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終わった物語  作者: 大地凛
終末のアラカルト・第一章━━死霊編
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結界内部

「あーっ、あれに見えるは!!」


 望楼の欄干にもたれたアルジェンタが、城門を指す。その指差す先には調査本部の人々がいた。


「まずい、追われているのだわ。」


 黒い煙が奔流となっているのをジェームは視認した。


「結界を強化するよっ!!」


 珍しくアルジェンタが、鋭い口調で叫んだ。



「ヒカル、待って。結界が張ってある。」


「待てない、見えてないから。」


「私にも壁が見えるのですが……。ヒカルさんは勢いがありますね。」


「多分彼女たちが入れるようにしてくれるはずだから。」


 声をかけ合いながら王宮を目指す人々。それに追いつこうとする黒い煙に、丸い穴が空く。エルヴェの六連の短銃に込められた最後の一発だった。装填する隙は、相手に漬け込まれるかもしれない。エルヴェは短銃を投げ捨てると、前を行く人々の方へ向かって走った。


「この壁、どうするんでしょうか。」


 城門にたどり着いても、入れないのでは意味がない。イーリスは窮して、結界にもたれようとした。


「……ひゃぁっ!!」


 手を壁に沿わせようとすると、その手は淡緑の結界の壁をすり抜けた。頼るものを失ったイーリスの体はそのまま傾いた。


「っと、大丈夫かい、お嬢さん。」


 素早くイーリスの背中に回り込んだオーエンが、これを支えた。


「び、びっくりした……、この結界、自由に入れるみたいです。」


「そのようだな、盲点だったかもしれぬ。」


 逃げ込んだ面々のすぐ後ろで、結界の壁に煙がどかどかと打ちつけているのが見えた。この結界は、不純なマナの塊である煙だけを遮断する高度なものらしい。



「危ないところだったねぇー、皆。でも、もう大丈夫!僕たち大魔導師が、しっかり結界を張ったからね!!」


 自信たっぷりにアルジェンタが言う。イーリスよりも背の低いアルジェンタだが、それでも一団に対して、精一杯に胸を張っていた。


「それより、被災者はここに逃げて来れているのかい?」


 オーエンが問う。騎士団員としては、やはり市民や仲間たちの安否が気になるところなのであろう。だが、アルジェンタは顔を曇らせた。


「いや、ここまで逃げてこれないうちに、煙に飲み込まれてしまった人も多い。運よくここに逃げ込めているのも、全体の一割に満たないわずかな住民だけ。」


「それも、頭数だけで。ゲレインの住民はほとんどが飲み込まれてしまったかもしれないのだわ。まぁ、それは最悪の事態を想定したときの話だけれど。」


 オーエンは歯噛みした。平素から、緊急事態、つまりは戦争や災害の備えはしてあったとはいえ、このように突発的に起こった災害、或いは人災には、まったく太刀打ちできなかった。今現在の惨状に対する無力感もさることだが、オーエンの脳内では、もし、自分が満足に動けたら。もし、自分の他に小隊長や団長が駐在していたら、という想像が駆け巡っていた。


「オーエン、何を考えているかは知らないけれど、とにかく今は安全な場所に避難するのが先決なのだわ。」


 いつまでも、できなかったこと、過ぎたことを悔やんでもしょうがないと考えを改めたオーエンは、王宮の地下にある石室に、皆を案内した。



 その石室は、かなりの大きさがあった。王宮を初めて見たときの衝撃も大きかったが、その地下に巨大な空間があったことには、尚一層驚かされた。


「確かここには保存食が貯めこんであるはずだったんだけどね。どうやら、避難所として開けるために、運び出したらしいね。」


 オーエンの話によると、以前入ったときには保存用の食糧がうず高く、天井の岩盤の近くまで積み上がっていたというのだから驚きだ。目算でだいたい王宮の三階くらいまでの高さの天井だが、不思議と崩れそうな感じはしない、白磁の王宮のように、揺るがず、そこにあるという強さがあった。


「あ、オーエン。ちょーっと手伝ってくれない?」


 声をかけてきた人物に、光は見覚えがあった。いつぞや光の能力を読み取ろとうとした女性、マリアだった。忘れたくても忘れられない。確か、給仕長を務めていると聞いた覚えがあるが、そのためであろうが、件の非常食と思わしき木箱を運んでいた。


「…………。」


「本気にした?冗談よ。」


 オーエンは、苦笑いした。怪我さえしていなければ、言われる前に手伝っていただろうから。無論だが、マリアもそんなことは分かっていた。どちらかといえば、オーエンの精神状態を見ていたのだろう。しかし、マリアの見立て以上に、オーエンは参ってしまっていたようだ。


「あいや、ちょっといいかい?」


 会話が途切れたのを見てとったエルヴェが、マリアに尋ねる。


「ずっと気になっていたんだが、陛下はご無事かね。」


 大臣の地位にいる男。その大臣の中では異端的存在で、型にはまらぬ男ではあろうが、やはり国王の安否が心配であった。


「……はい。ですが、突然のことで対応が遅れてしまったことを悔いておられるようで。今は王宮で対策を練っておられるところです。」


「分かった。すぐに向かおう。」


 王の居場所を知るや否や、早足で、エルヴェはイーリスを引き連れて出ていってしまった。こうしてまた、地下の石室には静寂が訪れたのだった。

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