気がしてならなかった。


「……ヒカル……さん?」


 先程まで傍らにいたはずの少年が、いつの間にか姿を消したことに、彼女の悪い予感は加速した。この騒ぎは、少年の消失と関係があるのか。いや、例え関係がなかったとしても、一大事に代わりないだろう。アテナは、手をしっかり結ぶと、歩み始めた。


(…………どこへ行こうとしているのかしら……。)


 アテナから少し離れて動向を見守っていたソフィーは、その様子を訝った。


 実のところソフィーは、アテナを、一連の事件を起こした犯人の共犯者なのではないかと疑っていたのだ。皇帝が出向いたノアキスの山中で、能力を発動し、そして保護され、彼女はワルハラ国内へと入った。その素性は明かさず、記憶を喪失したのだと言っていたが、考えてみれば、それは追及を避けるための隠れ蓑なのかもしれない。王都には、相手の記憶から過去のことを掘り起こすことができる能力者がいるが、記憶を失っているのであれば、過去は一切分からない。


 もし、アテナと術者がそれを調べ、あらかじめ知っていて、共謀しているのだとすれば……、ソフィーは、これを確信に近い形でとらえていた。墓所へも頻繁に出入りしていたと聞くし、煙が王城内に入ってきたときも、アテナは城内にいた。そのとき術者は王城の外だったはずだが、城内の様子を術者に知らせ、結界が切れるところを見計らい、煙を流し込ませたのではないか。そう、思っていたのだ。


 だが、ソフィーには、分からないことが二つあった。一つは、光という少年のこと。アテナと同時期に王都に入った彼には、底知れない勘働きのよさが見えたように思われたのだ。それが彼の性格に由来するものなのか、はたまた事件に関係があるからなのか。


 そしてもう一つが、皇帝についてである。ソフィーは、調査から帰って皇帝に報告を行い、そこでアテナの疑い深い行動に基づいた自説を語った。皇帝は、しばしの沈黙の後、じゃあ、こうしようか。と前置きして言った。


「もし、その疑いがあるのなら、彼女の命を天秤にかけてみようじゃないか。」


 そうして皇帝は、ソフィーに下がるように命じた。部屋を出る直前、ドアの隙間からちらりと伺うと、皇帝は誰かに連絡を入れようとしていた。恐らくそれは、騎士団や衛兵に対する指示であったのだろうが、彼が一体何をしようとしているのかは、動き回る兵士も含め、皇帝以外の誰もが知らないのであった。

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