異変、又は進化
光は、ソフィーとともに、前を行くアテナを追いかけていた。彼女は、騎士団の二人組に続いて行こうとしていたのである。
「新参その二、危ないわよ!」
ソフィーの静止の声も、彼女には聞こえていないかのようだった。ソフィーが焦るのも無理はない、この先では、続々と沸き出してくる煙によって汚染が進んでいるのだから。
「はぁ、何やってるのよ。……ちょっと、新参その一、貴方も止めなさいよ。」
「あ……、アテナ!待って、煙が来てるんだよ!?」
しかし、アテナに止まる気配はなかった。その行動は、一体どのように動機付けされているのか、光には図りかねた。なぜ彼女は、命の危険を省みずに行ってしまうのか、もしかしたら、それは誰も知らない、彼女の出自、過去に起因しているのかもしれないと、光は感じた。
尚も止まらないアテナであったが、その前に、一人の男が躍り出た。光が城下に出立するときに、自らの帯びていた剣を光に預けた男だった。男は、アテナの進路を塞ぐと、これを取り押さえた。
「……ッ、貴方は……。」
「お嬢さん、ここから先は危険だ。どうか我々に任せて貰えないだろうか。」
男の名はアトラス。配下の士官学生を率いて、煙の抑え込みに当たっていた人物。そして、光たちが後から来ることは、先行していたジャックスとガリエノから聞いていたようだった。
「ともかく、今、どういう状況なの。我々は押してる?」
ソフィーの質問に、アトラスは黙って首を振って答えた。だが、あの煙がマナによってできている以上、物理的な攻撃は無効であることと、魔法や能力など、マナに干渉する攻撃は効くということは分かっていた。王宮の人々は、それだけを頼りに、煙に応戦しているらしかった。
「大魔導師たちは、今戦っているんですか。」
光はアトラスに問うた。帝国随一の魔術師が押されているとなれば、打つ手がなくなる。
「……いや、彼女たちは治療に専念しているはずだ。王宮内の空気が汚染されきってからでは遅い、煙が回る前に全員の治療を行うというのが、現場の判断だ。それが終われば、彼女たちは術者を見つけることになっている。」
人命救助を第一優先としているために、大魔導師を煙に当てることはできない……。それで、煙を抑え込むことができるのだろうか。光は、対策本部から必死で逃げたときのことを思い出していた、もっとも、光にはその煙すら見えなかったが。
「……って、あれ……?」
王宮の壁の下から煙のようなものが立ち上っているのが見えたために、光は思わず声を出してしまった。見る限り、火によるものではないようで、ということは。
「あぁーーっ!?」
何の偶然か、魔法が使えず、マナも見えないはずの光が、立ち上る煙を視認することができた。だが、それはつまり、煙の持つ力があまりに大きく、並の魔術師には抑え込めないものであったということを表していたのかもしれないのだが。
周辺は、軽い恐慌状態となった。王宮の中で動く人々は、皆が皆、煙に関しては魔術師が解決してくれると信じていたために、その信頼の反動は大きかった。
「落ち着きなさい。皆さん、すぐに避難を。」
アトラスが、しっかりと通る太い声で人々に呼びかけたが、しかし、統制がとれる状態にはなかった。
「ヒカルくん……、あの靄が見えてるの?」
逃げる人々に飲まれぬよう、煙から離れたところまで来たアテナは、自らの抱く疑問を晴らすために、光に問いかけた。光は、そちらの方を警戒しつつ、曖昧に頷いた。
「さっきまで見えなかったのに……、なんで……。」
何らかの変化が生じたことにより、煙が見えるようになったことに関しては、疑う余地がない。問題は、それが何によるものなのかというところである。光には、一つ心当たりがあった。
「まさか……、この剣か?」
アトラスという男から授かった剣、ゆっくりと引き出してみると、刀身は先程とは違い、白い輝きを放った。
「金のマナ……、見えるぞ……。」
光がふと思い出したのは、ジェームによる弁護の中で得られた情報。すなわち、身につけた鉱石などからマナを得ることで、一時的に多属性となる術についてのことである。
「でも、この剣があって初めて人並みかぁ……。」
光は、自らの才の乏しさに、ため息も出ないような心持ちであった。
「でもヒカルくん、この剣、すごい魔力量ですよ。」
純度の高い金のマナの鉱石から作られたらしいこの剣は、アテナの目から見ても高い水準のマナを有していた。鞘も特別な作りであったようで、今までアテナは気づかなかったようだ。ただ、柄に手を触れていた光は、そこから魔力が供給されたようであった。
「こんな剣を預けるなんて……、アトラスさん、何を考えているんだ……。」
向こうでは、煙を相手として、アトラスと数人の従者に加え、近辺に居合わせた魔術師が戦っている。この剣があれば、アトラスはもっとうまく立ち回れたのではないか、ならば、何故彼は光に剣を渡してしまったのだろうか。
もしやそれは、アトラスの意思ではなかったのではないだろうか。
勢いよくドアが開き、アーネスト大公とカスパーが王の間に入ってきた。しかし、そこに皇帝はいなかった。
「なぜ斯様なときにいなくなるのだ、いつも!」
怒気を顕に、大公は机を叩いた。二人は皇帝に、煙が回らぬ内に避難するよう進言しに来たのだが、その皇帝がおらぬとなれば、どうすることもできなかった。
「……旦那ぁ、大変でさァ。ずっと二人に張りついてたんだが、皇帝陛下が……。」
男からの報告を受けたカスパーは、比喩ではなく、実際に頭を抱えた。皇帝の戦争好き、決闘好きが、まさかここまで高じるとは思っていなかったのだ。




