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終わった物語  作者: 大地凛
終末のアラカルト・第一章━━死霊編
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雷霆

「苦戦しているようだね。」


「俺たちも、加勢した方がいいのか……。でも、下手に手を出したら返って状況が悪くなるだろうし……。」


 アトラスたちの動向を見つつ、光はぽつりと呟いた。誰かは分からないが、聞き覚えのある声に対して。


 聞き覚え……、一体どこで会ったのだろうか。


「よし、ならば行こう。」


 その直後、光の脇を、朽葉色のコートを来た男が、抜き身の剣を片手に駆け出した。その男に、光は見覚えがあった。もちろん、アテナも。普段は整っている赤い髪が、風に吹かれてたなびき、一歩ずつ、煙との距離を詰めていくごとに毛先が踊る。


 あぁ、その様形を誰が見紛おうか。そこに在ったのは、イヴァン皇帝その人であったのだ。



「なっ……!陛下、なぜいらっしゃったのです。」


 アトラスは多少驚きながらも、その泰然とした態度を崩さなかった。この場で冷静さを失えば、死に直結するかもしれない以上、思わぬ人物の登場を快く思っていないようでもあった。


「厳しい状況だと聞いたんでね。」


「し、しかし……。」


 アトラスは再三、皇帝が前に出ることを諌めたが、とうとう肯じなかった。それどころか皇帝は、アトラスや術者に下がるよう、手で示したのだった。ここは自分たちが抑え込むと宣言していたアトラスらは渋面を作ったが、勅命に逆らうことはできず、しぶしぶ退いた。こうして、皇帝は煙に対し『決闘』を申し込んだような形となった。



「『生ひよ木本(アルヴェージュ)』。」


 青い光が皇帝の指先に燈る。強力な木属性の魔法が放たれようとしているのだ。皇帝が手を前面に掲げると、眩い煌めきと共に、大量のマナが拡散。次の瞬間には、黒い煙を囲むように、四本の大樹が出現していた。


「これは……?」


 アテナが強大な魔力に驚き、また惹き付けられるように一歩前に踏み出そうとするのを、アトラスが止めた。


「下がって見ていろ。巻き込まれれば、死ぬぞ。」


 冷たい声で言い放つアトラス、その声音にアテナは息を飲んだ。彼の言葉に、嘘偽りはないのである。


 いきなり出現した木を警戒するように、煙は徐々に上へ上へと伸び、イヴァンから離れつつ、木の枝の檻からの脱出を図る。だが、それが終わるより早く、イヴァンが再び手を中空に翳した。



 次の瞬間には、閃光が煙を覆うと共に、轟音が鳴り響いた。あまりの衝撃に周りにいた人々は目を伏せ、そしてその目が再び開かれたときには、煙は霧消し、代わりに大量のマナが飛び交っていた。


「……何が起きた……?」


 突然の出来事に、光の脳はその処理能力を超えてしまったようだ。口を開けても言葉とはならず、やっと、絞り出すようにして口に出したのが、その疑問の言葉であった。


 これが、俗にいう『浄化』である。複合のマナは、何もしなくとも、時間の経過と共に分解されて消えていくのは前述の通りであるのだが、より早く解体を促す手段として、大量のエネルギーを流し込むことで、結合を断ち切るという方法がある。大魔導師が治療に用いようとしたのがそれである。


 つまりイヴァンは、自身の魔力、能力によって、この解体が行えると確信し、そして実行したということだ。


「『雷霆』、陛下の能力だ。雷を無差別(・・・)に落とす、あの木が無くては、周りの人を巻き込む一撃。操作できない分、凄まじい威力を有している。」


 アトラスが皇帝の背を眺めて、そう解説する。雷のエネルギーは、マナを通して煙全体に伝播し、『浄化』の目的をしっかりと果たしていた。



「……ふぅ。」


 疲れ切った表情のイヴァンに、アトラスが駆け寄る。無理もない、あれ程の威力の魔法と能力を使ったのだ。魔法の威力にはマナの量が大きく関わるが、そのエネルギーの変換は、人体を通して行われる。つまり、大量のマナを使うことは、それだけ多大な負担を身体にかけるということだ。


「大丈夫ですか、陛下。」


「あぁ、すまない、アトラス。……無理をしたかなぁ。」


 アトラスは何も言わなかった。国家の危機に際し、このような細事に皇帝の手を煩わせてしまうような状況を招いたことに、深い悔恨の念を抱いていた。


「……不甲斐ないところを晒してしまったか。」


 皇帝の呟きに、皆はとりなすような態度で応じた。その面々の顔を見回していたイヴァンと、光の目が合った。


 彼は、何かを言いかけて、止めた。少なくとも、光にはそう見えた。そしてそのまま、アトラスを従えて、どこかへと向かって行ってしまったのだった。



「私たちは、どうするべきなんでしょうか。」


 去り行く皇帝の姿を眺めながら、アテナが嘆息する。無論、この少女の中では、皆を救おうとするのは最早決定事項であろう。問題は、その手段である。光はただぼんやりと、彼女がそれを完遂する手伝いか何かをできれば、と考えていた。



「……陛下!」


「カスパー、しっかりやってきたよ。見てたろう?」


「そんなことを言っている訳では……、あぁもう、とにかくこちらへ。」


 皇帝の自儘に振り回されながら、カスパーは確実な変化を感じていた。このような無茶な行いや、王城下の事件、前線での敗北、それら一つ一つの小石のような出来事が、大河の流れを変えていくのを、感じていた。


「陛下、陛下には、一体何が見えておられるのですか……。」


「何も、見えてない。だが、それでもきっと君や彼らと同じだ。その何かを変えようとしている。」


 やはりか、それは、カスパーにとって、ある意味予想通りの答えだった。しかしこの男は、不確実に向かって突き進む覚悟を、常に有しているのだ。



 そして、王都の外郭の城門にもまた、不確実に立ち向かう決意をした者がいた。


「……今、カリンに連絡をとった。やはり、王城を狙ってきていたようなのだが。」


「はぁ~ん、そうか。随分とまぁヤバそうな雰囲気だな。」


「気を抜いてくれるなよ、お前を担いで撤退するのは、骨が折れる。……比喩ではないぞ。」


「わぁーってるよ。そっちこそ、魔力切れで倒れるなよ。てか、マナあんまなくないか?」


 そう、会話を交わしながら、二人は人気のない道を歩いて行くのだった。

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